第3話

「え? どないしたん」

「不思議には不思議で対抗する。不思議オカルトに対抗できるのは……、お前だけだ!」


 と言った満夜の手には、猫のおやつ煮干しジャーキーが握られていた。


「いけ! ねこむすめ」

「にゃあああん!」


 煮干しの匂いにつられて、凜理に取り付いたクロが表に出てきた。凜理の頭に耳が生える。


「んなわけあるかいな!」


 と同時に、勢い良く凜理の手の甲がハリセンのように、満夜の胸をどついた。


「うぐっ!」

「なんで、あたしが解決せなあかんねん!」

「何を言うのだ! オカルトを嗅ぎ分ける嗅覚が、ねこむすめになったお前には備わっているだろう!?」

「至って普通の猫の鼻や!」


 凜理は気になってしょうがない煮干しジャーキーを目で追いながら、満夜に突っ込んだ。


「そうなのか……。それは残念」

「と言うか、そのジャーキー、しまってくれへん」


 凜理の口の中によだれが溜まっていく。このままだと、満夜に襲いかかってジャーキーを奪ってしまいそうだ。


「わかった」


 満夜は残念そうにジャーキーの包みを閉じて、ポケットに入れた。


「とにかく、ここまで来たんやから、なんか手がかりになるようなもん探すしかないんやないの?」

「うむ」


 満夜は顎を撫でながら、観音像に近寄った。


「行方不明の少女の名は、田中幸子。一昨日から行方不明。最後の目撃者は、下校中の友人、小林美智子。目撃場所は、この麓にある平坂公園。この観音堂と平坂公園に何かヒントがあるに違いない!」


 観音像を、満夜はビシィッと指差した。


「ほんま、格好と口だけやなぁ」

「そんなことはないぞ」

「ふう、ようやく耳が収まった」


 凜理は頭を撫でながら、ため息を吐いた。


「ジャーキーとか勘弁してぇな。あたしの意志でねこむすめになってるのんと違うんやから」

「お前の魂の奥底に秘められたる摩訶不思議な猫の力が、お前の体に変化を及ぼしているのだな」

「クロちゃんに取り憑かれてるだけや」

「しかし、クロも一体何のために取り憑いてるのだ。全く役に立たないではないか」

「クロちゃんは、あたしと一緒にいたいだけなんや。ずーっと一緒に、な」

「オレもずっと一緒にいてやってもいいぞ」

「あんたとは、はよう縁が切れてしまいたい」


 二人はお堂を前にして騒いでいたが、いきなり、満夜が黙った。


「何か音がする」

「?」


 満夜の言葉に、凜理は耳を澄ませた。地面に落ちた枯れ草や枯れ枝を軽く推し曲げる音。カサカサとかき分ける音がする。


「そこだ!」


 満夜が指差した先はお堂の脇。そこに、白い大きなアオダイショウがいた。


「ふにゃああああ!」


 蛇に興奮した凜理の頭から再び耳が飛び出て、蛇に飛びかかろうとした。それを満夜が食い止める。首根っこを掴むと、ねこむすめはおとなしくなった。


「白とは吉祥な!」


 満夜が両手を合わせて、「部員増員、部員増員」と祈っている。そうこうするうちに、蛇は消えてしまった。


「蛇にゃ!」


 いつもの京都弁ではない猫語が、凜理の口から飛び出した。


「満夜のせいで、蛇が逃げたにゃ!」


 凜理ではなく、クロに入れ替わってしまったかのように、満夜に文句を言った。


「落ち着け、凜理。そうやって、雀やら道端の草なんかに興奮するたびに、オレが助けてやった恩を忘れたのか」


 すると、凜理がもじもじした。俯いて、上目遣いで満夜を見る。


「忘れてないにゃ」

「じゃあ、凜理を困らせないためにも、お前は俺の言うことを聞くんだ」

「わかったにゃあ」


 本能を強く揺さぶられた時、凜理は半分クロと化してしまう。凜理にもそれが分かっているけれど、どうすることもできないようだ。

 ようやく興奮が収まったのか、凜理の頭から耳が消えた。


「白蛇……。この真下にある公園には蛇塚がある。その蛇塚と関係のある、ヌシだろう」

「ヌシ?」


 凜理が首を傾げた。

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