第2話 ひっかけ問題
「日に五度も通院するんですか?」
話を聞こうとする間にも、また軟らかい飴を舐めさせられて、舐めている内になんだか眠たくなってきた。気持ち悪い飴だ。うとうととして、はっとなった時には、先生は立ち上がってちょうど向こうに歩いて行くところだった。
「それで期間は……」
先生を追いかけながら、会議室の中に入り込んだ。
「楓の時です」
先生はきっぱりと言った。もう会議は始まっていた。これ以上はもう訊くなというような、強い口調だった。具体的な数字を使わずに、あえて他の言葉を当てたことは理解できるけれど。だとしても、「楓」がわからない。楓とは、いつなのだろう。どの先生も、みんな忙しそうで、会議の最中に個人的な質問をすることは、エゴが過ぎるのでは。ここにいる者の中で、患者は自分だけだった。
天井からは、二匹の蛇が垂れ下がっているのが見えた。あれは、何を指すのだろう。
何があるのかな。
僕は教室モーニングのメニューの中をのぞき込んで、迷った末に「きつね」を注文した。
「きつねうどん定食ね」とおばさんは言って、教室を出て行った。待っているとお腹が空いてがまんできなくなってきた。授業は一向に始まらないし、菓子パンをうまそうに食べている奴はいるし、それでなくても僕には忍耐強さが欠けていたのだ。ポットのお湯を入れてどん兵衛を作った。空腹の時に作るどん兵衛さんのなんと魅力的なことだろう。僕は三分経ったところでもう蓋を開けて、どん兵衛を食べてしまった。
ちょうど食べ終わったところで、おばさんは定食を運んで来た。お盆の上にあるのはご飯と漬け物とサラダだけだった。誰かがどん兵衛さんのことを、おばさんにリークしたに違いなかった。教室の中には、僕を陥れようと策を練っている連中が潜んでいることは、十分に承知していた。
僕はもうなくなってしまったどん兵衛さんのことを思い出しながら、味気ないご飯を口に運んだ。サラダを食べて、朝も終わりと思っていると、おばさんが魚の煮付けを運んで来てくれた。既にお腹はいっぱいに近かったが、デザート感覚で煮付けに箸をつけた。結局のところ、魚が一番うまかったのだが、物事には順序というものがあるし、教室の中ではなおさらそれは守られるべきものではあるまいか。
歯を磨く暇もなくテスト問題が配られた。
第一問からして、ひねりが利いている。書き取りかと思えば計算もしなければならないし、それには特殊なプログラミングを学んでいなければならないという条件まで加わっている。しかし、どう見てもこれは罠に違いなかった。冒頭で難問を出すことで精神的に解答者を追いつめようとしているにすぎない。それさえわかれば、足止めを喰う理由はない。
次の問題では、問題文がずれている。あまりにずれすぎて隣の人の問題文にまでかかっているように思われたが、それは思わせているだけで、うっかり乗ってしまうとすかさずカンニングの揚げ足を取られるに決まっている。これも見え透いたひっかけ問題にすぎないのだ。そうだとわかれば、これもまた読むに値しない問題であることがわかる。よって正解は飛ばすことだ。
次の問題では早速、例文が与えられている。だらだらと続く長文で至るところに専門用語がちりばめられている。読み解くには非常に根気がいる問題だが、専門用語が重要なキーに関わっているとは限らないので、過度の警戒心は逆に問題を難しくしてしまうと推測される。だが、注意して例文を読み進む内に、いつしかそれは文字から米粒に変わっていることに気がつく。ここまで来ると自分の読解力への自信も少しは揺らいでしまう。この混沌とした例文の中で、いったい何が「それ」に当たるのか……。文末へと続く米粒は、やがて小さな羊の列にも見え始め、愚かな解答者を夢の国へと誘っているように思えた。
早くも全問を解いてしまったという者が、お茶を入れに来たついでに、何気なく答案用紙を置き忘れて行った。少しでもそれに触れようものなら、たちまち悪者に仕立てられてしまうに違いない。コーヒーの香りを吸い込みながら、秘められた才能が覚醒する時を待った。自分の意思に反して、首が少しだけ傾いてしまう。周辺視野の中で捉えられた答案用紙。空欄には見たこともない数字が……。
「はい。そこまで!」
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