第7話 はじまりが分からないハジマリ
*四月八日*
最悪。せっかくのクラス替えだと思ったのに、また西崎(にしざき)と一緒になった。しかも一緒に委員までやらなきゃいけなくなって、不愉快極まりない。おまけに、美香とはクラスが離れてしまったし。明日から学校に行くの、憂鬱。
*四月二十八日*
美香たちが、三組の唐川(からかわ)くんのことをカッコいい! と言って盛り上がっていた。確かに唐川君はカッコいい。落ち着いてるし。でも、私は一組の山下くんの方がいいな。
*六月七日*
雨ばっかりでうんざりしちゃう。戸倉くんと西崎が、廊下で滑って転んでた。廊下でボール遊びなんかするからだ。ザマーミロ!
*七月十八日*
夏祭り。美香と浴衣を着て行く約束をして、神社で待ち合わせ。仲良し五人で、わたあめを食べたり、金魚すくいをした。こういうシュチエーションで出会いがあって、「浴衣可愛いね」なんてナンパされて、彼氏が出来ちゃったりして。なんて考えていたら、クラスの男子と遭遇。「ちんちくりんじゃん」と西崎に言われた。ムカつく。
*十月三十日*
中学校最後の文化祭。クラスでの出し物を決めるのには苦労したけど、最後なんだなって思ったら、クラスのみんなでの行事だから大切にしなきゃって思った。先生とクラスみんなでの集合写真は一生の宝物にしよう。
*十二月二十四日*
クリスマスイブ。受験生には関係ない日だ。塾に行った帰りに、西崎に会った。あんなとこで何してたんだろ?
*一月一日*
新しい年。今年はとにかく志望校に合格できるように祈るだけ。高校に合格できたら、山下くんに告白するのもアリかな?
*二月三日*
滑り止めの高校には合格できたけど、本命はいかに? みんな、こんなふうに緊張していたりするのかな? どうやって不安な気持ちを乗り越えているんだろう?
*三月六日*
やった! 高校に合格できた! 学校に合格報告に行ったら、同じクラスの子たちが来ていた。
ほとんどの子が第一志望に合格できたと聞いて安心した。美香はN高校に行っちゃうけど、私と美香はずっと友達!
*三月九日*
卒業式。とても感動した。離れてしまう友だちもいるから寂しい。それに、それに。今日、生まれて初めて告白というものをされた。その人のことは、そういうふうに思ったことがなかったから、とても意外でどうしたらいいのか分からない。二日後に返事をって言われたけど、どうすればいいの?
「くー。ほのか、可愛いねぇ!」
床に転がって私の日記を読んでいたヤツは、ニヤニヤと笑っていた。まだラグさえ届いておらず、剥きだしの床に、ゴロゴロと転がって悶えているヤツ。絶賛引っ越し作業中だというのに、私の荷物の中から中学時代の日記を見つけたヤツは、わざわざ声に出して私の日記の朗読を始めた。
まったくもう!
「一週間後にはここで新しい生活が始まるの! 人の日記を声出して読む暇があったら、手を動かしなさいよ!」
恥ずかしさも手伝って声を荒げると、ヤツはまたニヤニヤと笑った。
「で? この後の日記がないんだけど? 二日後の返事はどうなったんだよ?」
私は聞こえないフリをして、食器棚に新品の食器を並べ続けた。お茶碗もお椀も、マグカップだって二つずつ。それを見ているだけでくすぐったくなる。
「いい加減にして!」
「『そういうふうに思ったことがなかったから、とても意外でどうしたらいいのか分からない』相手だったんだろ? どう返事したか気になるじゃん」
どうしても私の日記から目を離したくないヤツに、私はもう言葉をかけるのを諦め、無視の態勢に入った。今日中にある程度のものを片づけておかなければならない。ヤツがやらないのであれば、私がやるしかない。
「ねぇ! ねぇってば!」
しつこく呼びかけられて私が振り返ると、私のノートを持ったまま、床に肘をついてこちらを見ているヤツが見えた。
「唐川はさ、女にモテまくったのをきっかけにホストになったんだぜ? 知ってた?」
なんでドヤ顔? と思ったけれど、へええ、唐川くん、ホストになったんだ。ふーん。でもまぁ、向いてるかも。と思う。でもここで相手をしては、また作業が止まってしまう。私は無言でヤツを睨み、また食器棚へ向かう。が、またヤツの声が私を呼び戻した。
「山下はさ、高校卒業と同時に出来ちゃった婚で、もう三人の子供がいるらしいぜ?」
だから何? と言いたくなる私に、ヤツはさらにドヤ顔になる。意味が分からない。
「つまりさ、俺で良かっただろ? ってこと」
私はおかしくなって、でもまともに相手をする気にはなれなくて、食器棚の方へ向き直り、またお皿を手に取った。が、いつの間にか私の背後に回っていたらしい。ヤツが、私を背中から抱きしめてくる。
「二日後の返事は『友だちからなら』だったじゃん? それからずっとこんな感じで一緒にいるけど、『好き』との境界線はどの辺からだったワケ?」
耳元で囁くヤツ。覚えてるんだったら、聞かないでよ? なんて思いつつ、背中のぬくもりは心地いい。
「今更そんなことどうでもいいじゃない」
私は素直キャラじゃないから、なるだけそっけなく言ってみるも、今日のヤツはいつもより更にしつこかった。
「俺で良かった。そう思ってる?」
メンドクサイなぁ。乙女か! と突っ込みたくなる。でも、二日後に挙式を控えている花嫁としては、今後に響くことも考えなければならない。もう『恋人』ではなく『夫婦』になるのだから、
ここは覚悟を決めて伝えるべきなのだろう。
「日記に何度も出て来てるでしょ? 『西崎くん』? これが答え。以上」
私に答えられる限界での返事をし、抱きしめられたままだけれど、お皿を棚に並べていく。そんな私を羽交い絞めにして、ヤツ、西崎秀人(にしざきひでと)は満足気に笑った。
「このツンデレ!」
動きにくいことこの上ないけれど、幸せそうな秀人の声に、私のテンションも上がる。新婚だもの。しょうがないよね?
「そういう秀人は、いつからが友だちと『好き』の境界線だったの?」
少しだけ振り返ると、秀人はなんでもないように澄まして言った。
「そんなもん、考えたことあるか! 気づいたときにはもう始まってたよ」
照れるでもなく、ドストレートで秀人は言う。秀人のこのストレートさに、どれだけ救われてきたかしれない。私という人間を、まるごと受け入れてくれる人。汚いところも、ズルいところも、
そういうのだって私の一部だと認めて大事にしてくれる人。
はじまりのラインは覚えていない。でも、気づいたときには、秀人は私を思ってくれていて、私はその秀人の思いに応えたいと思った。そして私と秀人は、二日後には挙式を終えてハネムーン。
一週間後には、この部屋で二人だけの生活が始まる。
「ねぇ、これからも日記書いてよ?」
「どうして?」
「こうやって形に残っていくって、なんかいいじゃん」
「えー、やだよ」
「いいじゃん。そうすれば、こうやってほのかを恥ずかしがらせることも出来るわけだし。ね? ツンデレちゃん?」
秀人の幸せそうな声は、私も幸せにしてくれる。からかわれるのはイヤだけど、秀人が幸せな気持ちになれるのなら、書き残していくっていうのも、いいかもしれない。はじまりの境界線は見えないものだけれど、こうやって書き残すことで見えてくるものがある気がするし?
背中のぬくもりを感じつつ、そんな風に思った私と、イジワル同級生秀人との、いつ始まったのかすら分からない、おまぬけな、コイノハジマリ。
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