第5話 お出掛け
今日はマビウッド公爵子息様とのお出掛けの日。
いや、正確に言うと公爵夫人への誕生日プレゼントのアドバイスなるものをする日だけど。アドバイスなんて恐れ多いなぁ…。
ちなみに今どこにいるのかというと、王都中央噴水広場である。プレゼント選びと言ってたから貴族街にある高級店に行くのかなぁと思ってた。まぁ私としては高級店は息が詰まるし、それなりの格好をするのもめんどくさいので、こっちの方が助かるけど。
あ、今着てる服はシンプルな薄水色のワンピースに白の長袖カーディガン。大体いつもこんな格好をしている。楽だしピアノを長時間不自由なく弾けるしね。というか、下手したら1週間こういう服と宮廷音楽師の制服しか着ないかも。
「どこにいるんだろう…」
あたりをキョロキョロ見る。
うーん…見つからないなぁ。黒い髪はこの国では珍しいからすぐ見つかると思ったんだけど。もしかして、やっぱりこんな身分の低い令嬢とは買い物に行けないと思って来てないとか。
もし来なかったら行きつけの楽器店に寄ってから帰ろうかな。新しい楽譜が入っているかも。
「あ、いたいた」
そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
この声は…
「こんにちは、マビウッド公爵子息様」
「こんにちは」
振り返るとそこにはマビウッド公爵子息様がいた。
シンプルな服を着て帽子を被っている。腰には剣。ぱっと見休日の騎士。というか、帽子…そりゃ髪色で探しても見つからないよね。
「今日は髪を下ろしてるんだね」
いつもはピアノ弾くとき邪魔になるから髪を後ろでひとつに結んでいるんだけど、今日は街に行くということで下ろしている。ちなみに髪は腰上くらいの長さだ。
「はい。いつも街に行くときの格好です」
「そうなんだ。…いつも?」
「よく休日に楽器店に行っているんです」
しまった、貴族の令嬢がよく街に出るのははしたないと思われたかなぁ。
「へぇ。じゃあ帰りにでも寄っていく?」
おお?なんとも思われなかった…?
「いえ、また今度行くので大丈夫です」
それは恐れ多い。私の買い物に付き合ってくださるなんて申し訳なさすぎる。
「せっかく街に出ているんだから寄ろう。私も気になるし」
「気になるんですか?普通の楽器店ですけど…」
こう言っては店に失礼かもしれないけど、本当に何の変哲もない楽器店なのだ。他店と違いがあるとすれば、置いてある楽譜がちょっと多いくらい。
「銀のピアノ姫が行く楽器店だよ。気になる」
「銀のピアノ姫はやめてください…私は姫じゃありません」
そういや私は巷じゃ銀のピアノ姫って呼ばれているんだった。あれ恥ずかしい。
「否定するのそこなんだ」
そう言ってマビウッド公爵子息様は苦笑をこぼす。
銀とピアノは事実だから否定のしようがないけど姫は違う。私は身分の低い貴族の令嬢だ。姫なんて存在は雲の上。
「で、だめかな?」
「…わかりました。帰りに寄りましょう」
はい、私が折れました。もしこのまま断って怒りに触れたら、私の家が消されるかもしれない。あぁでも恐れ多いなぁ…。
「決まりだね。とりあえずご飯を食べに行こうか」
そういえば昼前だった。もちろんご飯は食べてきていない。
「そうですね」
あのマビウッド公爵子息様とお昼ご飯だなんて恐れ多い。いいのかなぁ…。
「よく行くご飯屋さんがあるから、そこに行こう」
そう言って歩き出す。私もマビウッド公爵子息様についていく。横を歩くのは恐れ多すぎて、斜め後ろだけど。
というか、よく行くって…マビウッド公爵子息様もよく街に来るんですか。意外。
歩くこと数分、ひとつの食事処に着いた。結構大きい建物である。
「ここだよ。ここは個室もあるんだ」
「そうなんですね」
なるほど、個室か。やっぱり身分がとても高いお方だから、身の安全を考慮して個室なんだろうなぁ。
中に入ると、マビウッド公爵子息様は慣れた様子で迷わず個室に入る。
「何食べる?」
席に着いた私にメニュー表を渡してくださる。うーん、紳士。こういう細かな気配りもできるのか。
さて、なに食べよう…。メニューを見る限り、ここは何かの専門店ではなく大衆食堂のようだ。
サンドイッチかなぁ、フルーツの盛り合わせかなぁ、お肉でもいいなぁ、お魚も美味しそう。
「フルーツの盛り合わせと野菜スープにします」
「了解。私はがっつり食べようかな」
店員を呼び止め、料理を注文する。マビウッド公爵子息様は言った通りがっつりお肉の料理を頼んでいた。
「あ、そうだ。私のことは名前で呼んでほしい」
危ない、お冷を吹き出すところだった。こういう心臓に悪い言葉は何もしていないときに言ってほしい。
というか、名前で呼べと?え、マビウッド公爵子息様を?なんて恐れ多いことを…。
「いえそれは…」
「街で正式名称だとばれるし、ね?」
あぁ、なるほど。確かにマビウッド公爵子息様だとすぐばれるよなぁ…。それなら、名前で呼ばないといけないか。
「わかりました」
「うん、ありがとう。フォルトン嬢のことも名前で呼んでいいかな?」
フォルトン嬢はばれないと思うんだけど…。フォルトン子爵家は小さな貴族でそんなに有名ではないし。
「はい」
「ありがとう、シア」
まぁ、断れないんですけどね。このお方の言うことは断れないと学んだよ。えーっと、マビウッド公爵子息様の名前はソーウェル様だったよね。
そしてシア呼び。オーケー出したとはいえ違和感ありまくりである。それにこんな身分の低い令嬢の私の名前を呼んでくださるなんて恐れ多い…。
「いやだった?」
私が黙っていると、不安そうにソーウェル様が聞いてくる。
「いえ、そうではないです。なんだか恐れ多いなぁと」
「そう?それならよかった。あと、恐れ多いとか思うの禁止ね」
無理です。それは絶対無理です。ただでさえ今の状況自体が恐れ多いのに、そう思うの禁止だなんて。
「貴族身分の低い私にとってソーウェル様は雲の上の存在なので無理です」
「身分は気にしないでいいよ。といってもいきなりは無理か。私も殿下に敬語使うなって言われたときは躊躇ったもんなぁ」
え、あの王太子殿下が敬語使うななんて言うのか。どちらかというと、そういうことには厳しそうなのに。
「王太子殿下がそのようなことを?」
「そう。今では慣れたけど、最初は違和感しかなかったなぁ。あの方、リーシラ王女殿下と私には甘いんだよ」
「そうなんですね」
リーシラ様に甘いのなんとなくわかっていたけど、ソーウェル様にも甘いのか。それくらい信頼されているんだろうなぁ。
「まぁだから、今すぐじゃなくていいからそのうち慣れてほしい」
「わかりました。頑張ります」
はてさて私がソーウェル様に恐れ多いと思わなくなる日は来るんでしょうかね。来ない気もするけど。
…というか今後ソーウェル様とは絡まない気がするんだけど。だって今日のは、たまたま公爵夫人と私の感性が似ていたから呼ばれただけだし。
「シアはいつからピアノを?」
「物心つく前からですね」
「そうなんだ。誰から教わってたの?」
「母です」
母はピアノがすごく上手で、最近は嬉々として私の曲を弾いている。
その後すぐに料理がきたので食べることにした。
野菜スープはシンプルだが優しい味付けで美味しかったし、フルーツは新鮮でこれもまた美味しかった。
ご飯を食べた後、店を出た私たちは今回の目的の店へと向かう。ソーウェル様が色々話しかけてくださったから会話が長く途切れることはなかった。
「そういえば、どうして街なんですか?」
ちょっとだけ緊張が解れたので、ずっと疑問だったことを聞いてみることにした。
「私の母はあんまり華美なものは好まなくてね。特に今はこういう平民の街のものにハマっているんだ」
「そうなんですか」
珍しいなぁ。高貴な女性はこういうの嫌いだと思ってた。なるほどだからソーウェル様が街に出ることが許されているのか。普通に考えたら、止められるよな。
「ここだよ」
そう言ってとある店の前でまった。その店は新しい建物で、中は若い子たちで賑わっていた。
そういえば、最近新しい雑貨屋がオープンしたとミニアが言ってたなぁ。ここだったのか。
「ここなんですね」
「母に最近の流行物をあげようと思っていてね」
なるほど。最近の流行りの物なら、こういう若い子が多い雑貨屋がベストだよね。でも流行りかぁ…流行りはわからないなぁ。
「最近の流行りって何なんですか?」
「ハーロウムという生花を特殊な液体の中に入れた置物だそうだよ」
ハーロウム…そういえばミニアがそんなこと言ってたっけ。あぁそうだ。ソルさんからハーロウムをもらったって言っていたなぁ。
店の中に入ると、ハーロウムはすぐに見つかった。色々な種類と色があるなぁ。綺麗…。
「どれがいいと思う?」
興味津々に見ていると、隣でソーウェル様が尋ねてきた。
「華美なものが苦手なのでしたらこの薄ピンクや緑とかどうでしょう」
そういって2つのハーロウムを指さす。ひとつは薄ピンク色の可憐な花のハーロウムで、もうひとつは新緑の大きな葉のハーロウム。なるべくシンプルってなると、1色のものがいいよね。
「あぁ、この薄ピンクは母が好きそうだ。これにしよう」
そんな簡単に決めていいんですかソーウェル様…。申し訳なくなる。
「いいんですか…?」
「うん。前から思ってたけどやっぱりシアのセンス良いね」
いいんですかね?私はこういうのに疎くて、どちらかというとセンスない方だと思うんだけど。というか、さっと褒め言葉がでるのか、紳士だなぁ。
「そうでしょうか。シンプルなものを選んだだけですよ」
「それでもだよ。今からお会計してくるから、ちょっと待ってて」
「わかりました」
返事をするとソーウェル様はハーロウムを持ってレジの方に歩いて行った。
レジ、並んでるなぁ。これは時間かかりそう。
「ヘアアクセサリーでも見に行こうかな」
最近前髪が伸びてきてピアノ弾くときに邪魔だから留めるピンが欲しいと思っていたんだった。ある程度目星をつけて今度の休日に買いに来ようかな。ヘアピンくらい親に頼めばいいんだろうけど、そうなると親が張り切っちゃうからなぁ。
前髪くらい切ればいいんだけど、この後王宮の行事があって切れないのだ。
ヘアピンが置いてあるスペースに行き、ざっと見る。
んー、どれがいいかなぁ…。目の色と合わせた方がよさそうだよね。
「あ、これいいかも」
そういって手に取ったのは、ヘアピンに小さな青い花型の飾りがついたもの。
いいなぁこれ、可愛い。よし、次来た時にまだあったら買おう。結構人気店だし、なくなっている可能性が高いだろうなぁ。まぁいいか。その時はその時で別のを探そう。
「あ、いた」
ヘアピンを元の場所に戻して他のヘアピンを見ていると、不意に横から声がした。
「ソーウェル様」
ソーウェル様でした。そういえば会計を待っていたんだった…。いけないいけない、次は気を付けないと。あ、次はないんだった。
「先に帰ったかと思ったよ」
「すみません。あと、そんなことは後が怖くてできません」
いや本当に。何度も言うけど、怒りに触れたら我が家が消されてしまうかもしれないからね。
「ヘアピン見てたのか。何かいいのあった?」
「いえ、見てただけです」
「そう。よし、プレゼントも買えたし、最後にシア行きつけの楽器店に行こう」
あ、そうだった。そういえばそんな約束してた。え、本当にいいのかなぁ。なんだか恐れ多い…。
雑貨屋を出て歩くこと数分。行きつけの楽器店についた。どこからどう見ても普通の楽器店。
中に入ると、楽譜が置いてある棚に直行する。
「んー…あ、これ」
棚の端っこに新しい楽譜があった。取り出して楽譜を見て頭の中で音を鳴らす。うん、こういう曲調は父が好きそう。よし、買うか。
「すみません。これ買ってきます」
「ああ」
斜め後ろで見ていたソーウェル様にそう声をかけてレジへ行く。
私が楽譜棚全部見れるように斜め後ろにいてくださるとは、やっぱり気遣いができる紳士だなぁ。
「これください」
「はいよー。お、目の付け所がいいねぇって嬢ちゃんかい」
「どうも」
ほぼ毎週来ているから、この楽器店のおじちゃんとは仲が良い。
「元気か?」
「元気ですよ」
そんな会話をしているうちに会計を済ませる。
「毎度ありー」
「また来ますね」
レジのおじちゃんと別れた後、店の外で待っていたソーウェル様に声をかける。
「お待たせしました」
「いえいえ。見つかったようで何よりだよ。さて、ちょっと早いけど帰るか」
「はい」
そう言って歩き出す。今は15時くらい。よし、帰ったら早速弾いてみよう。
そして貴族街のフォルトン子爵邸の前まで来た。まさか送ってくださるとは…。なんて恐れ多い。
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそありがとう。シアのおかげで良いプレゼントが買えたよ」
「いえ…」
「またお城で会ったら話そうね」
「はい」
そう言って私は子爵邸に入り、ソーウェル様は歩き出す。
理由はどうあれソーウェル様とお出掛けなんて恐れ多かったけど、なんだかんだ楽しかったな。
この時、私は楽しさと新しい楽譜を変えた嬉しさにすっかり忘れていたのだった。ソーウェル様と仲良くするということはどういうことかを。
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