第22話 売春の実態

 田沼は彼女を失ったことを「大きな損失だ」と言っていた。他の患者が死んだときも古瀬が失踪したときも木原が自殺したときも、そんなことは言わなかったのに。

 なぜ大きな損失なのか。

 確かに、患者一人がいなくなることは病院にとって入院費や治療費その他、損失につながるにちがいない。だが、そんなことは日常茶飯事だ。

 であるとすれば、彼女には何か特別な意味合い、役割があったにちがいない。だからこそ、Fと呼ばれているのだ。

 F……Femme fatale(ファム・ファタール)、F✕✕k……。

 Fと呼ばれる女たちは外から来る「客」の相手をさせられている。私はそういう結論に達した。

 あの日以来、深夜に外から車がやって来て、明け方に帰っていくのを何度も見ている。車にはどこかのお偉いさんか金持ちが乗っているにちがいない。

 彼らは高い金を病院に払って、精神病患者のそれも上玉の女性をもてあそんだあげく、満足しきって帰っていくのだろう。

 抵抗することのない、口外することのない、妖艶な顔立ちと体付きを持つ売春婦。普通の売春婦の慣れた感じはなく、常に初々しく、普通とは違う反応を示す最高の玩具。

 あの彼女もさんざん唇を吸われ、胸を揉みしだかれ、性交を強要されたのだろう。本人は何がなんだかわからず、ただ本能的に恐ろしいとだけ感じて。

 私の推測はおおむね間違っていないようだった。

 病院がこれほどまでに情報を遮断させようとする理由がここにあったのだ。スマホやパソコンはもちろんのこと、メモすら許さない、個人的な会話も基本的に禁止、そして料理に混ぜられた忘却剤……。

 あとは証拠を集めるだけだった。

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