第13話 発覚
1週間の休みをもらってから3日が経った。1日目は家で休んだら?という家族の提案を受けて家にいたが、昨日から王宮に出てきている。といっても一日中練習室に閉じこもって、作曲したり、利き手だけでピアノを弾いたりしているだけだ。
ちなみにリドリンド公爵様は私が逃げた日に捕らえられた。ソーウェル様曰く、私の持ち帰ったペンがいい感じの物証になったらしい。あのペン、リドリンド公爵様が王太子殿下から盗んだペンだったそうだ。そのため今のところ、王太子暗殺未遂および反逆、使用人誘拐、窃盗の3つの罪に問われているらしい。ほぼ確定で死罪だと聞く。
「んー…ちょっと散歩に行こうかな」
ずっと座っていたせいか体が痛い。伸びをするとボキボキといい音が鳴る。
練習室から出て、人通りの多い廊下を歩く。人通りが少ない廊下はちょっとだけトラウマだ。それと、連れ去られた日以降、侍女や令嬢にヒソヒソと何か言われることはあっても手を出されることはなくなった。おそらくリドリンド公爵家から1人で逃げ切ったやばいやつ、みたいな認識をされたのかなぁ。
「おい、ウェスリアンのソールディ領、また王に補助金を申し込んだらしいぞ」
「ああ。農作物が大不作で領民たちは飢えに苦しんでいるとか」
しばらく歩いていると、文官たちの会話が聞こえてきた。
この国は王都を除くと4つの地方にわかれていて、そのひとつが西の地方のウェスリアンだ。どうやらその中のソールディ領で大不作による飢饉が起きているらしい。
こういう飢饉はいつ起こるかわからないため備蓄を行っている領が多い。フォルトン領もしっかりとした備蓄をしている。といっても、子爵領なので領自体小さいからそんなに量はないけど。
ソールディ領というと、あのソールディ伯爵家の領かぁ。1回だけ行ったことあるけど、港もあって賑わっていたイメージがあったのになぁ。
「戻るか」
膝の怪我もあるし、これくらいにしておこう。
練習室に戻り、作曲を再び始めると、コンココンと扉がノックされた。ミニアか。
「やっほー!」
「ミニアいらっしゃい。どうしたの?」
鍵を解除して扉を開けると、案の定ミニアがいた。
ミニアを中に入れて、鍵を閉める。
「ソールディ領に旅行に行ってた先輩にお土産もらってね!シアと一緒に食べようかと!」
「そうなんだ。ありがとう」
ミニアが手に持っていた箱を開けると、そこには花の形をしたお菓子が入っていた。
「先輩がね、ソールディ領とてもよかったって言ってたよ!」
「へぇ…ん?」
あれ、さっきの文官たちの話だとソールディ領は今飢餓に苦しんでいるはずじゃ…。飢餓の様子を見ていいところだったなんていう人はほとんどいないだろうし。
「その先輩、ソールディ領のどんなところがいいって言ってた?」
「えっとね、自然が豊かで港もあるからすごく賑わってて作物も豊作でとても活気あふれる所って言ってたよ!どうかしたの?」
まって、それが本当ならさっき文官たちの言ってたこととだいぶ違う、むしろ真逆なことになるよ…?あれ、これってもしかして…
「ミニア、よく聞いて。実はね」
ミニアにさっき聞いたことを話す。ミニアの表情もだんだん曇っていった。
「シア、それってつまり…」
「虚偽の報告を領主がしたということか…」
虚偽の報告は犯罪だ。しかも文官は“また”と言っていた。つまりは今までにも何度か補助金を申し込んで受け取っているということ。補助金を受け取るには視察団が視察して補助金要と判断しなければならない。つまりは視察団も嘘をついている。
「虚偽、買収、着服、横領といったところかなぁ…」
「シア、どうしよう」
「とりあえず、ソーウェル様に言ってみる」
ソーウェル様なら信じてくれるでしょう。しかし、これはまずいことになったなぁ。
ミニアとわかれてソーウェル様を探す。んー、言うって言ってもどこにいるのかわからないなぁ。それに私の身分だと王太子殿下の執務室入れないし。運よくすれ違わないかなぁ。
「あ」
いた。廊下を曲がったらちょっと先を歩いていた。というか、歩くの早すぎない?追いつける気がしないんだけど。はしたないけど、声を出すか…。ちょうど周りに人いないし。
「ソーウェル様」
声を出すって言っても大声は出しませんよ。
ソーウェル様は私の声が聞こえたのか立ち止まって振り向いた。そして私の方に近付いてくる。
「シア。珍しいね、シアが声かけてくるの。どうしたの?」
そうですね。いつもソーウェル様からですね。というか今回が初めてな気がする。
「ちょっとお伝えしたいことが。でもここだとちょっと…」
廊下は誰が聞いているかわからない。もしかしたらソールディ家の者が聞いてる可能性もある。
「わかった。場所を移そう」
何かただならぬ雰囲気を察したのか、ソーウェル様は特に尋ねることなく歩き出す。私はそんなソーウェル様について行く。だけど、歩くスピードは私に合わせて遅めだ。優しいなぁ。
ついたのは、ひとつの執務室だった。あれ、ここって…
「あの、ここは」
「私の執務室。ここなら誰にも聞かれないよ」
ですよねー。ついに私執務室に来ちゃったよ。これは城の女性たちから恨まれるよ。まぁいいか。
「で、伝えたいことって?」
「はい、実は…」
文官たちが話していたこと、ミニアと話したことをできるだけ詳しく話す。次第にソーウェル様の顔が曇っていく。
「…ということです」
「ふむ…それが本当なら大変なことになるね。ありがとう、詳しく調べてみるよ」
「よろしくお願いします。また何か新しい情報が入ったら言いますね。といっても、練習室に引き籠っているのでもうないとは思いますが」
今回はたまたまである。もうないとは思うけど、一応ね。
「大体この時間はここに居るから、何かあったらおいで。…無理はしないでね。また、この前みたいになったら大変だから」
「わかっています。特に何かするつもりはないですよ」
私は文官ではない。お城では一使用人だ。それに下手なことをしてこの前みたいなことになるのは勘弁願いたい。
「それならいいんだけどね」
「あと、こんな私の話を信じてくださりありがとうございます」
本来リーシラ様付きの宮廷音楽師であり子爵令嬢であるとはいえ、一使用人の言うことをすんなり信じてくれる人はいない。
「王太子殿下暗殺を防いだのはシアのおかげだし、それにシアが嘘をつくわけないからね」
「買いかぶりすぎです。もし私が嘘を言ったらどうするんですか?」
「その時は、まぁ楽しみにしといて?」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。…うん、絶対嘘はつかないでおこう。怖い。この笑顔怖すぎる。
「ふふ。嘘だよ嘘。とりあえず、絶対に無理だけはしないでね」
「はい。では私はこれにて失礼します」
「うん、またね」
ソーウェル様の執務室を出る。
なんだか、大変なことになってしまった。もしこのことが本当で、私がソーウェル様に言ったってことが相手側に知られたら…
「気をつけよう」
念には念を。1人で人通りの少ないところは歩かないようにして、ポケットにもしものためのピッキング用のピンとスカートを結ぶためのヘアゴムを入れておこう。
あと、私は練習室に引きこもるしミニアは仕事があるし、これ以上何か新しい情報を知ることはないだろうなぁ。
この後また新たな動きがあることを、この時の私は知る由もなかった。
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