第16話 舞踏会

 舞踏会がやってきました。王家主催の。馬車の中は相変わらず空気が重い。

 今日は舞踏会なので踊りやすいドレスだ。といっても華美なドレスなどうちにはない。私が今回着ているのは深い青のシンプルなドレスだ。ちなみに髪につけているヘアピンは母一押しのピッキングしやすいヘアピン、通称ピッキングピンである。前回のことがあるから一応ね。


「いやだわ…大体前回シアが連れ去られたのも王家主催じゃない」


「それには同感だ」


 今回の空気が重い原因は主にこれだ。


「父上、母上、私は大丈夫です。それよりもダンスがしたくなさすぎて憂鬱です」


「シアのダンスは完璧よ。自信を持ちなさい」


 いや、そういうことじゃない…。確かに小さい頃から母上に鍛えられたけども。

 ダンスをするということは、誰か貴族の若い男性と踊らなければならないということ。あの密着はちょっと…。それに会話も続かないし。何よりリーシラ様付き宮廷音楽師という肩書ほしさに近付いてくる人が多いんだよなぁ。


「僕もダンスいやだなぁ…」


「兄上ははやく婚約者を見つけてください」


「そうよ。お見合い断るのそろそろ疲れてきたんだから」


「なんでうちの女性陣は僕には厳しいんだろうか」


 というか、断るのが疲れるくらいお見合い来てるんですか。それはそれでびっくりなんだけど。うちのような弱小貴族に来るんだ…。


「大体お見合い多くなったのシアのせいだからな。というか、シアにもお見合い来ているし」


 リーシラ様に近付きたい家から自分の娘をお宅の跡継ぎにってきているんだろうなぁ。…て


「私も?」


「そう。伯爵家から妾に来いだとか、3男坊に嫁いで来いだとか」


「え、絶対嫌です」


 長男でもなければ正妻でもないって嫌味だよなぁ。嫁いでも絶対いいことない。


「ちゃんと断っているから安心していいわよ。大事な娘をそんなところには嫁がせません。それに最近シアへのお見合い話は減っているのよね」


「そうなんですか。何があったんでしょうかね」


 最近何かあったっけ?2つの事件解決に関わってしまったくらいだよね。え、むしろそれ増えない?


「マビウッド公爵子息様じゃないかな」


 遠い目をしながら兄が呟く。

 え、ソーウェル様?あの方もお見合い話多そうだなぁ…。


「ソーウェル様はおいといて、減ったのならいいことじゃないですか」


「そうね。あなた達も好いた方に嫁ぎなさい」


 母の言葉に父が頷く。恋愛結婚許されているのって貴族の中じゃフォルトン家くらいだよね。


 会場の大広間に着き、中に入る。もうすでに舞踏会は始まっていて、優雅な音楽が鳴っている。


「ひとまず兄上、1曲踊りましょう」


「そうだな」


 最初に踊るのは婚約者か恋人か家族の誰かでなければならない。後は自由だが。父上と母上はもうすでに踊りに行った。早い。

 ダンスしている場所の隅っこに入り、兄上と組む。ゆっくりとステップを踏んでいく。


「兄上、この後どうしましょう」


「踊りたい人がいないのならすぐに端を取って壁と同化だな」


「ですよね。同化します」


 今回は何分同化できるかなぁ。というか、いくらリーシラ様付きとはいえ、子爵令嬢なのだから近付いても意味ないと思うんだけど。

 曲が終わり、すぐに兄上とともに端に行く。


「兄上は踊りたい人いないんですか?」


「…いない」


「その反応はいますね」


 変な間が空いたよ。いるんだ、あの兄上が踊りたい相手。ダンス嫌がるあの兄上が。


「行ってきてください。他の人に取られても知りませんよ?」


「わかったよ。くれぐれも、周りには注意してね」


「わかってます」


 私の心配をしてくれたのかぁ。ありがとうございます兄上。

 兄上が声をかけに行ったのは、素朴な令嬢だった。ほうほう、あの方が兄上のタイプか。どこの方だろう?


「あの令嬢はユーク子爵家の二女だね」


「そうなんですね…て、ソーウェル様…!?」


 あらびっくり、いつの間にかソーウェル様がいらっしゃいました。さようなら私の平穏な日常。いや、今まで平穏だったかって言われるとそうじゃないけど。


「こんばんは、シア」


「こんばんは。びっくりしました。どうしたんですか?」


「ちょっと疲れたから休憩かな」


 さすがソーウェル様。もうすでにたくさん踊ったんですね。というか、令嬢方が次々くるんでしょうね。ちなみに、ダンスの声をかけるのは男女どっちからでもいい。


「何曲踊ったんですか?」


「5曲。最初は母と。次から令嬢と」


 ソーウェル様、婚約者いないんだった。しかも一人っ子。つまりは最初に踊るのは母の公爵夫人である。


「お疲れ様です。…さっきから令嬢方の視線が痛いです」


 周りを見れば令嬢方がチラチラ見ている。中には睨んでいる令嬢もいる。となりにお目当てのソーウェル様いるのによく睨めるね…。


「そういえば、ソーウェル様は令嬢方の顔と名前覚えているんですね」


 さっき兄上と踊っていた令嬢も知っているみたいだし。


「ある程度はね。立場上知っておいた方がいいし」


「さすがです」


 私なんてほとんどわからない。むしろ名前を知っているのは王族と身分の高い貴族の数名くらいしか覚えてない。


「では私はこれにて。くれぐれも家に帰るまで気を抜かないようにね」


「わかっています」


 そういってソーウェル様は歩き出す。すぐに令嬢方に囲まれた。大変だなぁ。


 しばらく会場を眺めていると、隣に男性がやってきた。


「よければ1曲踊りませんか?」


 はい、きました。今回は10分くらいだったかな。

 私は笑顔を作り、一言。


「はい、喜んで」


 ダンスの場所に行き、その男性と組んで踊り始める。うん、ちょっと下手だね。


「私はファルディア伯爵の長男ユドルグだ」


「ファルディア伯爵子息様ですね。私はシア・フォルトンにございます」


「銀のピアノ姫、噂は聞いている」


「それは光栄です」


 ファルディア伯爵って伯爵の中でも上の方だったような。あ、一応上の方の伯爵家の名前は覚えている。名前までは覚えていないが。


「リーシラ王女殿下はどんな方だ?」


「とてもお優しい方です」


 やっぱりリーシラ様目当てか。知っていたけど。というか、こんな身分の低い私に声かけるのってその理由くらいしかないよね。まぁ、声をかけてくださっただけ恐れ多いか。


 曲が終わり、2人ではける。


「ありがとうございました」


「いや、こちらこそありがとう。せっかくならもう少し話さないか?」


 …え。まだ何かあるの。早く壁と同化したいんだけど。


「わかりました」


 もちろん身分が違いすぎて断ることなんてできない。


「ここは騒がしいから庭に行こう。あ、決して変なことはしないと誓うよ」


「…わかりました」


 断ることはできません。何かされたら母二押しの攻撃したら地味に痛いヘアピンを使おう。まぁ、王宮でそんなことをしてくるとは思えないけど…いたな、ちょっと前に。あれは連れ去りだったけども。


 庭に出て、噴水に腰掛ける。他に人は誰もいなかった。


「そういえば、リドリンド家に連れ去られたとか。おかわいそうに」


「もう大丈夫です。心配には及びません」


「そうか。マビウッド公爵子息様とだいぶ仲が良いのだな」


「そうですね。ありがたいことです」


 ごめんなさいね、会話が続かない返事をして。でもこれが通常なんだから許してほしい。


「…ん?」


 この方今何か手で合図した…?一瞬、左手が不審な動きをしたような。

 そういえば、ファルディア伯爵家ってソールディ元伯爵家と仲良かったんだった。…これはまずいような気がする。


「すみません、体が冷えてきたようなので中に戻ります」


「そうはいかないよ。君にはうちに来てもらうからね」


 やっぱりか…!これは非常にまずい。また連れ去られてしまう。

 ファルディア伯爵子息様の言うことを無視して大広間を目指して歩き出す。しかしそれは、どこからか現れた黒づくめの男性3人によって防がれた。


「おとなしくしていれば、痛いことはしないのでご安心を」


 その声とともに首の後ろに衝撃が走る。薄れゆく意識の中、私はドレスのポケットに入れていたペンを落とす。ソーウェル様からもらったペンを。

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