其の四

 あの禿げ頭の五十男は病院で目を覚ました。


 彼は『東邦貿易』の社長・・・・とはいっても、社員は実質彼一人で、後はパートで雇っている女子事務員が二人いるきりの零細企業だという。


 表向きは海外(主にアフリカ・中東)から海外雑貨を輸入するというのが仕事だった。しかし、実際はもっとヤバい仕事にまで手を染めていたらしい。


 警察の事情聴取に、禿げは『雑貨の輸入、それだけだ』と答えたきり、それ以上はダンマリを決め込んだままだったという。


 俺は一応プロの探偵だ。


 近頃にはこういう稼業にだって、


『場合によっては』


 事情聴取に立ち会うことが出来る権限があるのだが、それはあくまでも任意以上の場合、つまりは警察が正規の手続きを踏んで逮捕した場合に限られる。


 従って今の段階では、俺は彼が入院している病室に近づくことすら出来なかった。


 だが、警察おまわりに頼らなくっても、こっちはこっちでやりようがあるというものだ。


 数時間後、俺は荒川の河川敷の『に居た



 俺は伸び放題に伸びた雑草をかき分け、やっとその掘立小屋にたどり着いた。


 その小屋は、高さが約2メートル10センチ、奥行きが5メートルほど、間口は1メートル60センチほどの長方形である。骨組みはどうやらアルミと角材と鉄パイプ。壁はベニヤと石膏ボードを張り合わせて作ってあった。


 典型的な『それらしい小屋』と言ってしまえばそれまでだが、屋根の一角に平たいパネルが、銀色の支柱に支えられて立っていた。


つまりは、ソーラーパネルだ。

 

それともう一つ、何やら小型のパラボラアンテナまで取り付けてある。


東京広しといえど、こんなものを小屋に付けているのは一人しかいない。


そう、《《彼》》、


即ち『馬さん』である。


『馬さん』・・・・本名は分からない。誰も知らない。歳は幾つで、一体どこから

来て、前職は何だったのか、其れすらも知らない。


 しかし、何かの時、警察おまわりの手も借りずに情報を集める時には、一番頼りになる人間である。

 俺はいつもの通り、薄いベニヤとビニールシートのドアを三回ノックした。


『おう』


 中から声がする。


 ドアを開けると、内部は思ったより広い空間だ。

 

 ブルーシートを二重に地面の上に敷き、その上に更に絨毯が敷いてある。


 ミカン箱が幾つかと食器。


 そして驚くべきことに、ノートパソコンが一台、小型のテーブルの上にあり、その前に一人の男性が胡坐あぐらをかいて座っていた。


 俺は黙って、入り口近くに腰を下ろし、ポケットからクリップで止めた数枚の札を出して彼の横に放り出した。


 彼・・・・『馬さん』は手を伸ばして金を受け取ると、代わりに隣の物入からプラスティックに入ったディスクを取り出し、俺の方を、上体を捻って手渡した。


『「ヤシャ」と、東邦貿易・・・・それからあんたが見たナンバープレートについて分かった限りのもんが入ってる。役に立つかどうかわからんがね』


『いや、あんたの情報ネタは、十分に役に立つ』


 俺が言うと、馬さんは金をポケットにしまい、再びパソコンの方に向き直った。

 

『用が済んだら帰ってくれんか。これからまだ片付けなきゃならない仕事があるんでね』


 誰に言うともなく、馬さんはまた素っ気ない声を出した。





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