第15話 お出掛け
あれから1週間とちょっと経った。ソールディ伯爵様及び虚偽に関わった人たちは皆捕まり、断罪された。ソールディ伯爵様は官位剥奪と領地没収のうえで国外追放となった。
私は特に危険な目に遭うこともなく作曲やピアノの練習をしている。1週間の休暇を終え、リーシラ様への演奏も再開して、いつも通りの日常が戻ってきた。
ちなみに、私が今どこにいるかと言うと…
「シア、待たせたかな?」
「こんにちはソーウェル様。私も先ほど着いたばかりです」
王都中央噴水広場にいる。ソーウェル様との2回目のお出掛けです。
王太子殿下暗殺未遂事件や虚偽事件のお礼がしたいとのことで街に出てきてます。恐れ多い…。王族は正式にお礼をしたかったみたいだけど、辞退した。だって恐れ多いし恐れ多い。うん、恐れ多い。というか、たまたま見聞きしたり拾っただけであって私は特に大したことしていないし。
そしたらあらびっくり。ソーウェル様が個人的にお礼がしたと言い出したのである。断れなさそうだったのでありがたく受け取ることにしたのだ。
「それはよかった。午後からですまないね…」
「ソーウェル様はお忙しいのですから。無理はなさらないでくださいね」
主に虚偽事件の後処理で忙しいのは十分知っている。没収されたソールディ領は今のところは王太子殿下が統治しているが、そのうちソーウェル様に譲られるそうだ。マビウッド公爵家、ただでさえ莫大な領地を持っているのに大変そうだなぁ…。その領地を今後ソーウェル様が治めていくのか。王太子殿下の側近をしながら。大変そう。
「ありがとう。では行くか」
「はい。…どちらに?」
「新しく見つけた雑貨店。うちの侍女たちの間で人気なんだよ」
「そうなんですね」
さすがソーウェル様。使用人とも仲が良いとは。こういう方が貴族に増えればいいんだけどなぁ。
歩くこと数分。目的の場所だと思われる雑貨店に着いた。その雑貨店はこの前行った雑貨店とは違って、建物は古く客もあまりいないようだった。いかにも老舗と言う感じだ。
「ここですか?」
「そうだよ。すみませーん」
そう言ってソーウェル様が中に入っていったので、後を追う。
店の中はこじんまりしていて、ゆったりとした音楽がかかっていた。中々落ち着くところだなぁ。
「ちょっと店主と話があるから、シアは中をぶらついてて」
「わかりました」
店主と話があるってことは前も来たことあるんだろうか。お忙しい中街に足を運んでいらっしゃるとか、さすがソーウェル様。
「そういえば、新しいペンが欲しいんだった」
今作曲に使っているペンはこの前落とした時に少し欠けてしまって危ないんだった。使えるには使えるんだけど、万が一手を怪我したら大変だ。
文房具の棚にいき、ペンを見る。いろいろあるなぁ。
「あ、これ」
見つけたのは、黒のペン。緑の花形の飾りがついている。シンプルだけどこの飾りでちょっとだけ女の子らしい。いいなぁ。近くには、同じ形で花の飾りの色が違うペンがいくつか置いてある。
うーん…青系の色がいいんだけど、ここにはないなぁ。諦めるか。作曲する時に使うものだから満足するペンがいい。
次に向かったのはヘアアクセサリーの棚。結局ヘアピン買うの忘れてたんだよなぁ。ポケットに入れていたのは母からもらったシンプルなヘアピンだ。母曰く、これが一番ピッキングしやすいらしい。なんで母がそんなこと知っているのかは謎である。
「前髪切ったしなぁ」
この前前髪を切れなかったのは、リーシラ様と王太子殿下の生誕パーティーがあったからだ。この2つが終わってすぐに前髪を切ったため、今は邪魔にはなっていない。
「あ、きれい」
棚の端っこに紫のバレッタが置いてあった。アメジストを模倣して作られた石がさりげなくついていて、とてもきれい。まるでソーウェル様の瞳みたい…てそれは失礼か。すみませんでしたソーウェル様。
というか、バレッタっていつつけるんだろうか…日常生活?お城で?いつもつけていないのに、いきなりつけるのもなぁ。ま、これもいいか。
「待たせたね」
「あ、ソーウェル様」
バレッタを見ていると、いつの間にかソーウェル様が隣にいた。小さな紙袋を持って。
ソーウェル様もなかなか足音消すの上手だよね…ってそれはそうか、公爵子息だった。
「何かほしいのあった?」
「いえ、特には」
「そう。シアへのお礼も兼ねてのお出掛けだから、ほしいものがあったらいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
恐れ多くて絶対言えないと思うけど。“あの”ソーウェル様におねだりなんて私にはできません。
「次の所に行こうか」
「はい。次はどこに?」
「ぶらぶら歩こうと思う」
なるほど、散歩ということですね。
再び中央噴水広場に戻り、メイン道をのんびり歩く。
「いつ来ても賑わってますね」
「そうだね。この光景を守っていかないと」
そう言って、ソーウェル様は活気あふれる街を目を細めて見渡す。慈愛に満ちたその目を見て、将来は安泰だと確信した。
「そういえば、フォルトン領はどういう感じなの?」
「あまり発展はしていませんが、領民の皆さんのんびりしていて、とても優しく落ち着くところです」
発展していないのは、単純にお金がないからなんだけどね。うちの領は紙作りの技術があるけど、設備を整えることができないからあまり流通していない。領民もこのままでいいよって言ってくれているが、自分たちのつくる紙を多くの人に使ってもらいたいと思っているのは伝わってくる。
ちなみに私が作曲で使っている五線譜は自分の領の紙だ。
「そうなんだ。特産品とかは?」
「紙ですね。紙作りの技術はこの国で一番だと思っています。贔屓目ではありますが」
「そう。その自信はとても良い自信だからずっと持っておくようにね」
「はい」
しばらくそんな他愛もない話をしながら歩くこと数分。
「そろそろ楽器店に行こうか」
「いいんですか?」
「もちろん」
この前行ってからだいぶ間が空いたから新しい楽譜入っているだろうなぁ。楽しみ。
結果を言うと、新しい楽譜はなかった。レジのおじさん曰くつい昨日買っていったお客さんがいたそうだ。残念。まぁこれが街の楽器店の醍醐味ではあるけれどね。
「残念だったね」
「そうですね。まぁいいです。その分自分で作るだけですから」
「なんかシアらしいね」
そう言ってソーウェル様はクスクス笑う。
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
ぶらぶら歩いたのでそろそろ足が疲れてきたところだったからありがたい。
フォルトン子爵邸に着く。ソーウェル様は持っていた紙袋の中から、小さな箱を取り出す。
「はいこれ。お礼の品として受け取ってほしい」
「ありがとうございます」
あの雑貨店で買っていたのはこれだったのか…。お出掛け自体がお礼だと思っていたからびっくり。そしてお礼とはいえ、恐れ多い…。
「今日はありがとうね。それじゃあまた今度」
「はい。ありがとうございました」
ソーウェル様と別れて、屋敷に入る。自分の部屋に着き、すぐに箱を開けた。そこには…
「これ、あのときの」
入っていたのは今日行った雑貨店で見つけたペンだった。花の飾りは私が求めてた青系で水色だ。
「さすがと言うべきか…紳士だなぁ」
大事にしよう。このペンで早く作曲がしたい。明日になるのが楽しみだなぁ。
しばらくペンを眺めていると、コンコンと扉がノックされ、母上が入ってきた。手には一枚の紙を持って。
「母上…それはまさか…」
「王宮からの舞踏会の招待状よ」
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