第7話 第3王女生誕パーティー

 あの嫌がらせから1週間、今日はリーシラ様の生誕パーティーである。

 私は専属といっても宮廷音楽師なため、特に何かすることはない。専属でない宮廷音楽師は演奏という仕事があるのだけどね。専属はなぜかないんだよね。そのため、フォルトン子爵令嬢として、パーティーに参加している。参加しているというか、強制参加なんですけどね。王宮からの招待状は何か特別な理由がない限り絶対である。


「リーシラ様のお誕生日はおめでたいけど、めんどくさい…」


「まぁまぁ、そんなこと言わないの。確かにめんどくさいけど」


 母よ、あなたもめんどくさいって言ってるよ…。


「ははは、2人とも気を確かに。まぁ父もめんどくさいとは思うけど」


「父上も言ってるじゃないですか。確かに僕もめんどくさいとは思う」


 父も兄もめんどくさがってる。これが遺伝…。

 ただいま両親と兄と1つの馬車で王宮に向かっている。馬車の中の空気は重い。


「皆笑顔の下で情報戦展開しているもの。あの方たちと話すなんて気が重いわ。しかも見下されるし」


 私の母は男爵家の者だった。そのためこういうパーティーや舞踏会では他の夫人方から見下されることが多い。

 父は母の言葉を聞いて、申し訳なさそうな顔をする。


「あなたと結婚したことは後悔してないからそんな顔しないで」


「ルジア…!」


「あなた…!」


 あ、2人の世界に入った。ルジアは母の名前。ちなみに父と母はこのご時世には珍しく恋愛結婚だ。父が母に一目ぼれしたらしい。


「兄上、父上と母上どうしましょう」


「ほったらかしでいいと思うよ」


「ですよね」


 こういうのは日常茶飯事である。


 しばらく馬車に揺られること数十分。馬車が止まる。着いたか…。


「よし、いくわよ」


 母よ、今から戦場に向かうみたいな顔をしているぞ。

 父が母をエスコートして先に出る。その後兄が出て私に腕を差し出す。エスコート相手は兄です。いつものこと。私も兄も婚約者はいないので問題ない。いや、兄上はそろそろ嫁をもらってとは思うけど。


「よし、いきますか」


「お、シアのノリと勢いスイッチ入ったね」


 ここまで来たら行くしかない。ノリと勢いだ。


 兄にエスコートされながら会場に入り、即行で大広間の隅を陣取る。よし、あとはここで帰っていい時間になるまでやり過ごそう。


 30分くらい経った時に、大広間のメインの扉が開かれた。そこから、王様、王妃様、王太子殿下、リーシラ様の順に入ってきた。リーシラ様は薄水色の上品なドレスに身を包み、王女の髪飾りをつけている。美しい…。さすがリーシラ様。

 メインの扉は私たちがいるところより高い位置にあるため、王族の姿をしっかり拝見できる。リーシラ様が一歩前に出られ、口を開いた。


「今日はわたくしの誕生パーティーにお越しいただきありがとうございます。どうぞ皆さま楽しくお過ごしください」


 凛とした声が響く。いつもの優しそうな声とは違う王女としての声だ。立派だなぁ。


「シア、よくリーシラ王女殿下に仕えることができたよな」


「それは私も常々思います」


 リーシラ様のご挨拶を聞いていた兄がそっと耳打ちしてくる。その内容には全面的に同意だ。


 王族が階段を下りてきたところで、宮廷音楽師団が演奏を始める。パーティー開始だ。ちなみにミニアは歌担当なので今日はいない。


「飲み物取ってくるね」


「お願いします」


 そう言って兄が飲み物を取りに離れる。これがお決まりパターンだ。


「あ、あの時のご令嬢だ」


 会場を見渡していると、この前嫌がらせをしてきた令嬢を見つけた。主犯の令嬢だ。んー、どこの人だろう。公爵家の令嬢は覚えているので、おそらく伯爵家かなぁ。伯爵家の中でも上の方だろう。


「あ…」


 次に見つけたのはソーウェル様だ。大臣方と談笑している。その周りの令嬢方が談笑が終わるのを今か今かと待ち構えていた。


「人気者だなぁ」


 そりゃそうか。今をときめくマビウッド公爵の子息だもんなぁ。王太子殿下の1番の側近だし。それに加え顔よしスタイルよし性格よし。婚約者もいない。うん、そりゃ令嬢方から狙われるわ。

 不意に目が合ったので首を横に振る。こっちには来ないでくださいの意を込めて。ここで話しかけられたら大騒ぎになる。私の意図を読み取ってくださったのか、視線を外される。よし、危険回避成功。


「はい、飲み物」


 そこにちょうど飲み物を持った兄が戻ってきた。


「ありがとうございます」


 飲み物を受け取り、一口飲む。オレンジジュースだった。この国では18で成人するまでお酒は禁止されている。


「噂には聞いていたけど、本当にマビウッド公爵子息様と交流があるんだね」


 危ない。オレンジジュースを吹き出すところだった。


「よくさっきのでわかりましたね」


「たまたま見えた。交流は否定しないのね」


「交流という交流はしてませんが、お城で会えば少し話すくらいです」


 まぁ、それもあの嫌がらせがあって以来ないけど。お互いに会釈するくらいだ。そもそも最近ばったり会う機会自体少ない。


「そう。マビウッド公爵子息様はどんな方?」


「一言で言うと、こんな私にも紳士的に接してくださるお心の広い方、ですかね」


「へぇ、そうなんだ。確かにマビウッド公爵子息様の紳士ぶりは僕たち文官の間でも聞くなぁ」


「そうなんですね」


 ということは常日頃紳士的ということか。本当素晴らしいお方だなぁ。


「そういえば、シアはお城で気になる人できた?」


「できるわけないでしょう。そういう兄上はどうなんですか?」


「できるわけないよね」


 さすが兄妹…似てるなぁ。


「さすがにそろそろ本気で考えた方がいいんだろうなぁ。父上と母上に安心してもらいたいし」


「私はともかく兄上はそうですね。もう23ですし…」


 兄は今年23だ。一般的にはすでに婚約者がいて、結婚を控えている頃である。


「うーん…でもこの中からと考えると気が重い」


「別にこの中の令嬢じゃなくてもいいのでは?母上も男爵出身ですし」


 男爵令嬢はなかなかパーティーには呼ばれない。呼ばれるとすれば王様の生誕祭か建国記念祭くらいだ。


「そうなんだけどね。でもそうなるとその分その子に負担がかかるんだよね」


「そうですね」


 行きの馬車の中の母の顔を思い出す。確かに…。


「まぁ、どうしようもなくなったらお見合いするよ」


 そもそもどうして兄とこんな会話しているかというと、父と母が恋愛結婚だったからか、私たちも好きな人と結婚しなさい、と言われているからだ。お見合いは最終手段として使え、らしい。


「そう思うと姉上はすごいですね」


「そうだね…」


 私の姉は今年19の時に嫁いだ。15から付き合った恋人と。その方は下の方の伯爵家の人である。


「よし、そろそろリーシラ王女殿下にご挨拶しに行くか」


「はい」


 父と母がすでに挨拶にいっているから、無理して行く必要はないが、日ごろお世話になっているから今回はご挨拶に行くことにした。


「リーシラ様」


 運よくリーシラ様がおひとりで居られたため、声をかける。


「シア、来てくれたのね」


 そう言っていつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。おぉ、いつものリーシラ様だ。


「お誕生日おめでとうございます」


「おめでとうございます」


 私が先に言い、兄がその後に続く。


「ありがとう。今日で一番嬉しいわ。そういえば、当日に祝ってもらったのは今年が初めてじゃない?」


「そういえばそうですね」


 去年まで姉がこういうパーティーに行ってたからなぁ。専属になった去年は次の日にお祝いした。

 というか、今日で一番嬉しいって…。そんな恐れ多い…。


「やっとシアと同い年になれたわ。これからも私の専属宮廷音楽師として、ひとりの友人として、よろしくね」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 友人だなんて恐れ多い…けどそう言ってしまうとリーシラ様が悲しむので受け入れる。


「では、失礼いたします」


「また明日ね」


「はい」


 リーシラ様に一礼してその場を離れる。もとの隅に戻ると兄が口を開いた。


「なんとなくリーシラ王女殿下がシアを専属宮廷音楽師として迎えた理由が分かった気がした」


「そうですか?私はいまだに謎ですけど」


「なんとなく、ね。よし、そろそろ帰るか」


「そうしましょう」


 リーシラ様にもご挨拶できたし、そろそろ帰ろう。


 馬車に乗り込むと、思いっきりため息をつく。あー、疲れたぁ。


「ずいぶん疲れたみたいだね」


「疲れました…」


 ぐてーっとクッションによりかかる。そんな私に兄が追い打ちをかける。


「次は王太子殿下の生誕パーティーだね」


 と。

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