第7話 ラジオ体操
早起きの私は朝の体操に参加するようになっていた。患者たちが四角く整列した後ろに、私たち職員がちょこちょこと立って体を動かす。両手をあげたり足をのばしたりと、ラジオ体操のようなものだった。
患者の中には体の一部が動きにくくなったという人が多かった。病気によるものなのか加齢によるものなのか私にはわからなかったが、彼らはうんうんとそれこそ固まってしまったものを一生懸命ほぐすような動きをしていた。
精神科医としては珍しく参加している者の中に内川という若い男がいた。医者とは壁があること、いや、段差があることを感じていた私は決して自分からは話しかけないようにしていた。
すると彼は少し心を開いたのか、体操が終わった後、「内川です」と挨拶をしてきた。
縁なしの眼鏡をかけていて、一見冷たそうな目で微笑み、硬そうな前髪や薄い唇、顎のラインが特徴的だった。
その後、私は少しずつ彼との距離を縮めていったが、こういうタイプはこちらから歩み寄ってはいけないことに気づいた。少しでも私が足を踏み外しそうになると彼は嫌そうな顔をした。例えば、質問をすると。
彼は独自のペースを守っており、時おりやる仕草、足をポンポンポンと地面に打つ、そういったところからも自分が決めたルールやスケジュールを他人に崩されると憤慨するのか、頭が真っ白になるのか、とにかくそういう点を打つような男だった。
少しわかったのは、彼は期限付きでここに来たはずなのに、もうかれこれ四年になるということだった。不平らしかったが、それを語るときの笑みが不気味にも見えた。
他の医師や患者からの評判は良いようだった。
看護師長の瀬戸崎という醜怪なババアがいたが、彼女からも好かれているようだった。彼の明るい性格のためか、見た目の問題かはわからなかった。
内川は患者たちにまじって行動することが好きらしかった。ほとんど動かずに日向ぼっこをする集団の中で、彼はぽつんと木のように立っていた。真似をしているつもりだったのだろう。
彼の話を総合すると、この病院には様々な経緯で集められた患者たちがいるらしかった。患者たちの死は日常的なものだった。いちいち話題にする者もいなかった。
内川の言う「様々な経緯」「集められた」という言葉が私には引っかかっていた。
遺族、いや、家族は何を望んでこの施設に患者を預けたのだろう。また、何の目的でここの患者たちは集められたのだろう。そういうふうに考え始めていた。
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