第24話 過去からのメッセージ

 いったい誰が私に気をつけろなどと刻んだのか。しかも私と同じ点字という手法で。私に気をつけろということは私以外に知らせるためであり、私にだけは知られてはいけないはずである。にもかかわらず、私にもわかるように、むしろ、私に知らせるかのようにしたのは何故なのか。これを刻んだ人は私に何を伝えたいことでもあったのだろうか。

 私は持っていたペンでガリガリと木の表面を削っていった。

 どのような行動も慎重にしてきたつもりだったが、焦っていたせいか、想定しないことが起こったせいか、この様子を他の人に見られた。

 精神科医の紀藤美沙である。

 彼女は大きな瞳で私を真っすぐに見つめ、セミロングの黒髪を風にゆらされながら、スタスタと速足で近づいてきた。

「水井さんは、まだ、そんなことをやっているんですか」

 彼女とは初めて話したはずである。だが、その距離感、言葉遣い、視線、すべてが初めて話すとは思えなかった。

 それに、「まだ、そんなことをやっている」とは……。

 何か冷たいものを感じた。もしかすると、この人がFを殺したのではないか、そういう直観があった。

「あのようなことがあった後で、水井さんも動揺しておられるでしょう。精神病院では人が死ぬということは……もちろん他の病院でも亡くなる方はいるわけですが、精神病院では病気以外で亡くなることが多々ありますから」

 そう言って彼女は目を伏せた。

 失踪や自殺、殺人でさえも彼女にとっては日常なのだろうか。理解力に乏しい患者たちはともかくとして、医師や看護師までがそれらを話題にしないのは異常だった。異常に慣れきってしまっているのだろうか。あるいはこれも禁じられているのだろうか……。

 念のため、私は他の場所にも点字がないか調べてみることにした。

 最初に消した木の点字と同様、見も知らぬ、他人が記したと思える点字に意外な場所で続々と出会った。

 洗面台の裏だったり、ドアのちょうつがいだったり、カーテンレールだったり、よくもこんな所にという場所に点字はあった。

「記憶が戻った素振りは見せるな」

「院長とは目を合わせるな」

「出された飲み物には口をつけるな」

「地下室には興味のなりふりをしろ」

「なんでも初めてのつもりでいろ」

 いったい誰からのメッセージなのか、私に気をつけろと記した人物と同じ人物なのか、敵なのか味方なのか。内容からいって敵ではなさそうだった。だが、なぜ「水井に気をつけろ」なのか……。

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