花と風

 一行は、アカギガハラ森へと赴いた。

 彼女らが居るホートクエリアからナカベエリアには中々の距離がある。

 しかしそこは、4人中3人が地平を遥か越える渡り鳥の群れである。


「隊列を崩すなよ。この隊形が一番楽だからな」

「疲れたら言ってくださいね。いつでも先頭交代して差し上げますよ」

「大丈夫よ! アタイを誰だと思ってるの!?」


 猛禽とガンカモの奇妙なV字編隊は、あっという間にエリアを飛び越え、ナカベエリアの問題の森にたどり着いた。


「ここが問題の森…って奴か」

「うっそうとしてますね...」


 真昼だというのに薄暗い森の中を、一行は進む。

 木という木が生い茂り、動物の生命の息吹が聞こえる。

 もしも精霊風など無ければ、沢山のフレンズが住んでいたことだろう。


 ヒトとフレンズを拒む森。

 ここには何が潜むのか。


「やっぱり...何もないじゃない! 帰りましょ!」

「言い出しっぺだろうが。もしかして怖くなったか?」

「そ、そそ、そんなわけ無いでしょ!」


 必死なATGを、残雪が軽くからかう。

 その後ろではユーラとマヘリが言葉を交わす。


「不思議な森じゃな。危険な香りは今んとこ無えけど、異様な雰囲気じゃ」

「そうですね...何でしょう、この雰囲気」


 マヘリとユーラは少し考えて、やがて同時に答えをつぶやく。


「悲しみ」「寂しさ」

...

「...ユーラさん、アンタもそんな答えか」

「そうですね...何だか...空気が凄く切ないというか...」


 その時、残雪が足を止める。


「...雰囲気もそうだが、明らかにおかしな物も有るみてェだ」


 残雪の目線は、足元に生えている花に注がれている。

 マヘリとユーラも、その花に視線を向ける。


 「そうですか? あれ、その花...」

 「何じゃ、その花。周りの草と馴染まん花じゃな」


 残雪の足元には、紫色の美しい花が一点に束なって咲いていた。

 その花は周りの花とは全く異なり、不自然にそこだけに、ポツン、と存在した。 


 残雪は黙り込む。

 その美しい花は昔、パークガイド、ミライに教わった記憶が有ったのだ。

 後一歩の所で、ギリギリ思い出せない。

 そんな大将に、仲間が口々に問いかける。


 「残雪さん、何か分かりますか? これ、例の噂と関係が...」

 「こがーな変な生え方...普通はせんじゃろう...?」


 「誰かが植えたんじゃない? 周りに同じ花が無いならそれしか無いでしょ!」


 単純明快なATGの答えに、残雪が沈黙を破る。

 

 「ああ。そうなんだよ」

 「そうよね! アタイやっぱり天才...」

 「この生え方、植えたんだよ、間違いなく。でも誰が?」

 「えっ」

 「フレンズもヒトも入るのを避ける、この精霊風の住処で、誰がこんな事できる?」


 残雪の視線は鋭い。

 ATGのドヤ顔は途端にこわばり、冷や汗のせせらぎができる。


 「え、いや、えっと」


 その時だった。


 ATG、ユーラ、残雪の背筋に走る悪寒。

 かつて獣だった頃の遺伝子に刻まれた本能。

 

 「「「ッ...!!!」」」

 

 咄嗟に各々が防御体勢をとる。

 ただ一人、マダガスカルの頂点捕食者であったマヘリを除いて。

 直後、彼女らの周りを烈風が吹き抜ける。

 風を切り裂く衝撃音と、木の枝が激しく揺さぶられる音が響く。


 突風に飛ばされぬよう踏ん張りつつ、翼と腕で身を護るユーラ。

 ユーラと同じ姿勢で手持ちの枝を構え、反撃に備える残雪。

 とっさに土下座(擬傷行為)に入るATG。

 そして腕を組み仁王立ちしたまま、視線で何かを追うマヘリ。

 

 やがて突風は止み、再び静かな森が戻る。

 

 「な、何だったの...今のがもしかして...」

 「ああ、だろうな。皆、ケガはしてねェな!?」

 「ええ、大丈夫です! でも、これが精霊風なら…確かに怖いですね」

 「あ、あれはこの森に入るの諦めても…仕方、無いわね!」


 ガンカモ達が口々に身の安全を案じる中、猛禽マヘリだけは前方の一点を見つめていた。

 その目線の先には、暗い蒼色の翼を纏う少女。


「オメーさんか、精霊風とやらは。威勢のええ小娘じゃ」

 

 モノクロに彩られた服と白く艶のある肌。

 鋭いながらも、風をよく捉えそうな翼。

 そして長く伸びた尾羽。


 急停止したためか、その足元から二本の地をえぐった跡が伸びる。

 少女は残雪達を見つめ、口を開く。

 

 「ハ…ハ…まさかこんな子が来るなんて…ね…」


 そのフレンズは、マヘリの眼光の前に苦笑を浮かべていた。

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