第11話 脱出開始
窓を何とか乗り越える。
「2階か…」
どうやらここは2階なようだった。地面が下の方にある。
2階といっても、貴族の、特に公爵家の2階だ。結構高い。落ちたらただじゃすまなそうだなぁ。
「あ、木」
少し横にずれたところに、大きな気があった。ちょうど枝が壁にぶつかりそうなところまである。
「あの枝までいければ…」
希望がちょっとだけ見えた。あとは、どうやってそこまで行くか。
「飛び乗る…?」
壁には運悪く凹凸がなく、足をかけられそうな所はない。枝までそんなに距離がないとなると…。
これは飛び乗るしかなさそうだ。ちゃんと腕で受け止められるかなぁ。
「ま、ノリと勢いだよねっ」
窓のサッシから枝まで飛ぶ。
「いった…」
無事に枝に捕まった。その拍子で手を怪我したっぽいけど。まぁいいでしょう。
ソーウェル様が本を取ってくださった日からちょっとだけだけど鍛えておいてよかった。まさか、こんなところで役に立つとは。このために鍛えていたわけじゃないんだけどね。
「よし、降りよう」
枝を伝い、ゆっくりと慎重に降りていく。焦りは禁物である。踏み外したら即アウトだ。
枝を伝いながら降りること数分。無事に地面へと降りたった。最後は木の幹しかなかったけど。
とりあえず、ここから離れよう。どっちに行ったらいいかわからないけど、閉じ込められていた部屋から遠ざかった方がいいよね。
壁に沿いながら早足で歩く。ただし、足音はたてないように。ここで淑女教育が生きてくるとは…。母上、ありがとうございます。
今何時くらいだろうか。連れ去られた時が夜の8時くらいだったから、日を跨いだくらいかなぁ。どれくらい気を失っていたかしらないけど。もし夜明け前だったら急がないといけない。明るくなったら見つかってしまう。
「あ、見回り…」
遠くから足音が聞こえる。近付いてきているらしい。急いで低木の茂みに身を隠す。
「ふわぁ…ねみぃ」
「しゃきっとしろよ。リドリンド公爵様が今日はいつもより念入りに見回りをしろと言っているんだから」
「ふわぁーい」
ふむふむなるほど。いつもより念入りに警戒中なのか。え、まずくないか…?
というか、眠そうだったなぁ。敵だけど、心配になるよ。
「ついていくか」
あの2人組の見回りは会話を聞く限りちょっと抜けてそうだったので、ばれない程度に距離を置いてついて行こう。もしかしたら衛兵用の出口までいけるかも。
歩くこと数十分。体感は1時間くらいだけど。2人組の見回りは1つの建物に入っていった。おそらくあれが衛兵たちの詰め所かな。となると、あの建物の裏くらいに、普通なら出口があるはず。我が家もそうだし。ソーウェル様もお忍びの時は衛兵の建物裏の出口から出てるって言ってたし。
「どうやって回ろうかな」
衛兵の詰め所ということは、それだけ気づかれやすいし気づかれたときに捕まりやすい。今まで以上に慎重にならないと。
「この木や低木に身を隠すしかなさそうだけど…」
仮に出口まで行けたとして、出られるのかなぁ。見張りは絶対立っているだろうし。あー、まぐれで塀に穴が開いてないかなぁ。
「うそでしょ…」
なんとか木々に身を潜めながら塀のところまで行くと、そこには人一人通れるくらいの小さな穴が開いていた。本当に開いているんだ、穴。いや、なんでリドリンド家の塀に穴が開いているんだろうか。見つけられていないんだろうか?賊が入ったら危ないよ?特にリドリンド家は賊にとってねらい目だろうし。
「ここを潜れば…」
潜ろうと身をかがめたその時、塀の向こうから声が聞こえた。
「本当にここから出てくるのか?」
「そのはずだ。ここ以外逃げれる場所はないだろうし」
…危ない。どうやらこの穴の先で衛兵に待ち構えられているらしい。
どうやら、私が逃げたことがばれているようだ。でも衛兵の詰め所の変化は特に見受けられない。ということは、私の存在は秘匿されているということか。知っているのはほんの数名。
足音を立てないようにその場から離れる。さてどうしよう。さっき他に逃げれる場所はないって言っていたなぁ。もう後は塀をよじ登るしかないかなぁ…。この高い塀を…。
「さすがに無理だなぁ…」
他の方法を探そう。できるだけ急いで。だけど冷静に。冷静さを失ったら終わりだ。大丈夫、緊張には慣れている。日々のリーシラ様への演奏で。ありがとうございます、リーシラ様。こんなところで役に立つとは思いませんでしたよ。
「どうしよう」
何も思いつかない。どうやったら逃げれる?他の出口は見張りが立っているはずだ。それならやっぱり塀を上るしかなさそう…。でもどうやって…?
その時だった。
「泥棒が出たぞー!」
屋敷の方が騒がしくなる。1人の衛兵がそう叫びながら、詰め所に慌ただしく入っていった。
お?泥棒?ということは、どこかに外と通じる所がある…?泥棒が入ったということはそういうことだよね。
まだ、何とかなる。希望が見えた気がした。
しばらく塀に沿って歩くこと数分。
「あった…!」
塀に小さな穴があった。地面には人が潜った後がある。おそらくここから泥棒が入ったのかな。
…これもフェイクだったらさすがに泣くけど。そう思ったら泥棒騒動も私を捕まえるためのフェイクに思えてきた。
「そうだ」
確かポケットにペンを入れたんだった。ちょっとこの穴からペンを出してみよう。それで何もなかったからこの穴を使おう。
ポケットからペンを出して、穴の外に投げる。
「何もない、かな…?」
特に人が動く気配はない。よし、これは行ける…。背を屈め、人一人分くらいの小さな穴を潜る。
「よし」
無事に潜り終わった。外には誰も立っていなかった。ペンを拾い、ポケットに入れ、走る。とにかく、この屋敷から離れないと。
「はぁ…はぁ…」
どれくらい走ったかなぁ。結構走った気がする。というか、貴族街ってこんなに入り組んでたっけ…。いつも馬車だし決まった道しかいかないもんなぁ。
だんだん周囲が明るくなってくる。夜が明け始めた。
日を跨いだくらいだと思ってたけど、そうとう気を失っていたらしい。よかった、屋敷から外に出ることができて…。
「はぁ…はぁ…」
外に出られてよかったけど油断は禁物だ。もっと遠くに。できるだけもっと遠くに。
「あっ」
走りすぎて足が疲れたのか、足がもつれて思いっきり倒れる。
「痛い…」
膝を見ると、血が滲んでいた。擦りむいたか…スカートの裾を切っていたのが裏目に出たなぁ。
「よい…しょ」
走らないと。ここまで来て捕まったらもう2度と助からない。
足が痛い。足の裏も、膝も。
その時だった。
「シア!」
遠くから、声が聞こえた。私の名前を呼ぶ声を。この声は…
「ソーウェル様…?」
前の方から、馬が近づいてくる。その馬に乗っているのは、ソーウェル様だった。
その人物を確認した瞬間、足の力が抜けて地面にへたり込む。
「シア…!」
「ソーウェル様」
「よかった、無事で…!」
私の前で馬が止まり、ソーウェル様が降りてくる。そして私の前で膝をつき、そっと頭を撫でられた。
「ソーウェル様、これを。閉じ込められた部屋から持ってきたリドリンド公爵家のペンです」
ポケットからペンを取り出して、ソーウェル様に渡す。忘れないうちに渡しておこう。
「物証になりますか?」
「あ、あぁ。充分になる。って、血が…」
ペンを渡した手を見て、ソーウェル様が固まる。手には血が固まっていた。木の枝に飛び乗った時にできた傷だ。だいぶ派手に怪我したなぁ…。
「大丈夫ですよ。すぐ治ります。というか、治します。ピアノ弾きたいですし」
「それでこそシアらしい。本当、無事で良かった…」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
本当に申し訳ない。申し訳ないけど…
「それと、助けに来てくださりありがとうございます」
私がそう言うと、ソーウェル様は優しげに微笑んだ。
「いいんだよ。さて、帰ろうか。立てる?」
「無理です」
腰抜けてます。安心しすぎて腰抜けちゃってます。全く力が入らない。ずっと気を張ってたもんなぁ…。
ソーウェル様は私を抱きかかえると、馬に乗せてくださる。
「スカートが」
抱きかかえたときに、スカートの裾に気づかれた。
「逃げる時に邪魔だったので切りました。はしたないですが今回ばかりはお許しください」
「それくらいいいよ。はい、これかけて」
そう言ってソーウェル様は自分が着ていた外套を私の膝にかけてくださった。優しいなぁ…。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ソーウェル様が私の後ろに乗り、馬を進ませる。向かう先は王宮だ。ついに、帰れる…。
頑張って脱出を試みてよかったなぁ。
後から聞いた話によると、私がいなくなったのはすぐに知れ渡ったらしい。廊下に散らばっていた楽譜を不審に思った侍従が団長に報告したそうだ。
ソーウェル様がこっちに来れた理由としては、リドリンド公爵家を見張らせている自分の間者が、私が穴から出てきて走っていったところを見ていたからだそうだ。
見張らせていた理由は、王太子殿下とソーウェル様はリドリンド公爵家が前からきな臭いと感じていたかららしい。ただ、今回の暗殺計画は予想外だったそうだ。こんなに早く動くとは思っていなかったらしい。
「だから、今回の暗殺を防いだのはシアのおかげなんだよ。そのせいで、シアが酷い目に遭ってしまったけど」
「そうなんですね。でもそこまで酷い目にはあってませんよ?頬を一発殴られたくらいです」
手の傷も足の怪我も逃げる時にできたものだ。まぁ、連れ去られたこと自体が酷いことなんだけど。
「ほう?リドリンド公爵…覚えておいてくださいね…」
なんか後ろから黒い何かがでてるんだけど。怖い。まぁ、いいか。気にしない気にしない。
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