其の二

 彼女と知り合ったのは、北陸のある都市から、大学に入学するために上京してからだという。


 同じ大学の、同じ学部の教室に通っていたが、最初の内は時々話をする程度で、さほど意識はしていなかった。


 しかし学内にあった『時代劇同好会』というサークルで一緒になり、同好の士ということで色々な話をするうちに、


『お互いに惹かれたあった』のだという。


『でも、そう思っていたのは僕だけだったのかも知れません』


 彼はそこで表情が変わった。ひどく寂しそうな、そんな顔になった。


『僕は彼女に何でも話しました。生年月日、家族構成、その他何でもです。しかし彼女は自分の事については殆ど何も話してくれませんでした』


 鳳時子は京都市の生まれである事。しかし小学校1年から中学に上がるまで、父親の仕事の都合で南米のブラジルで育った事。

 彼女が話したのはそこまでで、それ以上はあまり詳しくは語ってくれなかったという。


『何か聞いてはいけない過去があるのだと思って、それ以上深くは訊ねませんでした。』


 しかし惹かれていったのは間違いなく、大学三年の終わり、就職にも何とか目途が着いたとき、思い切ってプロポーズをした。


『最初の内、彼女はYESともNOともいいませんでした。でも僕は諦めずに何度もデートするたびに彼女に自分の気持ちを伝え続けた。


 そうして今の会社に就職し、彼女も横浜の(何でも小さな貿易会社だという)に就職したのだが、つい1年前から、音信が途絶えがちになり、ついには携帯にも出なくなってしまった。


 勤務先の会社に連絡をしてみても『社員のプライバシーについてはお答えできない』という答えが返って来るばかりで、殆どなしのつぶてだった。


『お願いします。僕はどうしても彼女と結婚したいんです!彼女のいない世界なんて考えられません。何とか・・・・何とか探し出してくれませんか?』


 俺はコーラのペットボトルのキャップを閉め、コートのポケットに突っ込み、入れ替わりにシナモンスティックを取り出して咥えた。


『・・・・人探しは探偵の基本だから、引き受けるのはやぶさかではないんだがね。しかし俺は結婚と離婚に関わる仕事は原則受けないことにしてるんだ』


 どうしてですか?と彼が聞く。


『別に大した理由はない。そんなのは他にやれる人間が幾らでもいるだろう?』

 俺はいつもの様に素っ気なく返した。


『勿論、彼女の事は好きです。結婚したいと思っています。でも、それは彼女を探してくださった後で僕が自分の手で何とかします。貴方への依頼は、とにかく彼女を探し出してくれること。そして何故僕の前から姿を消したか、それを確かめて欲しい事。この二点だけです』


『分かった。引き受けよう。契約書はここにある。サインして、後から俺のオフィスにファックスしてくれりゃいい。』


 俺はかたわらに置いていたアタッシュケースを開け、書類を一枚出して

彼に手渡し、それからまたコートのポケットからコーラを引っ張り出してキャップを捻り、一口ぐいっとやった。


(もうそろそろコーラの季節じゃないかもな)


 頭の片隅で、そんなことを考えた。


 



 

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