第8話 日常

 リーシラ様の生誕パーティーが終わって1日経った。

 今日も今日とてリーシラ様のもとに向かう。1つの楽譜を持って。


「リーシラ様、シア・フォルトンです」


 いつも通り声を発し、一礼をして入る。


「シア、待っていたわ」


 そういっていつもの可愛らしい笑顔を向けてくださる。


「リーシラ様、改めましてお誕生日おめでとうございます。差し出がましいとは思いますが、曲をプレゼント代わりに曲を作ってきました」


 そう。手に持っているこの楽譜は去年のリーシラ様の誕生日からコツコツ作曲したものだ。一気に作曲してもよかったんだけど、できるだけ手間暇かけて作りたかった。1年間お世話になっているし。私なんかがこんなことをするのは恐れ多いとは思うけど、何か恩返しがしたかったのだ。


「まぁ!それはとても嬉しいわ!早く聞かせて?」


 リーシラ様はそれはそれは目をキラッキラに輝かせる。ま、眩しい。


「わかりました」


 楽譜を譜面台に置き、ピアノに向き合う。指を鍵盤に置き、息を吐きだす。そっと鍵盤を弾いた。

 少しでも、感謝とお祝いの気持ちが伝わりますように。そう願いをこめて。


「どうでしょうか…?」


 曲を弾き終わり、リーシラ様の方を向く。相変わらず弾いている時の記憶はほぼない。それでもいつもより緊張していたのはわかった。


「シア…!」


「わっ」


 突然リーシラ様が私に抱き着いてきた。

 り、リーシラ様!?あ、良い匂い…じゃなくて、え、どういう状況…!?


「リーシラ様?」


「ありがとう。ありがとうシア。すごく嬉しい…!」


「喜んで頂けたのならよかったです」


 こんなに喜んでくださるだなんて。恐れ多い…けど、嬉しい。来年も作ろう、素直にそう思えた。


「お茶にしましょうか」


「うん!」


 たまには私から提案してみたり、ね。たまにはっていうか初めてだけど。なんだかちょっとだけリーシラ様に近付けた気がする。

 お互い椅子に座り、紅茶を一口飲む。


「いつから用意していたの?」


「去年のリーシラ様の誕生日からです。去年何もできなかったので、次は何か送りたいなと思いまして」


「去年は専属になったばかりだったものね。…もう1年経ったのね」


「そうですね」


 具体的に私がいつリーシラ様付き宮廷音楽師になったかというと、リーシラ様のお誕生日の2日前だ。


「シアとこうしてお茶ができるまで仲良くなれて幸せよ」


「ありがとうございます。私もリーシラ様付きとなれて幸せです」


「なんだか最近シアは良い意味で変わったわね。ちょっとずつだけど、謙虚がなくなっているというか」


 それ、良い意味なんですか。謙虚、謙虚かぁ。今でも恐れ多いとか申し訳ないとか思うから、私的にはあまり変わっていないと思うけど。


「そうでしょうか」


「ふふ。そうよ」


 その後しばらく談笑をして、部屋を出る。

 よし、早速今日からリーシラ様の来年のお誕生日プレゼントの曲を作り始めよう。


「あ」


 しばらく歩いていると、廊下の角をソーウェル様が曲がってきた。1人だ…。どうするんだろう、今日も会釈かなぁ。


「あ…」


 ソーウェル様も私に気づき声をあげる。


「シア」


 名前を呼ばれた。ということは、今日は話すのか。


「ソーウェル様こんにちは」


「こんにちは。昨日来てたね。相変わらず隅の方にいたみたいだけど」


 そう言ってクスっと笑われる。隅で悪かったですね。落ち着くんだよ、隅。


「特にやることもないですし、ああいう場は苦手なので…」


 パーティーや舞踏会に行くならピアノを弾いていたい。姉よ、なぜ嫁いでいったの…。せめて後3年は待ってほしかった。


「なるほどね」


「あ、昨日のジェスチャー伝わりました?」


「伝わったよ。ちょっと悲しかったけど」


「そうですか…」


 悲しかったんですか。それは申し訳ない…。いやでもあそこで話しかけられたら大変なことになっちゃう。


「あ、じゃあ私はこれで失礼」


「はい。失礼いたします」


 ソーウェル様と別れて練習室に戻る。話すの1週間ぶりだったなぁ。いつも通りで安心した。

 練習室に入り、鍵をしめる。さすがにこの中を荒らされたらさすがの私も堪える。次の日には何ともないんだろうけど。


「んー、次はどうしようかなぁ。とびっきり美しいテイストにしようかなぁ」


 早速五線譜を取り出して、頭の中のメロディーをおこしていく。あ、リーシラ様の来年へのプレゼント曲ね。恐れ多いとは思うけど。

 しばらく作曲をしていると、コンココンと扉が鳴る。これはミニアだな。


「やっほー!」


 鍵を解除して扉を開ける。そこには予想通りミニアがいた。


「相変わらず元気だね。どうぞ」


 ミニアを中に入れ再び鍵を閉める。


「どうしたの?」


「これ、来月の予定表!」


「ありがとう」


 ミニアから予定表を受け取る。どれどれ。うん、いつも通りリーシラ様以外の仕事はないみたい。うん、来月もたくさんピアノが弾けそうだ。


「そうそう、見てこれ!」


 そう言ってミニアが首につけてあるネックレスを見せる。あ、もちろん服の下につけてたよ。

 ミニアが見せてきたのは小さな星型のネックレスだ。


「可愛いネックレスだね。これ、ソルさんが?」


「そう!この前の誕生日プレゼントでくれたんだ~!」


 そういえば、ちょっと前にソルさんが最近冷たいって泣いてたなぁ。ソルさん、無事にサプライズできたんだ。よかったよかった。


「よかったね」


「うふふ~。シアにもそういう人できるといいね!」


 危ない。思わずペンを落とすかと思った。

 というか、すごく幸せそうに笑うね、ミニア。可愛い。


「そうだね。たぶんできないと思うけど」


「そのうち現れるよ!あ、今からまた仕事だからまたね!」


「うん、またね」


 そう言って、急いで出て行った。毎回思うけど、ミニアって嵐みたいな人だよなぁ。まぁ、楽しいからいいか。


 その後、作曲を途中まで行い、ピアノの練習をした。いつも通り、気づけば日が暮れていた。そろそろ帰ろう。


「ただいま帰りました」


「おかえりシア。はい、招待状」


 家に帰るやすぐに母から一通の手紙を渡される。王太子殿下の生誕パーティーだ。


「はぁ…」


「その気持ち、わかるわよ」


 ため息をつく私の方を母が叩く。気持ちは一緒だ。さすが親子。


 まさかあんなことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。

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