第20話 脱走者の捜索

 彼女がいなくなったことはすぐに病院中に知れ渡った。

 まず看護師の一人が気づき、周囲に聞き回り、探す人が一人二人と増え、一時間後には病院中が騒然とするまでになった。

 私もいっしょになって病院中を探したが、四階は出入り禁止だし、探す所はある程度限られていた。

 監視カメラを分析した結果、彼女は鉄柵の外に出たのだろうということになった。彼女が病院の入口に戻ってくる姿が映っていなかったからだ。

 すでに日が暮れていた頃だった。

 総勢二十数人で鉄柵の外へとばらばらになって彼女を捜索することになった。すでに警察にも連絡済みだった。

 私も門から出て、あちらを探すように言われたが、その方向には彼女が行っていないことを知っていたので、彼女が走っていった方向へと回り道した。

 懐中電灯を片手に、草木を手で分けながら探し回ったが、こういう時にスマホがないのは非常に不便だった。

 私は彼女が戻ってくるものだと思っていた。あれが最後になるという予感もあったが、それでも人と人とはいつかまた巡り合うと……。

 いつしか日が沈んでいた。周囲は真っ暗だった。これ以上、深入りすることは危険だと察した。

 せせらぎの音が聞こえてきた。暗闇の中で聞く水の音は不気味な反面、心を静かにさせるようなところがあった。

 一瞬、黒い影を見た気がした。だが、たぶん動物か何かだったのだろう……。

 結局、私は何の収穫もないまま、また回り道をして、正門へと戻っていった。

 他の人たちも彼女を見つけられなかったようだった。警察からの連絡もまだ入っていなかった。

「もう、今日はあきらめましょう。また明日、明るくなったら捜索を再開しましょう」

 そう誰かが言ったのをきっかけに、みんながばらばらと散っていった。

 私はとにかく疲労がひどく、アパートに戻るとすぐに寝たかったが、いつもの習慣で念入りにシャワーを浴び、体の隅々まで洗った。どうも爪の間まで黴菌が蔓延しているような気がしていた。あれだけ森の中をさまよったのだから、仕方あるまい。

 私は疲労でたちまち寝たが、やはり彼女のことが気にかかっていたのだろう、夢を見た。

 彼女はお金がないので、薄紫色の下着姿になって、マネキンの仕事をしている。他の女性たちといっしょになって。私が触れようとすると、彼女の皮膚がぼろぼろと剥げ落ちる……なんだか、非常に象徴的な夢だった。

 翌朝、私は目を覚ました。

 なんだか頭が痛くて、世界がぐるんぐるんと回っているような気がした。それでいて新しい人生が始まったかのような。

「気をつけろ……に気をつけろ」

 誰かが私にそう言っているような気がした。

 私はいつものように病院の事務室に出勤した。田沼やその他の人たちの姿もあった。彼女の捜索は警察に任せているようだった。

 午後になって警察から彼女が見つかったと連絡が来た。彼女は山の中腹の川のそばで見つかったという。

 絞殺死体で。

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