内気な神霊

 そのフレンズは、マヘリの眼光の前に苦笑を浮かべていた。

 その姿に気づいたATGとユーラが口を開く


「え、アンタが精霊風の正体!?」

「猛禽の…フレンズさんですか…?」

 

 精霊風の正体と思わしきそのフレンズは着地体制からスッと立ち上がり、落ち着いた声で答える。


「精霊風…って呼ばれてるんだね。確かに肝試しとやらに時々来る子達も、そんなこといってたっけ…さて、見つかっちゃったら流石に名乗らなきゃね。僕はアイレス。シロハラクマタカのフレンズってやつだよ」

「私は残雪、マガンのフレンズだ」

「私はユーラ、インドガンのフレンズです」

「アタイはATG! 泣く子も黙るアカツクシガモのフレンズよ!」

「マヘリじゃ。S.mahery…デカい猛禽のフレンズじゃけぇ」


 軽い自己紹介を終え、ATGがアイレスに問いかける。


「アンタ、自分が何のフレンズか分かるの?」

「うん。相棒が呼んでくれてた。アイレスって名前も相棒がくれたんだ」


 静かな森の中、精霊風とだけ知られていたフレンズには、以外にも相棒とやらが存在したらしい。ATGは少し驚きながら、笑顔で言葉を返す。


「そうだったのね!独りぼっちじゃなかったのなら安心したわ!」

「え、ああ、うん…」


 アイレスの声に覇気が消える。

 何かまずいことを言ったのかとバツが悪くなり、ATGはとっさに話題を変える。


「あ、だ、えーっと…この花もアンタが植えたのかしら?」

「...そうだよ。これは通りすがりのヒトに貰ってね。不思議なヒトだったなぁ」

「ヒトの知り合いが居たの? どんな人? 私も知ってるかも!」

「フフッ、君達と同じ、僕の正体を見破ったヒトだよ」

 

 鳥の本能を以て恐怖を感じさせた烈風。

 それをタダのヒトが見破るとは、一体何者か。

 一同のささやかな驚きをよそに、ATGは言葉を続ける。


「そんなヒトいたの…っていうか、それじゃ分かんないじゃん!」

「まあ、僕も一回会ったっきりだからよく知らないんだ。ゴメンよ」

「しょうがないわね…で、そろそろ本題に入ろうかしら」


 群れの中では小柄な体にも関わらず、ATGは物怖じしない。それが彼女の強みであり、危なっかしい所でもある。


「アンタはずっとここに居るの? 皆怖がってるから、精霊風を吹かせるのやめて貰えないかしら」


アイレスは少し表情を曇らせ、俯く。


「うん…そうだよね…やり方、変えたほうがが良いよね」

「え、何か止められない理由が有るの?」

「実はね…」


アイレスは、自らが精霊風となっている理由を語り始める。


「そこの花、大事な花なんだ。だから、ここに来たフレンズには踏まないでねって言いたいんだけど…」

「だけど?」

「その、相棒以外とほとんど話したことが無いから、何て話しかけたら良いか…」


 アイレスはまだフレンズに慣れてないらしく、フレンズ見知りをしていたようだった。

 しかしおてんばATGには、アイレスが何を悩んでいるのかさっぱり分からなかった。


「…“ここはアタイのナワバリよ!!”で良いんじゃないの?」

「そんなこと…初対面のフレンズに言えないよ…」


 ATGの提案に困惑するアイレス。

 歯車のかみ合わない激励が何度か続く。

 そんな会話のドッジボールに、残雪が頭を抱えながらATGの前に出る。

 

「ATG、交代だ」

「え? ダメだった?」

「本題に入ってくれたのはありがてェが、とにかく選手交代!」

「…は-い…」

 

 残雪は、アイレスの瞳を見る。


「んで、どう話しかけたら良いか分かんねェから、取りあえず近くを飛んで追っ払ってたと」

「うん、でも、いつかはちゃんと話かけようと思ってたんだ!」

「でも、中々踏ん切りがつかねェまま同じように追っ払ってたら、いつのまにか精霊風になっちまった、と」

「はい…おっしゃる通りです…」


 心を読まれ縮こまるアイレス。

 元々、余り良くないことをしているという自覚はあったのだろう。

 海を越え渡る立派な翼と、雁にしては鋭い目つきに気圧される。

 アイレスは肩をすくませ、次の言葉に身構える。


「辛かったな」


 そんな彼女に残雪がかけた言葉は、拍子抜けするほど暖かかった。


「え…?」

「生まれてからフレンズに接してこれなかったなら、誰だってそんなもんさ。だが今回はこうして縁ができちまった。さあ、私らを好きなだけ会話の練習台にしな」


 雁の頭領が放ったのは、非難でも叱責でもなく、共感と笑顔だった。

 アイレスの表情も、いくぶん柔らかくなる。


「残雪、だっけ…ありがとう…」

「気にすんな。そのうち誰にでも話しかけられるようにならァ」


場の空気が和んだ所で、後ろで話を聞いていたユーラが問いかける。


「それじゃあ、今回は何で話しかけてくれたんですか?」


アイレスはピクっと反応し、表情に恐怖が浮かぶ。


「えっとね、それは…」


口ごもらせながら、恐る恐る、古代マダガスカルを統べた猛禽、マヘリの方を見る。


「そこの君達の大将さん…だよね? 逃げたら後々しばき倒しに来そうな目してたから…」

 

 マヘリはあからさまに愕然とした表情になる中、ガンカモは全員噴き出す。


「ふっw…マヘリさんww…その…ドw…ドンマイでフッwww」

「マ…マヘリw…気にwすんな…誤解はw…後から解けブッwww…」

「マヘリ…アンタw…眼光w何とか…しなさw…いよwww」

 

 笑いを堪える声を背景に、マヘリは呆れた表情でアイレスに話しかける


「アンタなぁ…フレンズになってまで、そがーな事せんに決まっとろうが!」

「いや、頭では分かってるんだけど…本能が…ゴメンね」

「ハァ…ワシゃあやっぱりこういう運命なんかなぁ…まあ、それより」


マヘリはため息に崩れた表情を整え直し、アイレスに告げる。


「ワシの事、“大将”言うたな」

「そうだね。一目見れば分かるよ。体格も気迫も圧倒的じゃないか」

「そうかもしれん、単純な腕っぷしじゃったらな。でも、この群れの大将はワシじゃのうて…」


マヘリは残雪の方を手で指す。


「さっき話しとったこの方、残雪殿こそ、この群れの頭じゃ」


アイレスは、鷹が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「え…? 残雪、本当なのかい?」

「まぁ、一応リーダーやらせて貰ってる」

「自分より強い者を…従えられるものなのかい?」


理解しきれていない様子のアイレスに、穏やかな笑顔でユーラが語り掛ける。


「リーダーというのは、単に強いだけではなれないんですよ」

「強さだけでは...なれない?」

「リーダーは、仲間が力を合わせるために色々なことをしなくてはなりません。頭と心をフルに使って、時に先頭で群れを導き、時に後方から支える。それはとても難しいことで、残雪さんにはそれができるんです」

「導き…支える…」


アイレスは先ほど残雪に掛けられた言葉を思い出す。


_辛かったな_

_さあ、私らを好きなだけ会話の練習台にしな_


「残雪は、僕の相棒みたいだね」


アイレスは、足元の紫の花を見つめ、そうつぶやく。

そういって残雪の方へ視線を戻した。


「残雪、君になら僕の相棒の事…」

「シッ、静かに」


その時の残雪の目つきは鋭く、うっすらとサンドスターの輝きを放っていた。

アイレスは、優しい頭領の豹変に驚く。


「え、どうしたんだい? 急にそんな怖い顔して…あ、これは!」


アイレスも、梢が風に揺れる音の中に、微かながら禍々しい風切音を聞く。


「お前も気づいたか。セルリアンの音だ。しかもかなり素早ェ」

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