第10話 連れ去り

「ん…」


 意識が戻り、目を開ける。周りを見渡すと、簡易のベッドと机と椅子だけが置いてある簡素な部屋のようだ。

 手も足も縛られておらず、体は自由だ。どうやら女性ということで侮られているらしい。


「…どうしよう」


 やっぱりあの時大広間にとどまっておけばよかったかなぁ。団長の言うことをちゃんと聞いていれば…。もう手遅れだけど。

 どうしよう…おそらく私がいなくなったことは、そのうち発覚して捜索が開始されるだろうなぁ。だけど、救助を待っててはだめだよね。


「んー…」


 殺されなかったってことは、私の使い道があるということ。私を使って家族を脅すか王族を脅すか…。王族を脅すには弱いけど。どちらにしろ、不利にしか働かないよなぁ。

 父上母上兄上、悲しんでるだろうなぁ…。ごめんなさい。


「起きたか」


 急に扉が開き、男性が入ってきた。この人あの場にはいなかったな。ということは黒幕本人か、その近くにいる人か。


「誰ですか」


 とりあえず、尋ねてみる。といっても素直に答えはしないだろうけど…。


「俺はラズレッド・リドリンドだ」


 答えたよ。名乗ったよ。そんなに簡単に名乗っていいものなのか…。

 というか、ラズレッド・リドリンドって、リドリンド公爵…!?え、もしそうなら色々やばくないですか。

 リドリンド家はマビウッド家に並ぶ公爵家だ。マビウッド家と貴族のトップを争うくらい強大な貴族である。ということは、この暗殺計画の黒幕はこの人の可能性が高い。


「リドリンド公爵様ですか…」


「お前は何という?」


「名乗るとお思いで?」


 ここで名乗ったら絶対私のことを王族とかを脅す道具にするでしょう。目上の方に歯向かうのは普通なら恐れ多いとか思うんだろうけど、この人に対しては何も思わない。だって現に王太子殿下暗殺を企み、私を連れ去った悪者だもん。


「ほう?痛い目を見たいようだな?」


「痛いのには慣れております。殴りたいのでしたらどうぞ?」


「チッ」


 リドリンド公爵様は舌打ちをして睨んでくる。殴る蹴るといった暴力なら慣れてますよ、おかげさまで。この前も蹴られたし。


「私をどうするおるもりですか?」


「あの忌々しい王太子を脅すのに使う。お前、どうやらリーシラ王女に気に入られているみたいだしな。あの王太子、リーシラ王女には甘いからうまくいくだろう」


 私の正体知ってたか。そしてやっぱりそうか…。これはちょっとまずいかなぁ。


「どうして王太子殿下を忌々しいと思うのですか?」


「俺は第2王子に王になってもらいたいと思っている。王太子がいなくなればマビウッド家も落ちぶれるしな」


 なるほど、つまり同じ公爵家のマビウッド家を蹴落として貴族の頂点に立ちたいということか。つまりは権力争い。私を巻き込まないでほしい…。

 マビウッド家といえばソーウェル様…今頃どうしているのかなぁ。


「そうなんですか。このことがバレたらリドリンド公爵様は危ういのでは?」


「それもこれもすべてお前のせいだ…!」


 そういってリドリンド公爵様は私の胸倉を掴み、今まで以上に睨んでくる。


「私は一使用人として見聞きしたものを伝えただけです」


 私がこういうと、リドリンド公爵様は顔を赤くして私の頬を殴った。

 鈍い音が小さな部屋に響く。痛い。本気で殴ったわけではないんだろうけど、それでも痛い。本当に殴ったよこの人…確かに殴りたかったらどうぞって言ったけど…。


「覚えとけ!お前はただでは殺さん。痛い目をみてもらおう」


 そう言ってリドリンド公爵様は部屋を出ていく。

 うーん…まずいことになった。おそらくこのままだと酷い目に遭う。そして最終的に殺される。どうしよう…。


「冷静に。冷静に」


 冷静になれ私。何か手立てがあるはず。…逃げる手立てが。


「…窓」


 上を見る。この部屋の上の方には小さな窓がある。人一人潜れるくらい小さな窓だ。鉄格子ははまっていない。逃げるなら、この窓からしかなさそうだ。


「でもどうやって…」


 窓は上の方にある。普通に立っても手は届かない。

 それに、窓を潜れたとして無事に外に出れるかは不明だ。この部屋がどれくらいの高さの場所にあるのかもわからない。それにリドリンド家の庭は全く見たことがないため未知数だ。少しくらい社交界を頑張っておけばよかったかなぁ。


 殴られた頬が無性に痛い。このまま家族に、リーシラ様に、ミニアに、仕事仲間に、ソーウェル様に、会えないと思うと辛い。どうやら、ちょっとだけ強がっていたみたい…。目頭が熱くなる。


「泣くな私。泣いちゃだめ」


 モットーを思い出して。私のモットーはノリと勢い。そう、ノリと勢い。


「やってみないと、わからないよね」


 このまま逃げずに殺されるか、逃げている途中に見つかって殺されるか。この2択なら、後者を選ぶしかないんじゃない?少しでも、希望がある方に。


「やろう。そうやって今まで生きてきたんだから」


 逃げている途中に手を怪我するかもしれない。それでも、死んで一生ピアノを弾けなくなるか、怪我してちょっとの間ピアノが弾けなくなるかだったら、喜んで後者を選ぶよ、私は。


 ベッドを扉の前に持っていく。そして机を窓の下まで持っていき、その上に椅子を置く。椅子に上ると、窓に手が届いた。


「邪魔」


 スカートの裾が長い。これじゃあ踏んでしまう。

 机の引き出しを漁ると、紙とペンとナイフが出てきた。いや、なんでここにナイフがある…。普通閉じ込めておくところにナイフ置かないよね?となると罠かなぁ。ただのミスだといいなぁ。まぁ、あるなら使うか。

 ナイフを使ってスカートの裾を膝下くらいで切る。手は切らないように気を付けてっと。よし、これでいいか。


「さて、逃げよう。ノリと勢いでやればなんとかなるさ」


 ナイフは罠の可能性があるから置いていこう。代わりにこのペンを持っていこうかな。無事逃げれたときに少しでも物証になるものがあった方がいいよね。


 ナイフを元に戻し、代わりにペンを取り出しポケットに入れる。そして窓に手をかけ、腕に力を入れた。

 脱出スタートである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る