第4話
「そうだ。蛇塚の中には、無数の毒蛇がうずを巻いている、という話を聞いたことはないか。もしくは化け物がいる巣穴だとか。その化物は蛇の姿をしていて、巨大な力を持っているために、とある旅人の手によって、蛇塚に封じ込められたのだ。その蛇塚も、封じられてから千年以上経っている。もしかすると、封印が解け始めているのではないか!?」
「ちょっと待ち……。蛇塚に封じられてるのが白蛇だって根拠はなんやの?」
「蛇だから」
自慢気に満夜が両手を腰に当てた。
「それより日が暮れてまう。なにか考えがあって、ここに来たんやろ?」
満夜が顎をなでて不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふっふ。それはしっかりと考えてある。オレがお願いごとをすればいいのだ!」
「それだけ?」
「それだけとはなんだ? それで十分ではないか。オレが願い事を身代わり観音にすれば、自ずと依頼主と同じ状況がやってくる。その時に事件解決だ! お前はオレをくまなく見張っていればいい」
「ちょっと待ち! それ解決じゃなくて、巻き込まれるってやつやないの! もし、あたしがあんたを見逃してしもうたら、どないするの!?」
「その時はその時だ!」
「偉そうに胸を張るな!」
満夜は突っ込もうとする凜理の手を止めた。
「体を張っていると言ってもらいたいな。これでもオレは真剣なのだ」
「う……」
いつにない、満夜の態度に凜理は口をつぐんだ。
「さて……」
満夜がポケットから押しピンと紙を取り出す。
「なんて書いてあんの?」
満夜は凜理の目の前に紙を突き出した。
太く黒いマジックペンで、
「部員増員!」
と、書いてあった。
「あんたの願いはそれだけなんか!」
「そうだ! この願いが叶えば、仮クラブが正式なものとして認められるくらいの部員がやってくるかもしれない! オレはそれを期待してるのだ!」
「メチャ私欲の塊やないの!」
「悪いか!」
夕焼けに赤く暮れなずむ平坂山の頂上で、黒い影が二つ。お堂に寄り添い立っている。黒い影の一つは、自分の思いの丈を書き綴った紙を思い切り、身代わり観音に打ち込んだ!
「部員増員!!」
声高に叫ばれた言葉がこだましながら、平坂町の上空に響いた。
ダイナミックに願い事の紙を、身代わり観音の胸に打ち込んだ満夜を、凜理は呆れたように見やった。
「凜理」
打ち込んだ後、下を見ている満夜がつぶやいた。
「なんやの?」
「この紙、心臓じゃなくて、頭部のほうが効き目あると思うか?」
「紙の位置に迷っとるんかい!」
「位置は大事だ!」
「位置の問題やのうて、問題は行方不明の田中幸子ちゃんが見つかることやろ!」
「そうだ、そうだが! 部員増員も切実な願いだ!!」
「心臓でも頭でも好きなところに貼ればいいやないの!」
「やっぱりそう思うか!」
よしとばかりに、もう一枚紙を取り出した満夜は、ためらいなく二枚目の紙を身代わり観音の頭に打ち込んだ。
「部員ぞうい……ッ、あぐぅっ!」
最後まで言わせず、凜理は平手で満夜の後頭部を叩いた。
* * *
すっかり、日が暮れた中、二人は山を降りる。満夜と凜理は同じ帰路についた。公園を横切って、町の東にあるいざなぎ神社に凜理が入っていくのを見届けて、満夜は近くにある自宅に向かった。
高い建物の少ない新興住宅地の空は開けて、街灯が殆どないために空の星がよく見える。
満夜が小さい頃は、この辺りは野っ原や林だった。行ってはいけないと大人たちに言われる場所もたくさんあった。今はそんな場所もなくなって、いわれのわからないものだけが残った。そこだけは大人たちは手を入れることを拒んだのだ。それに、潰してしまおうとした工事が何度も頓挫したせいもある。
平坂町には、黄泉に開く入口がある、と凜理の父親・
そして、間違いなく、封印をした子孫は満夜でもある。はるか昔に、この一帯を騒がせた化物を封印した先祖の血が、満夜にも流れているらしい。
それが、満夜を勇気づけた。
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