第4話 オネエ男子とヲタク女子のハジマリ

 「はあぁぁ」

 大きく息を吐く。

 せっかくの日曜日。天気もいいし、気晴らしに出かけよう! そう思って、普段は引きこもりがちな私が駅まで歩いて来た。行先はどこでも良かった。行きたい場所があるわけじゃないし、誰かと一緒にってわけでもないし。

 時刻表をにらんでみたけれど、目的地がないので埒が明かない。

 どうしよう? そう思ったら気が抜けて、改札の前のベンチに座り込んだ。籠バッグの中の携帯を確認するも、誰からも着信はないし、メールすら入っていない。

 あー、私は一人だ。たまには冒険しなきゃ! なんて思い立って来てみたけれど、やっぱり帰ろうかな?

 普段は全く気にしていない「一人」という生活。けれど、いろいろなことに行き詰ったとき、これまでの自分の付き合いの悪さを後悔する。そうして、一番最初の大きなため息へと繋がっていく訳だ。

 電車が駅についたらしく、人が下りてくる気配。どこかへ出かけた帰りの人たちばかりなんだろうな。楽しい思いをしてきた人たちばかりなんだろうな。

 我ながら、屈折している。自分以外の人すべてが幸せそうに思えて仕方がない。

 知っている人がいるかどうかも分からないのに、私は顔を合わせたくなくて俯いた。足音がいくつも通り過ぎて行ったけれど、しばらくするとそれもまばらになり、そのあとは静けさが漂う。

 そこへ遅れて一人の足音が聞えた。

 まだいたの? 早く通り過ぎてよ! 勝手な苛立ちをしながら、さらに俯く。その足音はゆっくりと近づき、私の前で止まった。俯いた私の目の前に、左右色の違う紐が結ばれたスニーカーが見える。

「あら? 由紀子(ゆきこ)じゃない?」

 呼ばれたのは確かに私の名前だ。

 顔を上げると、メガネをかけた派手な男の子が目の前に立っていた。茶髪というより、もうほぼ赤に近い髪色。左耳に黒い丸ピアス。ポケットに入れたスマホから伸びるイヤホンから、チカチカと音がしている。その男の子は、親しげに私に微笑んだ。が、私にはこんな男の子の知り合いはいない。

 誰? 思い切り顔に出ていたのだろう。男の子がニコッと笑った。

「わかんないのね? やぁだ! ひろオカマよぉ!」

 は? ひろオカマ?

 そのワードは私の脳に浸透し、おぼろげに何かが浮かんでくる。そしてそれは次第にはっきりし、叫びとなって口から飛び出した。

「え! 広岡くん?」

 っていうか、自分で「ひろオカマ」って言ってるし! 私は心の中で突っ込んだ。

 小学生のとき同じクラスだった広岡利和(ひろおかとしかず)。名前を聞けば、確かにあの頃の面影が見えてくる。当時からきれいな顔立ちだった広岡くん。今目の前に立っている彼は、その当時のきれいさはそのままに、背が伸び、さらにシャープな印象の男の子に成長していた。

「思い出してくれた? 良かったぁ」

 そして、その当時そのままにナヨナヨさも健在で、目の前の広岡くんは、身体をくねらせて喜びを表現しているようだった。

「由紀子何してるの? 暇? 久しぶりの再会だし、お茶でもしない?」

「あ、うん」

 お茶しない? なんて軽く言えるところに、ちょっと戸惑う感じはあったけれど、二人で「お茶」をすることにした。広岡くんと会うのも、話すのもどれくらいぶりだろう? 中学を卒業して以来だから、七年ぶり?

 広岡くんと私は駅を出て、駅の真ん前にあるカフェに入った。お互い家も近いのだけれど、いきなり家でお茶っていうのもね。広岡くんがそう言って、カフェに誘ってくれたのだ。私は久々の再会にドギマギしていたけれど、広岡くんは女の子慣れしているというか、自身が女の子っぽいから気にならないのか、至って普通に見える。

 私たちはそれぞれアイスティーとアイスコーヒーを頼み、店員さんが行ってしまうと、広岡くんは私をまじまじと見つめた。

「由紀子、変わらないわねー。今どうしてるの? 大学は?」

「今年卒業かかってるから、追い込みっていうか、将来どうするかって毎日悩んでるとこ」

 話しながら、私は膝の上の手をもじもじさせていた。広岡くんがというより、男の子とこうやって向かい合うこと自体が久しぶりすぎて、どうしたらいいか分からない。

「確か、文学部に入学したのよね?」

 広岡くんは、意外にも私の近況を知っているようだった。

「よく知ってるね」

「そりゃあねー。演劇部で共に汗を流した仲じゃない?」

 広岡くんが笑う。

 広岡くんと私は、小学生の頃演劇部に在籍していた。クラブに参加できるのは五年生からで、私と広岡くんは五年生と六年生の二年間を演劇部で過ごした。大抵の子は一年で別のクラブに入るので、二年間同じクラブに在籍するのは珍しいことだった。おまけに同じクラスで演劇部にいたのは私と広岡くんだけだったので、休み時間もよく劇の話をしていたし、劇で使う背景の絵を描いたり、小道具の準備に明け暮れて過ごした。二年間みっちり一緒にいたといっても過言ではないと思う。

 小学生の広岡くんは「演じること」に目覚め、演じることが好きでたまらないように見えた。そして、劇中の変わった役をよく演じていた。継母だとか、魔女だとか。そういえば、あの時は思いもしなかったけれど、全部「女の人」の役だ。

 私はというと、広岡くんのように「演じる」のが好きで演劇部に在籍していたわけではない。私は劇で使う「脚本」を書くことに夢中になっていた。

 五年生の入部時は、ただ楽しそう! と思っただけだったけれど、当時、演劇部の顧問だった先生が、演劇部に在籍している部員に脚本を募集し、いくつかの脚本の中から私のものが選ばれたのだ。

 実は私は、小さい頃から空想にふけるのが大好きで、本を読みまくっている子どもだった。赤毛のアンや若草物語は、当時の私のバイブルといっても過言ではない。そんな私が書いた脚本が選ばれ、私は有頂天になって、その劇のお話を作り上げた。まだ小さかった私だけれど、私が書いたもの、私が書いたセリフが読まれ、物語が進み、それを見た同級生や下級生が笑い、拍手をくれる。それは私の喜びとなり、そのことがあったから、文学部へ入学するという「今」の私につながっているといっていいだろう。

 劇の後「由紀子、今回のおもしろかったぜ!」なんて言われたら、そりゃーもう天にものぼる気持ちになったのを思い出す。

 私はそれ以来、どんなお話を書けばみんなに喜んでもらえるか。そればかりを考えるようになった。六年生のときには部長にまでなったほど、演劇部に燃えた小学生時代。

「楽しかったわよねー」

 広岡くんが遠い目をし、懐かしんでいる。

「広岡くんは今何してるの? 」

 中学を卒業後、別の高校へ進んだことは知っていたけれど、その後どうしているのかは知らない。私は再会したときから燻っていた胸の中の思いを伝えるべきだと思いながら、なかなか言いだすことが出来ず、無難な会話へと逃げていた。

 高校一年のときだったと思う。近くのスーパーへおつかいを頼まれた私は、その帰り道、広岡くんとばったり会った。広岡くんは、たぶん高校の友だちと一緒だったと思う。広岡くんは、私を見つけると親しげに手を振り、「由紀子ー!」と私に向かって歩いてきた。でも、私は恥ずかしくて……思春期まっただ中にいたせいもあると思うけれど、小学生の頃から広岡くんは「オカマ」だという噂があり、男子も女子も「ひろオカマ」と呼んでいた。その「ひろオカマ」と友だちだと思われるのが、その時は無償に恥ずかしく思えてしまい、私は挨拶もせず、顔をそむけるようにしてその場を逃げ出したのだ。

 成長と共に「いつか謝らなければ」と思いはしていたけれど、それ以来会うことがなく、チャンスがなかった。そのチャンスが来た今、躊躇している暇はない。私はこのチャンスを逃さず謝ろうと決めた。

「あの、あのね、広岡くん。私、謝らなくちゃいけないことがあるの」

 唐突な私の申し出に、広岡くんはちょっと戸惑ったようだったけれど、私が真剣な顔をしているのを見て、茶化すのをやめたようだった。

「うん。いいよ。何? あたしに謝ること?」

 どう謝ろう? とぐるぐるしだした私の前で、広岡くんは自分のことを「あたし」と言う。見た目はイケメンなのに「あたし」って……

「ねぇ、広岡くんって、ゲイ、なの?」

 謝るより先に、ついそっちが言葉となって漏れてしまった。広岡くんは一瞬目を見開いたけれど、大声で笑い出した。

「やぁねー。由紀子ってほんっと変わってない! きゃははは」

 アイスティーとアイスコーヒーを運んできた店員さんが、広岡くんのことを見て、不思議な顔をして去っていく。

 だよね? だって、笑うにしても「きゃははは」はないでしょ。

「普通はさ、あはは。そういうのって……うう。なかなか本人には……あはははは。……聞けないものよ?」

 笑いすぎて涙が出たようで、広岡くんは体に密着するように斜めに掛けていたバッグからハンカチを取り出すと涙を拭いた。ハンカチにレースが施されている。でも、もう深くは突っ込むまい。

「まぁ、あたしがゲイかどうかは置いておくとして。で、謝りたいことって何?」

 広岡くんは笑いだしたいのを我慢しているようだった。何とか別の方へ意識を向けようと思ったのだろう。広岡くんはアイスコーヒーにストローをさすと、ちゅうっとコーヒーを吸った。白いストローが少し黒くなって、中の液体を広岡くんの口へと運ぶ。

「あ、あのね。私、高校のときだったと思うんだけど。ほら、あの○○スーパーのとこで、広岡くんと会ったでしょう? 広岡くんはお友達と一緒だったと思うんだけど、そのときに私に手を振ってくれて、私に声をかけてくれたんだけど、私無視しちゃって。ずっと気になってたの。悪いことしたなぁって。謝る機会がなくて、こんなに遅くなっちゃったけど、ほんっとごめんなさい」

 私は深々と頭を下げた。ずっと気になってたのは本当。広岡くんのこと、傷つけちゃっただろうなって。私が顔を上げると、向かいあって座る広岡くんはまた肩を震わせていた。

「由紀子ってば。いつの時代の人よ? その程度のこと気にしてたの? 由紀子らしいっちゃらしいけど。まぁ、そうね。あのときはね、ショックだったのは確かよ? だって、由紀子はあたしの友だちっていうか、親友だと思ってたし? あのとき一緒だった高校の友だちに、由紀子のこと自慢したかったっていうのもあったしね。でも無視されちゃったから、あのときの友だちにも笑われたりして、立場がなかったといえばなかったわ」

「ごめんなさい」

「だーかーらー。あのときはって言ってるじゃない? もう気に何てしてないわよ。それに、あのときには分からなかったことも、今は分かるようになったしね」

 私は広岡くんの言っていることの意味がわからず、首をかしげた。

「あたしって昔からこうじゃない? 中学生とか高校生の時代って『性』に対してすごく敏感な年頃だもの。男と女っていうだけでも恥ずかしいのに、『オカマ』が友だちなんて言ったら、恥ずかしくて死んじゃうわよね」

 広岡くんは何気に言っているけれど、これまでそういうことを言われ続けてきたのかな? と、口調の中から、私は感じてしまう。

「死んじゃうっていうのは大げさだけど、恥ずかしいって思ったのはほんと。あのときは子供で、まわりの視線が気になって仕方がなかったっていうか」

 広岡くんは穏やかに笑った。

「もういいわよ。昔のことは。今はこうして話てくれているし。今は、恥ずかしいって思ったりしないってことでしょ?」

「そんなこと、思ってないよ!」

 私が叫んだところで、広岡くんの携帯に電話が入った。

 ちょっとごめんね。そう言って、広岡くんがスマホをタップし耳に当てた。

「あら、美弥(みや)? え? ほんと? ほんとに買ってくれるの? うそー。嬉しい! うんうん。分かった。じゃあ、お礼にデート付きあうわ。うん! まかせて!」

 広岡くんの声が弾んでいるのがわかる。相手が女の子で、デートという単語が出てくるところからしても「彼女」なのだろう。

 ん? オカマでも、彼女がいるってこと? ちょっとだけ疑問が残る。にしても、何? なんだか嫌な気分。

 広岡くんが電話を切り、視線を私に戻した。

「ごめんね。同じ大学の子だったわ。ところで、由紀子は駅で何してたの? どこか出かけるとこだった? それとも帰ってきたとこ? 」

 私はアイスティーのグラスをストローでかき回した。カラン、コランと綺麗な氷が涼しげな音を立てる。

「出かけようと思ったんだけど、どこに行ったらいいのかわかんなくなっちゃって、途方に暮れてたっていうか」

 広岡くんは、ふふん! と鼻を鳴らすようにして笑った。

「由紀子、今行き詰ってるんでしょ? 何書いてるの? 童話は続けてる?」

 なんでもお見通しのように、広岡くんは私を見つめてくる。

 そういえば、小学生の頃も、お話に行き詰ったら、こうやって悩みを聞いてくれたっけ。ずっと会ってないのに、どうしてわかったんだろう? そう思いながら、ほうっとため息をついた。

「私ね、NNN童話賞の最終選考に残ったの。最終選考に残ったのは三名。来週にはその最終選考用のお話を提出するように言われているんだけど、全然浮かばないっていうか。もしもこれで優勝できれば、童話作家としてデビューも出来るかもしれないのに、焦れば焦るほどダメなの。それで気分転換に! と思って出てきたんだけど、行きたい場所もないし、一緒に行く人もいなくって」

「彼氏は?」

 広岡くんの目がキラキラしている。きれいだな、なんて不覚にも思ってしまった自分の頬が染まる。

「自慢じゃないけど、生きてきた間にそういう人が出来たことはありません! お話書くのに夢中だったし」

「由紀子ったら。情けないわねぇ。だめよ! 何事も経験よ? 経験がものを言うっていうでしょ? 」

「そんなこと言っても、彼氏なんて今すぐできるものでもないし、私、今まで書くことに夢中で、

ほんと友だちいないんだって! 」

 久しぶりに会った人に、なんで自分のこれまでの情けない生き様を告白しなきゃならないの? そう思うのに、つい本当のことばかり話してしまっている。

「ばかねぇ。目の前にこーんないい男がいるじゃない」

「…………」

 突然の申し出に、言葉が出なくなる。

 何言ってるの? 広岡くんは「オカマ」でしょ? それに、どれくらい会ってなかったと思ってるの?

「ちょとぉ! 黙り込まないでよ! 今『オカマ』のくせに! って思ったでしょ! 」

 その通りなので答えられずにいると、広岡くんはちょっと不機嫌な顔になった。この顔になるのも変わってないなぁ。気持ちが和んでほろほろになるのを感じる。

「由紀子、ちっとも変ってないのは嬉しいところでもあるけど、その鈍さはどうにかしたほうがいいと思うわよ」

「鈍さって言われても」

 私が口ごもると、広岡くんの手が、ストローをかき回していた私の手をそっと包んだ。何気ないしぐさなのに、ドキッとする。

「どう? 少しはドキッとする?」

 広岡くんの目が妖しく光る。私の胸が、爆発していまうんじゃないかっていうくらいドギマギし始めた。

「広岡くん! からかわないで! 私ってほんと免疫ないんだって。なんでも本気にしちゃうんだから」

 広岡くんの手を振り払おうとするのに、その手は離れない。私はどうしようもなくて、広岡くんの目から逃れようと、通りが見える窓へ視線を逸らした。が、包まれた手にきゅっと力が入れられ、視線を広岡くんに戻してしまう。

「あたしね、十五歳上の兄がいるのよ。すごく年が離れて生まれたのと、うちのママがどうしても女の子が欲しかったのとで、あたし、女の子みたいに育てられたの。さすがに学校へ行くときは男の子っぽい服装をしてはいたんだけど、家ではスカート穿かされて、ピアノのおけいこに通わされたりしてね。あたし自身、ずっと女の子だと思ってたくらいだもの。まわりが『おかしな子』って見るのは当然よね。でもね、あたしってこんな感じだけど、初恋の相手は女の子だったし、中身は問題なく男なのよ?」

 私を見て微笑む広岡くんの笑顔は艶っぽい。女の私より色気を備えているように思う。

「広岡くんの中身が男だってことは分かったけど、だからって、いきなり会った私とっていうのは飛躍しすぎだよ! 大体、広岡くん、彼女いるでしょ? キレイだからって、不誠実なことしていいってことにはならないんだからね!」

 広岡くんはキョトンとした顔をして、私を見つめた。そして私の手を離すと「きゃああ」と言いながら自分の手で口元を隠した。何? よくわからないけど、広岡くんはすごく嬉しそうだ。

「由紀子、あたしのことキレイって思ってくれてたんだ」

 ええ? そこ?

「やぁねー。由紀子のそれ、ヤキモチでしょ。さっきの電話の子は同じ大学の子って言ったじゃない。もう、かわいいんだから!」

 ついさっき再会したばかりだというのに、広岡くんはもうすでに私との小学生の頃のやりとりに戻っている。こっちはまだドギマギしてるっていうのに、広岡くんは普通で、余裕さえ感じる。

「デートするって言ってたじゃない」

 あーもう! どうして私がこんなこと! ヤキモチなんかじゃないんだから。軽薄な広岡くんに対抗してるだけなんだから! 

 でも、広岡くんは穏やかに笑った。今日、何度目かの笑み。

「あたし、D大学の経済学部に在籍してるんだけど、演劇サークルにいるの。あの頃の夢を追いかけてるのは、由紀子だけじゃないわ。あたしもね、再来週、オーディションを受けることになってるの。それで、その前に度胸付けってことで、来週一人芝居をするんだけど、ちょっと大きなホールを借りちゃったものだから、チケットをさばくのが大変でね。それで、チケットを買ってくれた女の子、もちろん希望者だけだけど、サービスで『デート講座』っていうのをつけてるの」

 驚いた。広岡くんも、あの頃の夢を追いかけてるなんて……

 けれど、今は演劇サークルのことよりも、こちらが気になってしまった。

「デート講座?」

「そう。あたしのことみんな『オカマ』って思ってるし、一般的な男の子より安全って思うみたい。それで、好きな人とうまくいくためのデートのコツみたいなのを教えてあげてるっていうかね。男ならこういうことが嬉しいわよ? とか、こういうファッションが好まれやすい。とかね」

 遠い日の、内気な男の子が浮かんだけれど、あの子がこうも変わってしまうなんて。

「なんだか昔の広岡くんからは考えられないね」

「そりゃあそうよぉ。あたしだって二十二の男に成長してるんだし?」

 そういう広岡くんは男というよりも、やっぱり女性的になまめかしい気がするけど? でもそれは、本人には内緒にしておこう。「男」だって言い張ってるし。

「じゃあ、そういうことで行きましょ? 由紀子もいろんな意味で変わる必要ありそうだし、あたしが手伝ってあげる」

 広岡くんは、当然のように伝票を取り上げた。

 え? 行くってどこに? 私は戸惑う。

「だ~か~ら! デートよ! デート! ほら! 立って!」

 広岡くんは、私の返事も聞かず、さっさとレジへ向かっていく。さっきから広岡くんのペースに流されっぱなしだけれど、とりあえず私は立ち上がる。だってさっきから、店員さんが私たちのこと不思議そうな目で見詰めているんだもの。

 カフェの外に出て、私はようやく口を開いた。

「あの……デートっていうのはちょっと」

 私がぼそりとつぶやくのを聞いて、広岡くんはまた不機嫌な顔になった。

「もう! ほんっとにあんたって鈍感ね! さっき、あたし、初恋の人は女の子だったって言ったでしょ? 作家として生きていきたいんなら、もっと想像力を養いなさいよ! 」

 そう言い捨てると、広岡くんはふん! と顔をそむけた。そして駅に向かって、広岡くんはずんずん歩いていく。その後ろ姿を見ながら、じわじわと私の中に広岡くんの言いたい意味が浸透してきた。

 え? つまり…… え? そういうこと?

 広岡くんの耳が赤く染まっていることに気づき、広岡くんの言ってることが本当なのだと感じる。私は、慌ててその後ろ姿を追いかけた。

 あの広岡くんが、ねぇ? そう思いながらも、嬉しいには違いない。けれど、屈折してこじらせまくっている私は素直ではない。

「仕方がないから、一緒に行ってあげてもいいよ」

 そう言って、広岡くんの腕に自分の腕を絡ませた。

「まぁ、生意気ねぇ!」

 広岡くんそう言いながらも、嬉しそうな顔をした。私たちは腕を組んで、電車を待つ。行先は広岡くんまかせ。どこに連れてってくれるんだろう? きっと楽しいとこだろうな。そう思う私の耳元で、広岡くんが囁いた。

「ところで、今書いてる童話ってどんな話?」

 私は背伸びをして、広岡くんの耳にだけ聞こえるように答える。

「王子さまとお姫さまの話」

「それ、ハッピーエンドなんでしょうね?」

 私はしばらく考えて、答える。

「悩んでたけど、ハッピーエンドにする。オネエの王子さまと、真面目すぎるお姫様の恋っていうの、どう?」

 私の答えを聞くと、広岡くんは満足そうに笑った。

 あんなに悩んでぐるぐるしてて、ストーリーも浮かばなかったのに……不思議ね。このちょっと変わった王子さまに再会しただけなのに、するすると楽しいことが浮かんでくるような気がする。優勝やデビューにばかりこだわっていたけれど、広岡くんに再会して、再確認できた。小学生の頃の、書くことが嬉しい気持ち。書きたいっていう気持ち。優勝出来たら嬉しいに決まっているけれど、そうね。やっぱり私は書くことが好き。だから、力を抜いて書いてみよう。ダメだったとしても、次がある。きっとね!

 私はオネエ言葉の王子さまと電車に乗り、目的地に着くまでたくさん話をした。中学卒業から今日までの、お互いの時間を埋めるように……

 そうして思ったの。いつか私が書いたお話を、このオネエの王子さまが演じてくれる日が来たらいいな。なんて。

 これが、久しぶりに再会したオネエ男子と、引きこもりがちだったオタク女子とのコイノハジマリ。










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