本篇
樹海に流るる噂
ここはジャパリパーク。島を丸ごと使った超巨大総合動物園である。
規模及び収容種数は世界最大、地球上の全ての動物がこのパークに存在すると言っても過言ではない。
しかしこの場所が普通でないのは、何も規模だけではない。
ジャパリパークには“サンドスター”という、触れた動物及び“動物だったもの”を女の子の姿に変えてしまうという物質が存在している。
この物語は、女の子になった動物“フレンズ”達が繰り広げる物語である。
「ねえアンタ達、“しょうろうかぜ”って知ってる?」
鮮やかなオレンジ色のシャツと、純白の上着に身を包んだ少女のハスキーボイスが響く。
彼女はアカツクシガモのフレンズ。
小柄ながらいつも元気で物怖じしないおてんば娘だ。仲間からはATGと呼ばれいている。
「えっと、精霊風…聞いたことないですね…」
そんなATGにおっとりと答える少女。
美しい白髪をなびかせるこの子はインドガンのフレンズ「ユーラ」。
見かけは普通の雁ながら、ヒマラヤを飛び越える強靭な肺活量の持ち主で、優しいながら芯の通った隠れ根性屋。
「知らんなあ、おとぎ話か何かかの?」
訛り言葉を話すのは、仲間の中で頭一つ背が高く、筋骨隆々とした体にコートと防具を纏った勇ましい少女。
この子は古代マダガスカルの巨大猛禽“S。mahery”のフレンズ「マヘリ」。
このようにサンドスターは、絶滅した生物すらも少女の姿に蘇らせてしまう。
その性格は普段のどかで優いが、やらねばならぬ時は生粋の修羅と化す。
その力と雰囲気のため多くのフレンズから恐れられているが、本人は他のフレンズ達と仲良くしたいようだ。
「あー確か…ナカベエリアの森の話か?」
褐色の翼と上着に白の尾羽が映える少女は答える。この子はマガンのフレンズ「残雪」。口は悪いがひと際賢い。
それでいて仲間の危機なら自分の身を顧みない熱さも持ち合わせており、頭領として慕われている。
雁2人、カモ1人、猛禽1人のこの奇妙な群れは、大きなケンカもなくいつも一緒に暮らしている。元動物同士なら決して生まれ得ぬ友情、これもサンドスターがもたらした奇跡、というものであろうか。
無邪気な瞳を輝かせ、ATGは“精霊風”についての話を続ける。
「なぁんだ、残雪しか知らないのね? ナカベエリアに森が有るらしいんだけど、最近その森に入ると恐ろしいことが起こるらしいの! 突然風が吹いて、魂を盗まれるんだって!」
話自体はありきたりなカマイタチの怪談話だ。これだけならATGの怖い話でお終いである。しかし
「ああ、アカギガハラ森って森だそうだ。しかも実際被害に会ったフレンズも居るらしいな」
ATGだけでなく頭領の残雪も知っていたようだ。
しかも具体的な地名と実害が出ているとなると、話はにわかに現実味を帯びてくる。
聞いていたマヘリとユーラが口を開く。
「何じゃあそりゃあ…ホンマならオオゴトじゃろう」
「怖いですね…魂を盗まれる…元動物に戻っちゃうんですか? そんなの、ミライさん達が放っておくはずないと思うんですが…」
ミライさんとは、ジャパリパークの職員、パークガイドである。
無類の動物好きで、フレンズが傷つくとあれば身を挺してでも守る、そんな人だ。
パークの職員が全員彼女のようであるかどうかはともかく、そんな危険な事案が黙認されることは考えられない。
不安そうな二人へ、残雪が言葉を続ける。
「まあ、実際は風だけだ。魂うんぬんってのはウソらしい」
一瞬にして重い空気が弾む程軽くなる。
「はぁ…良かったです。それなら誰かのいたずらですかね」
「残雪さん、アンタ人を脅かすんも大概にじゃな…」
「…じゃあアタイが話したときにももっと驚きなさいよ!」
「いやATG、ありゃあ微笑ましいだけじゃあ…」
「ハァ!? でっかい猛禽だからってアンタねぇ!!」
「あーとりあえずお前ら落ち着け」
騒がしくする皆を雁の頭領が抑え、提案する。
「突風だけでも華奢なフレンズにとっちゃあ危ねェ。このまま放置すんのもアレだし、私らでこの“精霊風”の正体暴かねェか?」
皆の視線がにわかに残雪に集まる。
その中でユーラが口を開く。
「えっ、でも、この程度ならミライさん達に任せても大丈夫なんじゃないですか…?」
残雪は、自分の考えを整理しながらユーラに問いかける。
「ユーラ、このパークに居るのはヒト、動物、セルリアン、そしてフレンズだ。この内、風を纏い、正体を拝めねェ程の速さを持ちうるのは、どいつだと思う?」
「えーっと、タダの動物なら正体分かりそうですよね。ならセルリアンか…フレンズですね」
「そうだな、そしてセルリアンなら通りすがるだけでなく、本当に魂持ってくはずだ。つまり、正体はフレンズの可能性が一番高いってことだ」
残雪が言った通り、パークに存在する生命はヒト、動物、セルリアン、フレンズの4種類である。
そしてセルリアン、それはこのパークが持つもう一つの側面。
未知の物質であるサンドスター及びその周辺物質は、人やフレンズに危害を及ぼす怪物を生み出すのだ。危険性は個体によって様々だが、人の技術力が通用しない凶悪な個体も数多く存在する。
この怪物を“セルリアン”と名付け、人とフレンズは協力してこれを駆除している。
この4人のフレンズもその個性を生かし、しばしばセルリアンを追い払ってる。
「勿論、まだフレンズって確定したわけじゃねェがな。だが、もしハヤブサやチーターみてェな超俊足のフレンズが正体なら、ヒトにはちょいと厳しいだろう。セルリアンならなおさらだ。ミライ達に苦労は掛けたくねェ」
パークの職員を気に掛ける姿に、マヘリが笑い出す。
「はっは、やっぱしうちの大将さんは優しいのう! 流石ワシが見込んだだきゃー有る!」
「…当然のことだ、ミライには世話になってんだからな」
照れる残雪を見て、マヘリはくしゃっとした笑顔で言葉を返す。
「そうかそうか、まあワシゃあ元々、とことん付き合うたるつもりじゃ…!」
マヘリに続き、ユーラとATGも名乗りを上げる。
「行きましょう! もしかしたら仲間になれるかもしれませんしね!」
「アタイに怖いものなんて無いわ! 絶対正体暴いてやるんだから!」
全員のやる気みなぎり、それを見た残雪も持ち前の堅い表情を幾分崩し…
「よし、それじゃあ肝試し開始だ! カマイタチ如きにビビんじゃねーぞ!」
「「「おお!!」」」
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