第4話 お誘い

次の日。

 さて、噂はどうなっているんだろうか。ポストには何も入ってなかったけど…。


「まぁ、ノリと勢いだよね」


 何度も言うが私のモットーはノリと勢いである。何か嫌がらせがあってもノリと勢いで乗り切ろう。


 私は新しい曲の譜面を持って、リーシラ様のもとに向かった。

 リーシラ様の部屋に向かう途中も陰口がいつもより多いくらいで、嫌がらせはなかった。今のところ手は出さないレベルの注意人物って所なのかな。


「リーシラ様、シア・フォルトンです」


「どうぞ」


 いつもの作法でリーシラ様の部屋に入る。

 言い遅れたけど、本当はリーシラ王女殿下と呼ばなければならない。最初はそう呼んでたのだけど、リーシラ様があの可愛らしい笑顔で「名前で呼んで?」といってきたのだ。恐れ多いとは思うけど、それも主様の命令なのでリーシラ様と呼ぶことにしている。


「今日は新しい曲を持ってきました」


 そういうと、リーシラ様は目をキラキラ輝かせて私の顔を覗き込む。そ、そんなに楽しみにしてたんですか…。恐れ多い。


「楽しみだわ」

「では弾きますね」


 ピアノの方を向き、小さく息を吐きだし、鍵盤に指を置く。そして鍵盤を弾いた。


 今回の新曲は儚く切なくなるようなテイストにした。何かあったのかって言われれば何もないけど。ただそういう曲を作りたくなっただけだ。


「これで終わりです」


 相変わらず弾いた記憶はほぼないけど。リーシラ様にそういうと、いつものように拍手をしてくださる。


「儚くて切ない曲ね。胸が締め付けられるよだったわ」


「ありがとうございます」


 ちゃんと曲のテイストが伝わったみたい。良かった…。


「それに、まるでシアが消えてしまいそうだったわ…」


「リーシラ様…?」


 消えてしまいそう?私が?そこまで儚く切ない曲になったのか。

 それよりもリーシラ様を不安にさせてしまったのならこの曲は封印かな。次は明るくて楽しい曲にしよう。これは一人の時に弾けばいい。


「不安にさせてしまったのならすみません」


「謝らなくていいのよ。シアは悪くないのだから。また弾いてね?」


「いいんですか?」


 不安になってしまうなら弾きませんよ。一番はリーシラ様なのだから。


「いいわよ。というかむしろ弾いて?こういう曲調も好きだから」


「ではそうしますね」


 まぁ、回数はちょっと少なめにしよう。


「そうそう、曲名だけれど『雪の欠片』でどう?」


 そう、私が作った曲は真っ先にリーシラ様に聞いていただいて、リーシラ様が名付けることになっている。これは半年前から始まった決まりだ。本当恐れ多い…。もちろんリーシラ様はそれ以前の曲もすべて知ってくださっているが。昨日披露した氷の輝きと水の幻想はそれ以前の曲だ。


「とても良いと思います。ありがとうございます」


 雪の欠片、か。消えてしまいそうな儚さを見事に表していると思う。さすがリーシラ様。


「ふふ、よかった。そろそろお茶にしましょう」


 新曲の日は決まって1曲である。その代わり、ティータイムの時間が長い。このティータイムの時にリーシラ様は詳しく感想を言ってくださる。恐れ多いことです。


「わかりました」


 ティータイムが始まると、案の定詳しく感想を言ってくださった。恐れ多い…ありがとうございます。


 感想を言い終わった後、不意にリーシラ様が尋ねてきた。


「そういえば昨日、ソーウェル殿と話したんですって?」


 …あぶない、紅茶を吹き出すところだった。リーシラ様にも伝わっていたのか。


「はい。少しだけお話させていただきました」


「どう?」


 どう?とは…?

 私が訝しげにしていたのか、リーシラ様が捕捉してくださる。


「聞き方が悪かったわね。ソーウェル殿のことどう思った?見た目とか話し方とか」


 あぁ、そういうことか。たぶん兄である王太子殿下の1番の側近だから何かと気にかけていらっしゃるのかも。なんてお優しい…。


「見た目は整っていらっしゃるなと思いました。あと、髪と眼もすごく綺麗でしたね。話し方は紳士でした」


 よくこんな身分の低い令嬢に紳士に接してくださったなぁ。恐れ多い。今思うと、懐の大きい方でだなぁ。


「そう、それならよかったわ。」


 そういって可愛らしい笑顔を浮かべる。私には恐れ多い笑顔だなぁ…。将来のリーシラ様の旦那様は幸せだよね。リーシラ様もいまだに婚約者はいらっしゃらないけど。

しばらく談笑した後


「では、私はこれにて失礼します」


「またね」


リーシラ様の部屋を出て、練習室に向かう。


「あ、シア。ちょうどいいところに」


「団長。どうしたんですか?」


 帰る途中に宮廷音楽師団長のエランジス・リゾウ辺境伯様に声をかけられた。御年67で、一言で言うと白髪の優しいおじいちゃんである。ちなみに団長は音楽界の生きる伝説と言われている。

 なんだか昨日から声かけられるなぁ。


「実はわしに急用が入ってな…大変だと思うがちょっと図書館まで音楽理論の5~9巻を借りてきてくれないか」


「わかりました。共通部屋の団長ボックスに入れておきますね」


「すまぬな」


 そういって団長は早足で去っていった。そうとう急な用事なんですね…お疲れ様です。

音楽理論の5~9巻ね。あれ、音楽理論の本ってだいぶ分厚くて大きかったような。5冊も持てるのかなぁ。まぁ、ノリと勢いでなんとかなるか。


 一回練習室に戻って譜面を置き、図書館に向かう。

 そういえば図書館なんて久しく行ってないなぁ。作曲とピアノのことしか考えていないのがばれる…。本もたくさん読んだ方がいいのはわかっているけど。でも、いつまでここに居れるかわからないし、これをきっかけにちょくちょく行ってみようかな。


「音楽理論音楽理論…」


 図書館に着いた私は受付を済ませ中に入り、目的の本を探す。

 久しぶりすぎてどこに何があるのかわからないなぁ…一応音楽関係のスペースにいは来てるんだけど、広すぎる。それに棚が高い。天井まである。上の方の本ってどうやって取るんだろうね?梯子使っても危険だと思うんだけど。


「んー…あ、あった」


 探すこと10分。なんとか本を見つけたが…。


「うわぁ…上だ」


 その本たちがあったのは最上段だった。

うそでしょ…ここにきてまさかの最上段。そして本が分厚くて大きいというのがここからでもわかる。これは取れないなぁ。というか、なんで最上段に置いたんですか。


「梯子はすぐそこにあるけど、危険すぎる」


 取ろうと思えば取れなくもないんだけど、もし落ちて指とか腕を骨折したらすごく困る。宮廷音楽師にとって指と腕はなによりも大切なのだ。


「うーん…」


 どうしよう。司書さんに取ってもらう?でも今とても忙しい時間みたいだし。しばらく待つしかないかなぁ。うん、そうするしかなさそう。

 私は近くにあった民謡の本を手に取り、読書スペースに座る。とりあえず30分くらい時間を潰そう。


 しばらく本を読んでいると、隣に誰かが立った。動く気配がないので見上げるとアメジストのような綺麗な眼があった。


「マビウッド公爵子息様?」


 そう、マビウッド公爵子息様がいました。なんでいらっしゃるの…。


「これはすまない。つい覗き込んでしまった」

「お疲れ様です。どうしたんですか?」


 ここに立って覗き込むってことは何か理由があるんだろう。でもなんだろう?これが広まったらまた大変なことになりそう。


「時間が空いたから図書館に来たんだけど、珍しい令嬢がいたのでね」


 珍しい令嬢って私か。確かに全然来ないからなぁ。


「たまたまここに用事があって来たんです」


「そのわりには本を読んでいるみたいだけど…民謡?フォルトン嬢は作曲とピアノを担当しているよね?」


 周りをよく見ていらっしゃる。さすが王太子殿下の1番の側近。


「本を取りに来たのです。ですが上の方にあって私では取ることが出来なくて…司書の方の手が空くのを待っている次第です」


 そろそろいいかな。マビウッド公爵子息様が去ったら頼みに行こう。


「それなら私が取ろうか?今開いているし」


 思わず椅子から落ちそうだった。危ない危ない。え、今なんておっしゃった…?取ってくださるって?


「いえ、大丈夫です。万が一マビウッド公爵子息様がお怪我をされてはいけませんから」


 それはとても恐れ多いです。それに本当に何かあって怪我をされては困る。


「これでも体を鍛えているから大丈夫だよ。その本はどこにあるの?」


 あ、これ取ってくださる気満々ですね…。どうしよう、恐れ多いけど、断るのも失礼だよね。もし断って怒りに触れたら我が子爵家が消されてしまう…。でも万が一怪我をされても消されそう…。


「…こっちです」


 私は読んでいた民謡の本を持って立ち上がる。マビウッド公爵子息様のご厚意を無駄にすることはできないなぁ。


 マビウッド公爵子息を連れて、目的の本が収納されている本棚まで来る。うん、高い。


「最上段の音楽理論5~9巻までです。…本当にいいんですか?」


 念のために確認をする。マビウッド公爵子息様はこちらを見てふわりと微笑んだ。

 その笑顔があればすぐに婚約者ができそう。というか、そんな笑顔をしてくださるなんて恐れ多い…。


「いいよ。ちょっと待っててね。本を下で受け取ってくれるとありがたい」


「わかりました」


 私の返事を聞くとマビウッド公爵子息様は梯子をかけて登っていった。

 危なげなく渡るなぁ。体幹がしっかりしているのか。私もちょっとは鍛えようかな…?


「はい、これ5巻ね」


「ありがとうございます」


 マビウッド公爵子息様は音楽理論5巻を持って降りてくる。私がそれを受け取ると、すぐに上に登っていった。

 思った以上に重い…あれこれ5冊も持てるのかな。


 次々にマビウッド公爵子息様が本を渡してくださり、無事に5冊を取ることができた。

 お、重い…


「本当にありがとうございました。助かりました」


「どういたしまして。3冊持つね」


そういうと、ひょいっと私が持っていた本のうちに3冊を取る。


「え、いいですよ。そこまで手を煩わせるわけには…」


 本当に。手を煩わせるわけにはいかない。マビウッド公爵子息様もお忙しいだろうし。なにより恐れ多い…。それにここから宮廷音楽師団の共同部屋までは結構距離がある。時間が空いたってことは休憩時間というだろうし。ただでさえお忙しいのだからしっかり休憩を取ってもらわなければ。


「どう見ても重そうだけど。それに宮廷音楽師団のいる区画までは結構遠いよね」


「休み休み行きますから大丈夫です」


「早くピアノ弾きたいでしょう?」


 う、それは…。確かにピアノは弾きたい。とても弾きたい。だからといってマビウッド公爵子息様に手伝ってもらうのは違う。


「まだ頷いてくれないのか…とにかく、私が手伝いたいんだ。手伝わせてほしい」


「なんでそんなに手伝ってくださるのですか?」


 私は一介のしがない宮廷音楽師であり身分の低い令嬢だ。ここまで手伝ってくれる理由が見つからない。


「困っている人が目の前にいたら手伝うのが紳士だよ」


「そうなんですか…お優しいんですね」


 マビウッド公爵子息様、噂には聞いていたけど思った以上に紳士だなぁ。

 こんなこと言われたら、ありがたくご厚意を受け取るしかないよね。


「そんなことはないよ。で、手伝わせてくれるかな?」


「はい。お願いします」


 あの後、ちょこちょこ談笑しながら本を宮廷音楽師の共同部屋まで持っていった。ちょこちょこ談笑というか、マビウッド公爵子息様が質問をしてくださってそれに私が答える形だったけど。恐れ多くて私からは話しかけられない。


「ありがとうございました」


「いえいえ。あ、そうだ。明々後日空いてる?」


「明々後日なら空いてます」


 1週間に1回は丸1日オフの日がある。ちゃんと休んで、とのリーシラ様のお気遣いで1週間に1回オフの日が設けられたのだ。といっても、リーシラ様の部屋での演奏以外はオフみたいなものだけど。その休みがちょうど明々後日だ。

 あ、ちなみにこのお城では絶対1カ月に8日は絶対休めという決まりがある。働きすぎは良くないという王太子殿下の御意見だそうだ。私は1カ月に4回だけどね。そんなに働いているわけじゃないので適用を外してもらっている。


「よかった。それでは明々後日お出掛けしましょう」


 うん?はい?今なんて…?お出掛け?


「え?」


「お出掛け。実は母の誕生日がもうすぐでね。プレゼントを選ぶのを手伝ってほしいんだ」


 はあ、なるほど。確かにそれなら女性の方がいいのだろうけど、なぜ私。そんなのばれたら大変なことになるじゃないか。


「なんで私なんですか?」


「母の感性とフォルトン嬢の感性が合いそうだと思ってね。王族主催の舞踏会に来るときの格好を見ていてそう思ったんだ」


 宮廷音楽師をやっていても、貴族の令嬢というのは変わらない。王族から招待状が届けば舞踏会へ行かなければならないのだ。姉はいるが、去年嫁いでからは私が参加しないといけなくなった。

 なるほどそれで見てたのか…身に付けるものは公爵夫人のものとは天と地ほどの差があるけど。我が家、子爵なだけあってお金がたくさんあるわけじゃないし。


「そうなんですね。でも私なんかが恐れ多いです」


「そこをなんとか。無理かな?」


「…わかりました」


 そんなにお願いされては断ることはできない。

 はぁ、私の平和な日常さよなら。


こうしてお出掛けが決まったのだが本当に恐れ多い…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る