第17話 脱出開始

「ん…」


 目が覚めるとそこは鉄格子の中だった。今度は普通の部屋じゃないのね。おそらくファルディア伯爵家の地下かなぁ。床の石がひんやりする。


「はぁ」


 やってしまった。もう少し早くファルディア伯爵家とソールディ元伯爵家が仲良かったことに気づいていればなぁ。もう遅いが。一応、ペンを落としてきたけど、気づくだろうか。ちなみにペンを持ってきた理由だが、こういう舞踏会はたまにアンケートが実施されるからだ。侍従に持たせてもいいけど、私はいつも自分で持っている。そのためのポケット付きドレスだ。


 さて、どうしよう。一応ピッキングピンはあるけど。今回は屋敷の中を逃げることになりそうだ。リドリンド家より厳しいだろうなぁ。


「冷静に、冷静に」


 幸い手足は自由だ。落ち着いて冷静にやれば逃げれる確率は上がる。


「お目覚めかい?」


 扉が開き、ファルディア伯爵子息が入ってくる。そして私が入れられている鉄格子の前に腰を下ろした。


「そんなに睨むなって」


「どうするつもりですか」


「君を使ってソールディ家の官位と領地を取り戻して伯爵様には戻ってきてもらう。あの家には多大な恩があるからね。そもそも、お前が余計なことをしなければ、こんなことにはならなかったのだがな」


 これはまずい。非常にまずい。つまり私への腹いせと私を使ってソールディ元伯爵様を連れ戻すということか。


「私は優しいからな。お前がここでおとなしくしていればお前には何もしない。本当はいたぶりたいがな」


 そう言って部屋を出て行った。

 わぁ、怖い。おとなしくした方がいいのかなぁ。でもここにいたらいたで大変なことになるよね。もうなっているけど。そして何回も言いたいけど、私の存在では王家を動かせません。ただの一使用人だし。


「んー…」


 逃げるしかないよね。もし失敗しても私が痛い目を見るだけだ。大丈夫、痛い目には慣れている。

 ピッキングして、この鉄格子から出た後はどうしよう。一応この部屋の扉は鍵がかかってないみたい。ここから出た後は、どこか出れる窓を探すしかないか。なるべくすぐ外に出たい。

 しかし今回は裾を切るものがないなぁ。ダンスをするため動きやすいドレスだけど、裾が長いことに変わりない。しょうがない、今回はこれで逃げるしかないか。唯一の救いはドレスの色。深い青にしといてよかった。


「よし。落ち着いて。冷静に。ノリと勢いで」


 髪を留めていたピッキングピンを取り、鉄格子にかかっている鍵穴に挿す。鍵はすぐに解除できた。よかった、この前の連れ去りからピッキングの練習をしといて。


 音をたてないようにそっと鉄格子を開け、外に出る。そして扉に耳を当て、誰もいないことを確認して静かに開ける。

 近くには誰もいないようだったので、そっと出る。すぐ近くに階段があったので、その階段を上がる。

 窓ないかなぁ。


「それでね~」


「やだ、そんなことが~」


 ふと、向こうから声がした。いそいで階段の方に戻り、通り過ぎるのを待つ。

 侍女かなぁ。というか話しててくれて助かった。おかげですぐ気づくことができた。これは急いで外に出ないと。


「あった…」


 廊下を足音をたてないように歩く。ちょくちょく侍女と遭遇しそうになったがなんとか躱した。しばらく歩いていると、小さな窓があった。施錠されているが、開けることができるタイプの窓だ。

 窓に近付き、鍵を開ける。そして外に出て、窓を閉める。


「よし」


 鍵が開いているということでここから出たのがばれそうなので、この場を離れるために壁に沿って歩く。

 冷静に。落ち着いて。外に出たから、あとは落ち着いて行動すれば逃げれるはずだ。ただ、塀はどうしようかな…。この前みたいに穴が運よく開いてたらいいんだけど。


「なんでこんな夜更けに見回りなんだよ~」


「ほんとだよな。ついてねぇ」


 遠くから見回りの衛兵の声が聞こえてきたので、低木の後ろにしゃがんで隠れる。

 夜更けまでご苦労様です。というか、夜更けか。また随分気を失っていたみたいだなぁ。これは日が昇る前に脱出しなくては。深い青のドレスは暗いところでは目立たないが、明るくなるとそうでもない。


「ついて行こう」


 ファルディア伯爵邸の中は未知だ。この前みたいに衛兵についていって、塀が近づいてきたら離れよう。

 ばれない程度に距離を取り、足音をたてないように歩く。


「塀だ…」


 しばらくついて行くと、塀が見えた。衛兵と別れ、塀の方に向かって歩く。

 塀に穴が開いているといいのだけど…後は見つからないで無事に行けるかどうか。

 というか、本来こんなに簡単に逃げ出せるものなのか…?


 いやな予感がする。


 奇しくもその予感は的中することになった。


「みーっけ」


 真後ろで声がすると同時に首に腕を回される。やっぱりばれていたのか。


「はな、して…!」


 腕をどかそうとするが、びくともしない。それはそうか、体格が違いすぎる。

 冷静に。何か、この腕を話させる何かはないのか。あ、そういえば…


「いった!?」


 髪から母二押しの攻撃したら地味に痛いヘアピンを取り、思いっきり首に回されている腕に刺す。ヘアピンだから突き刺さることはないが、効果は抜群のようだった。

 男性の腕の力が一瞬なくなる。その隙に腕から逃れ、走る。

 母上、ありがとうございます。助かりました。


「まて!」


 後ろからさっきの男性が追いかけてくる。このままではすぐに追いつかれてしまう。でもどうやって振り切る…?

 なんとかジグザグに曲がり走る。しかし、振り切れる気配はまったくない。どうしよう…。


 その時だった。


「あっ…」


 何かに思いっきりつまずいて転ぶ。その間に男性に追いつかれた。


「おい、助けはいらんと言っただろ」


「取り逃がしたやつが何を言う」


 追いかけてきていた男性がそう言うと、物陰からまた新たに1人の男性が現れた。

 この人が足をかけてきたのか…。


「やっと捕まえたか」


 この声は…。


「ファルディア伯爵子息様…」


 私を連れ去った張本人、ファルディア伯爵子息様だ。

 ファルディア伯爵子息様は転んで倒れたままの私に近付き、腰の剣を抜く。そして私の顔の前に剣先を向けた。


「おとなしくしていれば何もしないといったんだがな。そうか、痛い目を見たいのか」


「…っ」


 人って恐怖に陥ると声が出ないんだなぁ。もう、無理なのか…。もう、逃げることはできないのか…。今回は逃げることができなかったのか…。


「さて、どうやっていたぶってあげようか。まずはその手からだな」


 そう言って、私の右手の甲に剣先を滑らせる。


「痛い…」


 よく研いである剣なのか、いとも簡単に手の甲が切れて、血がツーっと出る。


「いいざまだ。この続きは部屋でやろう。庭を汚したら庭師に怒られてしまうからな」


 ファルディア伯爵子息様が笑いながらそう言うと、後ろで見ていた男性2人が私の腕を掴み立たせる。

 もうここから生きて出ることはないんだろうなぁ…。もう二度とピアノを弾いたり作曲することも、リーシラ様やミニア、ウィストさん、団長、父上、母上、兄上、そしてソーウェル様と会うことも…。

 涙がでかける。泣くな。ここで泣いたら相手の思う壺だ。

 それに、見つかればこうなるとわかっていながら逃げたのは私だ。ここで泣くのは違う。大丈夫、痛い目を見るのは慣れている。死ぬのはさすがに慣れていないけど。


 ファルディア伯爵子息様が歩き出す。それにともない、私の腕を掴んでいる男性2人も歩き出す。最後の抵抗で足を動かさないようにしたが、無理やり連れて行かれる。


 もう完全に無理だなぁ…そう諦めかけた時だった。


「…シア!」

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