第14話 証拠

 あれから2日経った。この2日間ずっと練習室に引きこもっているので、何の情報も得られていない。ミニアも仕事が忙しく、何も見聞きしてないそうだ。というか、これが普通なんだよなぁ。


「ソールディ家、かぁ」


 伯爵家の中でも上位の伯爵家。この前のリドリンド公爵様といい、どうして富も名声も地位も得ている人たちが犯罪を犯すのかなぁ。そういえば、権力は人を変えるって父上が言っていたっけ。


「よし、こんなもんかな」


 5日間も丸1日オフである。さすがに1曲完成してしまった。満足に弾けないのに。

 結局明日までは両手でピアノを弾かないことにした。念には念を、だ。さすがに最終日は練習するけど。


「ちょっと歩こうかな」


 眠たくなってきたし、体も凝ってしまった。目も疲れたので、緑がある中央庭園近くまで行こうかな。


 練習室を出て、中央庭園まで歩く。いつの間にか膝の怪我も痛まなくなっていた。私の自然治癒力なかなか高いんじゃない?

 歩くこと十数分、中央庭園に着いた。今日も今日とて綺麗だなぁ。隅々まで手入れをされている。私の家の庭はここまで綺麗に手入れしてないなぁ。


「あ、シア!」


 庭園を眺めていると、不意に私を呼ぶ声が聞こえた。


「ミニア。珍しいね、こんなところで会うの。仕事中?」


「さっき終わって戻るところ!シアは?」


「休憩がてら散歩中だよ。もうすぐ戻ろうと思ってたけど」


 気分転換は十分にしたしね。


「じゃあ一緒に途中まで戻ろう!」


「いいよ」


「わーい!」


 相変わらず元気だなぁ。ミニアはそのままでいてね。そういえばソールディ家のこと、ミニアも知っているんだった。万が一のことがあったら、この子は何があっても守りたいなぁ。


「あ、でも椅子を一脚借りてこいって言われているんだった…」


 ミニアが突然そう呟き、わかりやすく落ち込んだ。


「それくらい一緒に行くよ」


 私がそう言うと、パッと顔が明るくなる。わかりやすいなぁ。


「本当!?ありがとう!」


「壊れたの?」


「そうなの!」


 そういえば共同部屋の椅子って動かしやすいように簡素だったよなぁ。


 しばらくミニアと話ながら歩き、家具供給所に着く。


「ちょっと待っててね!」


 ミニアはそう言い、中に入っていく。

 ここらへんってあまり人いないんだ…て、そりゃそうか。すぐ家具が壊れてたらそれはそれで大変だし。


「ん…?」


 家具供給所のもう少し先の地べたに何か落ちてる…?白い紙かな?となると文官の落とし物の可能性が高い。しかも低木と地面の隙間に入っているから見つけにくそうだなぁ。拾って届けるか。


「…え」


 紙を拾い、どこの部署の書類かを確かめようと中を見ると、そこにはソールディ領の文字があった。

 あれ、これ結構やばめの書類では?何か表や数字が事細かに書かれていて私ではほとんどわからない。でもなんとなくこれが虚偽申告前の生産書類な気がする。


「シア?」


「あ、ごめんごめん」


 紙を凝視していると、用事が終わったミニアが声をかけてくる。私は拾った紙をポケットにしまい、ミニアのもとに戻る。


「無事受け取れたみたいだね?」


「うん!しかも簡素型の最新モデルらしい!ところで、何していたの?」


「文官の落とし物を拾ったの。後で届けに行かないとなぁ」


 その後再びミニアと話ながら共同部屋に向かった。

 共同部屋に着き、ミニアと別れた後、ソーウェル様の執務室へと向かう。ちょうど今の時間はいるはずだ。


 ソーウェル様の執務室に着き、ノックをする。返事が聞こえたので、静かに入った。


「ソーウェル様、こんにちは。…て、王太子殿下も居られたのですか。これは失礼しました」


 入ってびっくり。王太子殿下がいました。優雅に椅子に座ってお茶を飲んでいる。


「誰かと思えば女か。仕事中に押しかけてくるとは非常識な女だな」


 どうして王太子殿下は私に威圧的なんでしょうか。侍女や令嬢たちの間では紳士だと有名なのに。


「そんなことをおっしゃらないでください殿下。シア、気にしなくていいからね。どうしたの?」


「さっき家具供給所近くで例の証拠っぽいものを拾ったので届けに来ました」


 そういって、ポケットの中からさっき拾った紙を渡す。ソーウェル様は受け取り目を通す。すぐに表情が曇った。


「これは…。殿下」


 そしてソーウェル様は紙を王太子殿下に渡す。王太子殿下も目を通した後に顔を顰める。


「決まりだな」


「そうですね」


 んー、反応から見るにやばい紙だったようだ。うわぁ、見事に新しい情報掴んでしまった…。もう情報を入手することはないと思ってたのに。


「シア、これは重要な資料だよ。届けてくれてありがとう。無理はしてないね?」


「してませんのでご安心ください。たまたま休憩中に拾っただけです」


「おい女。お前、これでソーウェルに媚を売ろうとしているんじゃないだろうな?」


 だからどうして王太子殿下は私に威圧的なんですかね。威圧的すぎて恐れ多いとか申し訳ないとかいう感情消えてしまったよ…。


「殿下!」


「そのようなことは全くもってないと断言できますのでご安心を。媚を売ったところで嫌がらせを受けるだけです」


 もちろん令嬢方や侍女たちに。誰が好き好んで嫌がらせを受ける人がいるんだろうか…。


「あぁ、お前あの時嫌がらせされてた女か。リーシラ付き宮廷音楽師の」


「はい、そうです」


 今思い出したように言ってるけど、絶対最初から気づいていたよね…。


「殿下、おふざけはおやめください。シア、殿下がすまないね」


「別に大丈夫ですよ。こういうの慣れていますし」


 私これでもこのお城で働きだして2年は経つからね。妬み僻み悪口侮辱等々、耳に胼胝ができるくらい聞いたよ…。


「そうやって好感度アップか」


「…殿下」


 あ、ソーウェル様から黒い何かがでていらっしゃる。よし、怖くなる前にここを出よう。


「今回はその紙を拾ったので届けにきただけです。それでは私はこれにて失礼します」


 一礼をして部屋を出る。

王太子殿下がいらっしゃったのはびっくりしたなぁ。まぁ、ちゃんと紙を渡せてよかった。これで私が狙われる可能性上がってしまったけど。まぁ、いいか。気にしない気にしない。


 練習室に戻った私は、新しい五線譜を取り出してペンを持つ。気分転換しに行ったはずが逆に気が重くなってしまったので、作曲をして気を紛らわせよう。あれ、気分転換とは。

 しばらく作曲をしていると、コンコンと扉がノックされた。このノックの仕方はいつもの人たちじゃない…。

 覗き穴から外を見ると、ソーウェル様が立っていた。


「ソーウェル様。どうされたんですか?」


 ドアを開け、外に出る。さすがに男女が一つの部屋って色々まずいよね。体裁的に。いやまぁ、執務室で二人っきりになったから遅いような気はするけど。


「さっきは殿下がすまなかったね。謝りにきたんだ」


「そんな…。私は本当に何とも思っていないので大丈夫ですよ」


 それにわざわざ謝りに来てくださるなんて恐れ多い…。


「そう。…シア、くれぐれも危ないところに行かないようにね。周りをしっかり注意して過ごすように」


「わかってます。…もしもの時は、また助けに来てくれますか?」


 いくら注意してても無理なときは無理なものだ。もしまた連れ去られたら、誰か助けに来てくれるだろうか。一応自分で逃げれるように用意はしているけど。


「もちろん。だけど、もしもがないようにね」


「はい」


 ソーウェル様は私の返事に満足したのか、再び謝ったあと戻っていった。


「連れ去り、かぁ」


 前回のことがあるから、相手もわざわざ狙ってくるとは思えないし、私が情報提供したということに相手が気づいていない可能性もある。狙われているっていうのは被害妄想かもしれなけど、注意しておいて損はない。念には念を、である。


 このソールディ伯爵家の問題が公に公表されたのは、1週間後のことだった。

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