第5話 深夜の訪問客
看護師の副島亜希子と知り合ったのはゴミ捨てを介してだった。私は誰かと知り合うため、ゴミ捨てを積極的に手伝っていた。
知り合った、という言葉を使っている時点で、私は彼女との関係に何かを求めていたのだろう。
副島はナース服に身を包み、ショートカットに薄めの化粧、ひょろっとした体つきだった。腫れぼったい目に、低い鼻、兎のようにめくれ上がった上唇、下膨れした頬と、美人とは言えないが、地味なりに愛嬌のある顔だった。
人当たりが良く、仕事をテキパキとこなす反面、どこか神経質そうなところがあった。
「捨てられないものもあるんです」
彼女の言う捨てられないものとは物自体が捨てられるかどうかではなく、看護師である彼女では捨てられない特定のゴミがあるという意味だった。
敷地の片隅には巨大な焼却炉があった。灰色の煙を青空に向かって吐いていた。
ゴミを捨てた帰り、湖畔に例の女性がいるのを見た。彼女は遠くから私のことを見つめているようだった。いつもの白いワンピース姿で。
「F……ですね」
隣にいた副島の言葉に私はなぜか緊張した。Fとは何なのかと私が聞くと、副島は微笑んで黙ったまま首を横に振った。
それ以来、私はFという記号に注意するようになった。ワッペンのように付けられているわけではないので、人の言葉、特に副島など女性看護師が薄ら笑いを浮かべて口にするのに聞き耳を立てた。
最初、私はFをFemale(女性)の略かと思ったが、すべての女性ではなく一部の女性がそう呼ばれていた。男性でFと呼ばれる者はいなかった。
Fanatic(狂信者)、Fantasy……病気と関係しているのか、この時点では私にはわからなかった。
ある夜、私は夢を見た。
杭か何かにはりつけにされ、みなから石を投げられている。愉快そうに笑う者や興奮からか顔を紅潮させている者がいる。体のあちこちに石が当たり、腫れ上がったり傷が開いたりしている……とても現実とは思えない夢だったが、不思議と私の額には大きな傷跡があるのだった。
私は寝るのが早い方だったが、時々、真夜中に目が覚めた。トイレに行った後、なんとなく物音がしたので窓から外を眺めた。病院の前に見慣れない車が何台か停まっていた。車の中から人影が続々と出てきた。病院からも何人か迎えに出たらしい人影が見えた。
こんな遅い時刻に来客なのだろうか、それとも急患だろうか……山奥の施設で急患は考えにくかった。
その時はすぐに寝てしまったが、後にも同様のことが何度か起こり、たまたま明け方に目を覚ましたとき、私は病院から出てくる人を見た。男だった。
その後、同じ人物を見ることもあったが、たいていは別の人間だった。つまり、この病院には実に様々な男が深夜訪れていることになる。わざわざこんな山奥の施設に。患者と、医師と看護師と、その他しかいない場所に。
このことを聞く相手は誰なのだろうか。看護師の副島か、田沼ではないとして、木原か古瀬か、もっと別の人物か……。私はカーテンに身を隠しながら考えていた。
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