彼女は『ヤシャ』

冷門 風之助 

其の一

 季節外れの梅雨が明けた。


 つまりは俺、乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうのメシの種、


『探偵免許(正確には私立探偵開業免許)の停止』が、一か月経って、やっと解除されたのだ。


 別に私立探偵は免許が無きゃ仕事をしてはいけないと、規定されている訳でもないのだが、そうなると勢い、

と、の、制限の幅が大きく開く。

 誰でも出来る『チンケな仕事』ならば、そこそこ(いや、それ以下という方が正確だろう)の稼ぎしか手に入らない。


 免許があれば当然、かなりの稼ぎが期待できる。


 ということはつまり、


『荒事』の依頼も引き受けられる。


『荒事』ってのは、分かり易く言えば、


『拳銃が使える仕事が受けられる』って意味だ。


 当たり前だが、そういう仕事は当然、


『貰えるもの』も、それなりに期待が出来る。


 俺の仕事は基本『1日六万円のギャラと必要経費』となっている。


 しかし『拳銃が使える仕事』となれば、プラス『四万円の危険手当』を上乗せすることが出来るのだ。


 そんなわけで、俺は免許停止解禁と共に、

『危険を買う男』になるべく、あちこちにをかけて回ったのだが、世の中ってのは、そうそう上手く行くものじゃない。


 当てのない依頼探しを続けて、半月が過ぎようとしていた。


 退屈を持て余し、俺は拳銃(正式には業務用拳銃と呼ぶ)S&WM1917の分解掃除、腕立て、腹筋、スクワットで紛らしていた。


 しかし、

『仕事の女神様』は簡単には俺をお見捨てにはならなかった。


 その日は突然やって来たのである。


 その青年は、

『午後12時10分なら会えるから、井の頭公園まで来てくれ』と言われて、出向いてきた俺の隣のベンチに座ると、挨拶もせずに写真を一枚鞄の中から出して俺に見せた。


『人を呼びつけておいて自己紹介もしないってのは、サラリーマンの仁義に反するんじゃないですか?』


 俺が素っ気なくいうと、彼は慌ててハンカチで額を拭き、


『失礼しました』と、少しどもりながら言うと、名刺入れを引っ張り出して俺に渡した。


『三協物産市場調査部第一課、第三係・廣田誠ひろた・まこと


 俺は名刺と顔を見比べた。


 歳は32歳、大学を卒業後今の会社に就職して、今年で9年目、眼鏡とスーツが良く似合う、真面目で実直そのものの、典型的なビジネスマンといった雰囲気の男だった。


『で?依頼のおもむきは?』


 俺は名刺をしまい、代わりに手元に戻って来たライセンスとバッジを彼に見せた。


 少しばかり涼しい風が通り抜けて行く。


 真上に来ている太陽の光も、幾分優しくなっている。


 彼は俺の隣に座り、再び、

『依頼なんですが・・・・この女性を探して貰えませんか?』


 そう言って、手札大の写真を俺に手渡した。


 女が写っていた。


 年齢は27~8歳、多少の誤差はあったとしても、30代半ばを越えてはいまい。


 地味な薄茶のブラウスにジーンズ、髪は肩ぐらいまであるのをひっつめにし、黒縁の眼鏡をかけている。


 化粧はそれほど濃くはない。口紅も薄いピンク、顔立ちは・・・・至って平凡、恐らく街中ですれ違ったとしても、それとは気づかず通り過ぎてしまう。

 それほど、どこにでもいるような、そんな女性だった。


『名前は鳳時子ほう・ときこといいます。年齢は今30歳、僕の大学時代の友人で・・・・』


 彼は少し躊躇ためらった後、思い切ってという感じでこう付け加えた。


『プロポーズをした女性でもあるんです』







 

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