第18話 救助
私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
その声とともに1人のフードを深く被った男性が現れる。この立ち姿、声、この方はまさか…。
「ソーウェル様…?」
「シア。ちょっと待っててね」
ソーウェル様と思しきフードの男性はそう言うと、まずはファルディア伯爵子息様を、次に私の腕を掴んでいる男性2人を素早く倒す。無駄のない、綺麗な動きで。
「お、お前は誰だ…!」
倒され、唯一意識があったファルディア伯爵子息様が、フードを被った男性に苦し紛れに言う。
それを聞き、男性はフードを外す。そこから綺麗な漆黒の髪がのぞいた。
「お、お前は…」
正体がわかったのかファンディア伯爵子息様は驚愕の表情を浮かべる。
「眠れ」
ソーウェル様はそう言い、素早くファルディア伯爵子息様の意識を飛ばした。
「ソーウェル、様…」
私が名前を呼ぶと、ソーウェル様は私の前に来て、膝をつき、顔を覗き込む。月明かりに照らされた綺麗な紫の瞳と目が合う。そして今まで見た中で一番優しい笑顔を浮かべ、こう言った。
「約束通り助けにきたよ、シア」
と。
あの後、安心して見事に腰が抜けた私はソーウェル様に抱きかかえられて、ファルディア伯爵邸の外に出た。私が出ると同時に、外に待機していた騎士団の方が突入していく。
ソーウェル様は私を抱きかかえたまましばらく歩き、ファルディア伯爵邸がちょうど見えなくなったところで下ろした。
「はい、これ」
「これは…」
ソーウェル様が渡してきたのは、私が連れ去られる間際に落としておいたペンだった。
見つけてくれたのか…。
「シア、無事でよかった…!」
ソーウェル様はそう言うと、私を引き寄せて抱きしめる。
とめたはずの涙がぽろぽろと出てくる。どうやら、やっぱり私は怖かったようだ。どうなっても大丈夫だと思ってたんだけどなぁ。どんだけ痛めつけられようと大丈夫、怖くないと、そう思ってたんだけどなぁ。そうじゃなかったみたいだ。
「怖かったね」
「はい…!」
それにもう会えないと思ってた。もう二度と。抱きしめてくれているソーウェル様の暖かさに心がひどく安心する。再び会えたと実感する。
涙が自然にとまるまで、私はソ-ウェル様の腕の中で泣いた。恐れ多いなぁとは思うけど、それよりも安心感が勝ってしまった。
「すみません。外套、汚れてしまいましたね」
「そんなこと言わないの。ね?」
「はい」
相変わらず優しいなぁ。その優しさに触れるたびに、心が温かくなる。
「ところで怪我してない?」
「あ、そういえば」
右手の甲を見る。血は止まっているみたいだが、手の甲は血で汚れ、切り傷がはっきり見えた。
切り傷を見たソーウェル様は顔を顰める。
「…ファルディア伯爵子息、後で覚えておけ」
何か呟き、黒いオーラが漂う。うん、気にしないでおこう。きっとそれが身のためだ。
「すぐ王宮に戻って治療しよう。見たところ傷は浅そうだから、ちゃんと治療したら傷跡は残らないはずだよ」
「それはよかったです」
「さ、戻ろう。みんなシアの帰りを待ちわびているよ」
そう言って、ソーウェル様は歩き出す。そんなソーウェル様の外套を掴んだ。
「どうしたの?」
私の急な行動にソーウェル様は立ち止まって、振り向く。そしていつもの優しい笑顔を浮かべて尋ねてくださる。
「約束通り助けにきてくださって、ありがとうございました」
「どういたしまして。…シアの笑顔、始めて見たかも」
気づいたら、微笑んでいた。つまりこれは、作り笑いではなく、心からの笑顔。
「そういえば、ソーウェル様の前で笑ったことなかったですね」
これはこれは失礼しました。ダンスするときに作り笑いはするけど、ソーウェル様とはダンスしたことないもんなぁ。基本的に日常生活は笑わないし…。そういえば、リーシラ様の前でも公の場以外笑ったことないかも。…今思えば、とても失礼なことをしていたなぁ。
「そうだよ。いつ笑ってくれるのかって思っていた。とても可愛らしい笑顔だね」
ソーウェル様がそう言うと、私は顔が熱くなり、思わず下を向く。は、恥ずかしい。
「ごめんごめん。そんなつもりじゃ」
「わかってます。でも、もうソーウェル様の前では笑いません」
「はは、ひどいなぁ。…帰ろうか」
「そうですね」
2人並んで歩く。そういえば、初めてのお出掛けの時は恐れ多くて斜め後ろを歩いていたんだっけ。私もだいぶ慣れたなぁ。
空が明るくなる。夜が明けた。
あの後、無事に王宮に着いた私はソーウェル様によって医務室に連れて行かされ、治療が行われた。ソーウェル様の言った通り、傷跡は残らないし、ピアノも弾けるらしい。やったね。
治療が終わると、朝早いというのにリーシラ様やミニア、ウィストさん、団長、父上、母上、兄上が来てくれた。今回もずいぶん心配をかけてしまったなぁ。…皆の姿を見て泣きそうになったのはここだけの秘密。
ファルディア伯爵子息様は子爵令嬢誘拐並びに暴行、国家反逆の罪により断罪された。王が下した命令に背くことは、反逆を意味するらしい。ただ、反逆と言ってもそこまで度が酷いものではないため、国外追放となった。驚いたのは、これらを伯爵本人は知らなかったのだ。ただ、自分の息子の犯した罪の重さを考え、領地を返納して政界を引退した。
これにより、この一件は収束した。
事態が収束してから1週間が経った。私はいつも通りの日常をすごしている。当たり前の毎日を過ごせる喜びをかみしめながら。
ただ、今はちょっといつもとは違うところにいる。
「ソーウェル様、どうされたんですか?」
今いるのは王都が一望できる高台だ。私たち以外に人はいない。今日は3度目のお出掛けをしていた。ソーウェル様が帰りに寄りたいところがあるということで、ここに来たのだった。
ソーウェル様は真剣な顔をして、口を開く。
「シアに伝えたいことがあるんだ」
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