魂を狩る蒼い風

 地上で花を護る残雪達を見て、微笑むアイレス。


「護ってくれてる…皆、ありがとう。花は散っちゃったけど…嬉しいよ」


 太陽を背に翼を広げるアイレスは、悲しげにつぶやく。


「セルリアン、本当は懲らしめてやりたいけど、そんなことしても相棒はきっと喜ばないからね…一瞬で狩り取ってあげるよ」


 そういってアイレスはハヤブサの如く翼を畳み、サンドスターを纏う。


「クギリ流放鷹術奥義」


 瞬間、アイレスの体は七色の光の爆発と共に急降下する。

 蒼い輝きを放つ流星と化したアイレスは、飛び立った場所目がけて真っ逆さまに落ちる。


 残雪一行は、その流れ星の存在を、体中全ての感覚で感じていた。


「「「「来た」」」」


 アイレスの光の軌跡は、地面直前で鏡に当たったかの如く直角に折れる。


 音が森に響くよりも迅く。


 爆風が辺りを揺るがすよりも迅く。


 アイレスが描く蒼の軌跡が、森中を縫う。


 あと一歩で残雪達の元に届くであろう戦闘機も、


 少し遠くから狙っている戦闘機も、


 その光とすれ違いざまに、一つ残らず細切れになってゆく。


 森は爆散していくセルリアンにより、七色の暴風雨に見舞われる。


 虹色の嵐から身を守りつつ、残雪は口々に叫ぶ。

「これが...アイレス...シロハラクマタカの力か...!」

「想定...以上ですね...!!」

「この花...アタイ達が護る必要も...なかったんじゃない!?」

「無駄がねぇ上手い動きじゃあ...不思議な戦い方じゃのう...」

「...ユーラ、マヘリ、そろそろ_


 瞬く間に森の戦闘機セルリアンは殲滅され、残るは奥にたたずむ親玉、クモセルリアンのみとなった。


「残ったのはデクの坊だけかな」


 クモの横を、蒼い流星が通り過ぎる。

 その瞬間、8本の足が一瞬にして本体から分離される。

 体の破片が飛び散る中、セルリアンは目立った反応を見せない。

 アイレスは木をポール代わりに180度方向転換する。

 再び蒼い光がクモへと向かう。


 アイレスは両足にサンドスターを纏い、全ての指に猛禽の爪を生成する。

 手の親指に作ったものとは段違いに大きく、数も10本だ。


「今度こそトドメを刺してあげるよ」


 一切の抵抗をしない空母に、光のドロップキックが叩き込まれる。

 衝撃を伴う爆発音に、大地そのものが微かに震える。


 アイレスは気付く。

 クモセルリアンは、抵抗できなかったのではない。

 抵抗しなかったのだ。


 アイレスの蹴りに、クモは傷つくどころか、動じることも無く。


「...ウソ、でしょ...僕の全てをぶつけたのに...」


 唖然とするアイレスの体に、速やかに糸のような物が纏わりつく。

 糸は瞬く間にアイレスの体の自由を奪う。


「んっ...くっ...は、離せ!!」


 しかし大技を放った直後の体は、思ったように言うことを聞かない。


「嫌だ...やめろ! クソっ、全然...解けない!!」


 必死の抵抗も虚しく、クモの足に絡め捕られるアイレス。

 更には頭部の穴から、さっきの倍にも達する戦闘機を森に解き放つ。


「やめろ、やめてくれ! お前、相棒と僕だけでなく、あの子達も殺す気か!!」

「僕の体ならいくらでも刻め…!! だから、だから…!!」


 大量のセルリアンは絶望の風切り音を響かせ、森に広がってゆく。

 アイレスを捉える8本の足は締め付ける力を増す。

 骨格が軋み、はらわたが圧される。

 

「カ...ハ...ヒュ゛...」


 押しつぶされゆく肺は、再び膨らむことすらできなくなっていた。


(...ゴメンよ、相棒…僕は結局…誰かを救うことも…好きに生きることも…)


 その時だった。


 セルリアンの体越しに鈍い衝撃が走り、足の力が緩む。

 その直後、逞しく力強い腕がセルリアンの体とアイレスの体の隙間に力任せにねじ込まれる。



「!?...何」

「小娘、まだ死になさんなや」


 それはマヘリの声だった。


「アンタに蹴られよーたこのクモさん、やけに余裕が有ったけぇの。逆転を狙っとるんか思うたんじゃ」

「...ハハ。君は戦いの天才だね」


 危機的状況は何も変わらないが、マヘリの自信に満ちた声は、アイレスを安心させて余りあるものだった。

 僅かに希望の灯るアイレスの瞳を見て、マヘリはアイレスの言葉を訂正する。


「いーや、天才はワシじゃねぇ。残雪殿の指示じゃ」

「残雪...が?」


 アイレスはハッとした表情を浮かべる。


「ああ。それじゃあ残雪の頭領たる所以を、このワシを従えとる所以を、これからよう見ときんせぇ」


 そういって、マヘリは更に腕をめり込ませる。

 クモも抵抗し、今度はマヘリに糸を絡ませ、更にはアイレスを捕まえている8本の足の内4本をマヘリに絡ませ、強引に締め付ける。しかしマヘリの体の自由を奪うには、クモの足では貧弱過ぎた


「ハッ、新手のアトラクションかのう? ようしアイレスさんや、少々衝撃が走るけぇ、息をはききって、体中に力入れぇ...」


 アイレスは、クモの足の隙間から見えるマヘリの顔を見た。

 表情こそ穏やかであったが、サンドスターを宿した眼光は、一撃で獲物を葬らんとする猛獣そのものであった。同じ猛禽のアイレスといえども、もはや意志とは関係なく息は吐ききられ、体中が強張る。


「フんぬ!!!!」


 掛け声とともに、ねじ込まれた腕に力が籠もる。

 巨大猛禽、S。mahery。

 翼開長2 m以上、推定握力200 kg以上。

 その巨体をもって森林を数十km/hの高速ですり抜け、大型のキツネザル、コビトカバ、ジャイアントモアと同様の巨鳥を一撃で狩る、古代マダガスカルの怪鳥。


 その腕の筋肉の膨張は、もはや炸裂と言った方が近かった。

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