第27話 暗殺者は冒険者になる
音を置き去りにするほどの速度でセロはサリアへと迫る。しかしサリアに驚いた様子はなく、セロに対して四方八方へ魔法を撃ち込む。
炎に雷、更には氷や突風まで。どれも禍々しい色をしているため見るだけで明らかに危険とわかり、セロはそれらを一つずつ丁寧に避けていく。
「クソ、やっぱ近距離戦闘だと厄介だな」
悪態をつきながら今度はサリアの視界から外れようと、直線をなぞるように斜め後方へ真っ直ぐ飛ぶ。しかし暴走中のそれか持って生まれたものか対応される。移動の終点に魔法を撃ち込まれていく。
「フェリス!!!」
「な、何!?」
「盗賊相手にやってたあれ!!! 重くするやつ!!! あれの対象をサリアのチョーカーにして発動しろ!!!」
「わかった!」
フェリスはおろかサリアにさえ届いてしまうような大声。しかし当の本人は暴走しているため聞こえても支障はない。
むしろ問題なのは、後方から行く末を見ているウォルフォードの方。
「セロぉ!!! お主、何をしているのかわかっておるのか!!!」
激昴したウォルフォードは一喝する。まさか本当に裏切るとは思っていなかったのだろう、怒りの中には困惑も含まれていた。
「殺しにくるなら殺せ!!! 俺を誰だと思ってやがる、煉獄の爺さんよ!!!」
「クソが、やはりガキに序列一位なんざ与えるからこうなるんじゃ。……もうワシがここにおる理由は無い!!! どこに行こうと地の果てまで殺しにいくからのう!!!」
「勝手にしろ!!!」
売り言葉に買い言葉。ヒートアップしたセロとウォルフォードは怒鳴り合う。
(本当は俺だって意味がわからねえんだよ。何で暗殺対象を生かそうとしてるんだ)
以前のセロには考えられない行動。自分でさえ理解出来ないそれは、恐らく
つまるところ、それは情だ。
「やるわよ、セロ!」
「早くしろ!」
「
フェリスが叫ぶと、サリアの首を小さな魔法陣が貫く。直後サリアはガクリと膝をついた。
「今よ!」
「ああ!!!」
そして一閃。袈裟斬りにしたナイフはサリアの薄皮一枚さえ傷付けることなく、チョーカーを切り裂いた。
ポトリと落ちるチョーカー。セロはサリアの傍から離脱し、魔力が尽きて血を吐く。
「今だ!!!」
「
フェリスはセロが叫ぶと同時に魔法を発動する。フェリスの手に大きな魔法陣が展開した後、今度はサリアの立つ地面の他に姿を隠すかのごとく四方と頭上、正方形の形に魔法陣が展開された。
「
金属同士を打ちつけたような甲高い音が響き渡る。
ドクン。セロは心臓が跳ねる錯覚を覚える。それは戦闘が始まる前、サリアのあまりの魔力の鼓動に自身の魔力が共鳴したもの。
今度のそれは、おびただしい程の魔力が放出されたことによるもの。
サリアは、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「サリア!」
思わずフェリスはサリアのもとへ走り出す。しかし先程のように攻撃される恐れは無く、ただ仲間を心配して駆け寄っただけ。
「……はぁ、クソ。キッツいな……ゴホッ」
セロもセロで気が緩み、息を吐くと同時に再度血を吐く。攻撃は食らっていないはずなのにと、セロは小さく笑う。
後ろから足音が聞こえた。これがウォルフォードのものだったら為す術なく殺されるな、と自身の死期を考える。
だが聞こえてきた声はウォルフォードのものではない。最も聞きなれた、ある種親のような存在。
「ようクソガキ。珍しく満身創痍じゃねえか」
「クソジジイ……。……俺を殺しに来たか?」
そこに居たのはほとんど闇ギルドでしか見ないブローカー。このタイミングだ、恐らく任務を失敗したセロを消すために来たのだろう。
「そりゃこんなタイミングでしか……俺を殺せねえわな。ごふっ」
「はは、何勘違いしてんだクソガキ。自殺願望があるからともかく、てめえを殺して何になる」
「あ……?」
「良いじゃねえか、仲間のために命を張って助ける。てめえが血を吐いたところなんざ、路地裏で拾った頃から考えても見たことねえよ」
「任務より情を優先したら殺されるってのはてめえが教えたことだろうが……」
「そうだったな、セロ」
ブローカーは強面の顔に似合わない優しい目付きで肯定する。倒れたセロの隣に座ると、取り出した葉巻に火を点けた。
「ふぅ。……ま、暗殺者としては及第点以下だ。赤点を付けてやっても良い」
「だろうな……」
「だがセロ、お前の今の職業はなんだ?」
「何って……」
「冒険者だろ」
答えさせる気がないのか、間髪入れずに解答を口にする。ブローカーはゆっくりと葉巻を吸い、細く煙を吐いた。
「冒険者なら、仲間のために前職を裏切るのは正解だろ?」
「……借金でも払わせようってか?」
「はははっ! てめえは疑い深いなぁオイ! 誰に似たんだよ!」
「親代わりならてめえだろ。気色悪いが」
「言ってろクソガキ。そうだな、金は確かにいる。なんせ魔族の魔力核を存分に使ったチョーカーを破壊したんだからな」
厳密には切り裂いただけだが、さして違いはないので口を挟まない。セロは無言のまま続きを待った。
「でことでお前、あの館を売れ。そうしたらプラスマイナスゼロだ」
「は……? でもあれは、元々お前が」
「良いんだよ、あれにはそれだけの価値がある」
「……意味わからねぇよ」
「察しの悪いやつだなぁ。とりあえず俺からお前を殺すことはない。ウォルドの野郎が何をしてくるかまでは知らねえがな」
ウォルド、つまり煉獄の爺さんが何をしてくるか。
考えるよりも早く答えが出る。
「殺しにくるんだろうな」
「それか指名手配にでもされんじゃねえの?」
「なるほど。そうされると確かに生き辛い」
「……ま、とにかく俺はお前を殺さない。とっととどっか遠くへ逃げろクソガキ」
葉巻を地面に押し付け、照れくさそうに頬を掻くブローカー。その姿はまるで息子を褒め慣れていない父親のようだった。
「ほら、愛しの姫君もお目覚めだ。セロ」
見るとどうやらサリアが気を取り戻したようで、ゆっくりと身体を起こしていた。傍でずっと心配していたフェリスはその様子を見て思わず泣き出した。
「……行ってくる」
「ああ。行ってらっしゃい」
セロは初めて“行ってきます”を口にする。何だかムズ痒くなった。
セロを見送ったブローカーは、独り葉巻を吸う。二本目のそれは、何故か一本目よりも美味い。
「……あのチビがデカくなったもんだな」
くゆらせた紫煙は空へと消える。同じように、セロもそのうちこの街から姿を消すのだろう。
名残惜しくないと言えば嘘になる。ブローカーがセロを拾ったのは今から十五年前、セロがまだ五歳の頃だった。
(……あの頃のアイツはまるで獣だったな)
向かってくる大人を殺しては財布や食べ物を抜く。最悪の治安の街で育った最凶の子どもは、どうしようもなく裏の世界に向いていた。
「ま、それも今日でお終いだ。何が行ってきますだ、クソガキが」
ブローカーは葉巻の火を消しながらそう吐き捨てる。
あの頃の小さな少年が、本当に大きくなったものだ。
視界の先には、未だ立ち上がれない人型魔法兵器へセロが肩を貸している。それを見た元看守はセロに向かって横蹴りを食らわしていた。
どこからどう見ても、仲の良い冒険者達だ。
「……さて、俺は闇ギルドに戻って後始末でもするかねぇ。ったくセロのやつ、面倒な置き土産を残していきやがって」
立ち上がったブローカーはセロ達へ背を向け歩き出す。
その背中は、何故だか満足気だった。
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