精霊風とオモヒグサ

 セルリアンを倒してしばらく後。

 一同はセルリアンに無残に引き裂かれた、紫苑の束に集う。


「本当に…ありがとう、皆。花は…また植えれば良いから」


 アイレスは、花の周りのえぐれた地面をならしながら、残雪達に礼を告げる。

 その背中は安心と同時に、どこか寂しさを漂わせる。


 残雪はその寂しげな背中に、何か放っておいてはならぬ物を感じていた。


「アイレス、お前はここに残るのか」


 アイレスはその問いかけに振り向く。


「…そう…だね。やっぱり、相棒とお別れした場所だから。それに、今日みたいに荒らされちゃうかもしれないし」

「そうか」


 残雪は少し俯いて頭を掻き、改まってアイレスの顔を見る。


「今日一緒に話して、戦って思った、私は、お前と一緒に冒険したい」

「だから、もし来たくなったら、いつでも待ってっからな」


 そう言って残雪は踵を返し、アイレスに背を向ける。


 続けて残雪の仲間たちも口々にアイレスに声を掛ける。

「そうですね、いつでも大歓迎です!」とユーラ。

「オメーみてぇな面白ぇ小娘は大歓迎じゃ」とマヘリ。

「大事な縄張り護るのも良いけど、誰かと一緒の冒険も楽しいわよ!」とATG。


 アイレスはこみ上げる様々な感情に、思わず俯く。

 その瞳は潤い、輝きを増す。


「ありがとう…皆」


 やがて感情を噛みしめ、仲間たちの背中へ向け顔をあげる


「それじゃあ皆…元気でね…!」


「「「「またね!!」」」」


 仲間たちは、十人十色の翼を広げ、遥か空へと飛び立っていった。

 群れの纏う風は、一羽の鳥のものより遥かに雄大であった。


 静けさを取り戻した森の中、花と鷹が残される。

 その瞳に映る感情は、感謝か、憧れか、後悔か。


 アイレスは、もう長くは持たないであろう、傷ついた花を見つめる。

 また植え替えねばならない。

 しかし花の種をくれた恩人は、どこに居るのか見当もつかない。

「確か...名前は...カ...コ...でも、紫苑を下さいって言えば,あの人じゃなくても...」


 独り言か、花に話しかけるつもりか、アイレスは孤独に言葉を続ける。


「...誰かに話しかけるなら、なおさら精霊風なんかやってちゃダメだね」


 脳裏には、今日出会ったフレンズ達の顔が浮かぶ。

 自分の大切な物を理解し、大事にしてくれた、素敵なフレンズ達。

 もし、もしも、あの時ついて行っていたら、どうなっていたんだろう。

 そんな感情が、彼女の心の中で広がってゆく。


「皆…ありがとう…いつか…きっと、いつか…!」


 その時だった。

 空から七色の輝きが落ちる。

 サンドスターの結晶だった。

 その光は、まるで迷わないかのように、真っ直ぐ空を翔け。


 やがて、花の残骸に寸分たがわず激突する。


「あっ」

 アイレスが驚きと共に小さな声をあげ、花の方を見る。

 花はその姿を変えることは無かったが、七色に輝く。


「今のァ...ついて行きます、って言うトコだっただろうがよォォォォォ!!!!」


 突然、野太い男性の怒号が飛ぶ。


「ひゃん!!!!」と、たまらず飛び上がるアイレス。


 彼女はその声に聞き覚えがあった。

 懐かしくて、大好きで、もう二度と聞けないはずの、声。

 事態を飲み込めない彼女は、辺りをキョロキョロと見まわす。


「え、ウソ…ウソだよね…相棒、何で? どこにいるの!?」

「よく見ろ、足元だ」


 アイレスは言われるがまま足元を見る。

 そこには、サンドスターにより七色に輝く紫苑の花。


「やっと気付いたか」

「え、え…どういうことなの? 」

「こっからずっとお前の事を見てたんだよ。なぜか声が出るようになったみてェだがな」


 サンドスターの力か、アイレスが花に込めた想いか。はたまた両方か。

 目の前の奇跡に、アイレスの瞳は感情の泉と化し頬にせせらぎがつたう。


「オメーが俺の遺言叶えてくれねェから、いつまで経っても成仏できねェんだよ!」

「遺言…?」

「ハァ…ったく、死んだヤツの背中ばっかり見やがって。“振り返らねェで好きに生きろ”っつっただろうがよ」

「…だから…花を植えたのも、ここに居るのも僕の好きでやってるんだ! 僕がどんな思いで花を植えたか…相棒こそ分からず屋じゃないか!」


 久々に言葉を交わした二人は、募る想いを言葉に乗せてぶつけあう。

 しかし、愛する者の真っ直ぐな瞳と言葉に、野太い声の主は気圧される。


「言い過ぎた、確かに俺がこうして話せたのも、お前が花を大事に育てたからだろうしな。だがな、だからこそ」


 相棒の魂を授かった花は、一呼吸おいて気持ちを整理する。


「こちとらずっと見てんだよ。楽しそうなフレンズ達を羨ましそうに見つめてんのも、フレンズ達を護る為に、セルリアンを人知れず追っ払ってんのも」

「…!」

「こんな健気ないい子がよ、精霊風とか言われて怖がられて、毎日独りぼっち墓参りしてりゃあ、育ての親としちゃあ安心して逝けねぇんだわ」


 花は全てを見ていたのだ。

 アイレスはハッとして先ほどまでの鋭い眼差しを崩し、俯く。


「残雪さん達だっけか、アイツらみてェなのはそうそう居ねェ。俺としちゃあ、アイツらになら愛娘のお前を預けても良いと思ってる。見送っちまうのは持ったいねェぜ?」

「そうだね…皆と旅ができたら、どれだけ楽しいだろうね…」


 アイレスも、ずっと誰かと話がしたかったのだ。

 そして、誰かと冒険がしたいのだ。

 残雪に誘われた時、一緒に行きたいと心は叫んでいたのだ。

 しかし、その声を伝えることはできなかった。

 未だに弱気なアイレスに、花は再び喝を入れる。


「で、き、る、ん、だ、っての! 今すぐ追っかけろ! アフリカ最速の翼でよ!」

「そんな! そしたら誰がこの花を」

「いいか、花が朽ちようが、この地が灰になろうが、お前が俺を忘れねェならそれで十分なんだよ」


 アイレスの脳裏では、今貰った相棒の言葉と残雪の激励が重なる。


_花が裂けようが、枯れようが、この地そのものが溶岩に溶けようがな、テメェがその思いを持ち続ける限り、相棒は死なねェよ_


 残雪を、残雪達を、このまま見送ってしまってはならない。

 アイレスの心は、そう声高に叫び始めた。

 花はそんなアイレスの背中を更に押す。


「この花もここまで裂けりゃ、もうじき枯れる。花を植えて大事にしてくれたのは嬉しいが、お前が色んな場所に行って、沢山の友達に囲まれて、幸せになってくれたほうが遥かに嬉しい_


_どこにでも行け。お前がどこに行こうと、ずっと見守ってる」


 花の,優しくも真っ直ぐな言葉は、同じく真っ直ぐなアイレスの心へと届く。

 その言葉は、アイレスの心に信頼を生む。

 それは相棒への、そして相棒が信じる自分への信頼だ。

 やがて信頼は、勇気へと姿を変える。


 アイレスは、七色に輝くほころびた花を見つめなおす。


「相棒...分かったよ。本当に、行くよ?」

「あぁ」

「どこへ行っても...見守って...くれるんだよね?」

「勿論」

「相棒は寂しく...無いんだね?」

「だから、お前が孤独な方がよっぽど寂しいんだっての」


 アイレスは思い切って、花に背を向ける。

 その勢いで、目から雫が零れ飛ぶ。

 それは太陽と花の輝きに照らされ、宝石のように輝く。


 アイレスはその翼を大きく広げ、仲間たちが飛んだ方向へ前のめりになる。

 花の、相棒の激励を追い風に、木々の向こう側にある地平の果てを見据える。

 その背に、もはや迷いは無かった。


「…ありがとう、僕の大好きな相棒、クギリ!!!!」


 アイレスは再び七色の光を弾けさせ、蒼い光の筋となる。

 それは木々を越え、空の群青へと溶け込む。

 目にも止まらぬ飛翔だが、今度は破壊を伴わない、暖かく優しい風を纏う。


 森に残されたのは、引き裂かれた紫苑の束。

 花びらが一枚、また一枚と、七色の輝きとなって空へと登っていく。


「ようやく、俺も成仏できるか」


 弱弱しくも、晴れやかな声が響く。

 やがて花びらは全て散り、花全体が七色に輝き、空へと溶けてゆく。


「こんな鷹匠の端くれにはもったいない、名鷹だったなあ」


 その声を最後に、森は再び、動物の声だけが行きかう夢の跡へと戻る。


 やがて刻まれた激闘の爪痕も消え、以降、その森に精霊風が吹くことは無かった。

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精霊風とオモヒグサ きまぐれヒコーキ @space_plane

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