其の六
彼女はニードルガンを足元に投げ捨てた。あの銃は暗殺用の武器としては持ってこいであるが、厄介な欠点があった。
それは単発、即ち一発づつしか発射が出来ないこと。
二発目を発射するには圧搾空気のボンベをもう一度セットしなおさなくてはならないのである。
彼女もそれを知っていたから、
だが、目だけは死んでいなかった。
彼女の右手が動き、手首が内側に曲り、何かを振り出した。
キラリ、とそれが光る。
だが、俺はそれより早く背中に手を回し、特殊警棒を振り出していた。
空中で金属と金属が触れ合う、甲高い音が響く。
踏みとどまった彼女は、もう一度俺に突っかかる。
俺の右頬、数ミリをあまして、直ぐ隣の空気を切り裂いたが、辛うじて刃は俺の肌には届かなかった。
俺は一気に歩幅を詰め、特殊警棒の先端を彼女の
コンクリートの床の上にナイフが落ち、彼女はそれを拾い上げようとしたが、俺は構うことなく、その手を踏んづけた。
『・・・・』
彼女の鋭い目が、俺を睨みつける。
俺はナイフを蹴り、踊り場の隅に飛ばした。
警棒を畳み、腰に収める。
彼女は自分で腹を押さえ、荒く呼吸をし、入ってこない酸素を
『・・・・気を悪くしないでくれ。俺は武器を持ってる相手には差別をしない主義でね』
俺は背中に彼女の視線を十分に意識しながらナイフの柄を指でつまみ上げ、刃をテッシュでしっかり包み、くるりと返して彼女に手渡した。
『毒だろう?針と同じ成分の・・・・危ないところだったな。肌が切られてりゃ、俺だってお陀仏だったかもしれん』
『貴方は・・・・一体何者?』
手を入れるぜ、と断ってから、懐からライセンスとバッジを出し、彼女に提示した。
『ある人に頼まれて君の事を調べさせてもらった。』
俺はそう言って、名前を出さずに廣田誠が本気で結婚を望んでいること。そのため何故彼女がプロポーズを断ったかを調べて欲しいという、依頼内容を話した後、名探偵とっときの
『君の家は先祖代々、請け負って人を殺めるのを業としてきた。つまりは暗殺者の家系だった。ただ、それは『誰か』特定の人間の専属だったわけではない。金を受け取れば、思想、信条に関係なく依頼を遂行する。そうして君も一定の年齢になると自然に、何の疑問もなくそうした”仕事”をするようになった。君は一族の中で最も優秀な”プロフェッショナル”に成長していた。通称”ヤシャ”それが仕事上の君の名前だ。あの「東邦貿易」という会社は、言わば君達の仕事の仲介業みたいなことをしていた。』
と、まあ名探偵を気取って喋ってはみたが。
俺が得意気に口にしたのは、半分以上馬さんからの情報だ。
探偵と言っても、この程度のものさ。
俺はポケットからシガレットケースを出し、中からシナモンスティックをつまんで咥えた。
『・・・・ところが、今度君の身にとんでもないことが起こった。ある国で政変が起きかけている。西アフリカの某国・・・・その国では20年この方、猜疑心の強い男が大統領として権力の座に居座っている・・・・ここからは完全に俺の想像だがね。君を雇おうとしたのはその猜疑心の強い独裁者・・・・彼は大金で君をスカウト・・・・つまりは自分専属にしようと考えた。しかし君は家の掟、つまりフリーランスで”仕事を選ぶ”というプライドを守ることを優先して断った。』
彼女は相変わらず何も答えない。
俺は先を続けた。
『しかしあちらさんはどうしたって君に依頼を受けさせたい。そこで荒っぽい手段に出て、君は命を狙われる羽目に陥った。さ、これで全部だ。何か訂正したいことがあるかね?』
俺の言葉に、彼女は否定も肯定もしなかった。腹を押さえてゆっくり立ち上がると、
『貴方のそれ、私にも下さらない?』ときた。
俺はシガレット・ケースの蓋を開け、彼女の前に突き出す。
彼女は一本取って、口の端に咥えた。
『以外なのね。探偵なのに煙草を喫わないなんて』
『映画や小説の悪影響だな。探偵だって長生きはしたいもんでね。』
彼女は口の端で小さく笑った。
『私に依頼をしてきた人に伝えて頂戴。貴方の申し出は嬉しいけど、私はやっぱり申し出は受けられません。どうか他の誰かと結ばれて幸せになってください。って』
『それは君が自分で言えばいいんじゃないのか?』
『そうしたいのは山々なんだけど・・・・私はもう日本からいなくならなきゃいけないのよ。』
それからシナモンスティックをボリボリ音をさせて
『初めてよ。生まれてから男の人にプロポーズなんかされたのって、でも私はやっぱり普通の暮らしは出来ないのね』
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