第19話 逢い引き
私はあのFがいつ湖畔に姿を現すか完全に把握していた。
最近、あまり見かけなくなっていたとはいえ、姿を現すとしたら時刻は決まっていた。
私は勤務中、事務室に誰もいない頃合をはかって、裏口から出て、建物の裏側を通って監視カメラに映らない経路を辿った。
あのFはいた。その日も湖畔に白いワンピース姿でひとり佇んでいた。
私は彼女がこちらに来るのを待った。そろそろ来る頃だった。私はアパートの陰で彼女を待ち伏せた。
そして、彼女が来た。私を見た瞬間、驚いたように目を見開いたが、そのまま顔を伏せて私のそばを通り過ぎようとした。
私は声をかけた。そして、引き留めた。だが、会話は当然ながら噛み合わなかった。私はもどかしい気持ちもあって、そして抵抗されないであろう、密告されないであろうという安心感もあったせいか、彼女の体をたぐり寄せ、強く抱きしめた。
何が私をそうさせたのかわからない。彼女に対する愛なのか、何かを確認したかったからなのか、ともかく私は無我夢中で彼女を抱きしめた……。
次の瞬間、彼女が私から体を引きちぎるようにして飛び出し、近くにあった鉄柵をよじ登りだした。
そして、彼女は向こう側に降りた、というより落ちた。
よろよろと立ち上がり、こちらを一度振り返ったあと、髪を振り乱しながら雑木林の中へと走っていった。
私はなんというか、ライオンがなぜ逃げるんだろうと思っていた。彼女の豊かな茶色い長髪、そして顔立ちもどことなくライオンを……雄ライオンを彷彿とさせるものがあった。
百獣の王であるはずのライオンが逃げる相手なんて悪魔しかいないんじゃないかと。
彼女に対する喪失感が私の胸を襲ったが、Fと呼ばれる女に対する一つの確信が私の中で生まれた。
彼女たちは……Fは……。
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