第26話 人型魔法兵器は暴走する

 人型魔法兵器の暴走。地震すら起こすその強度は、今までのそれとは比較にならないほど。


「……煉獄の爺さん。アンタ、いつからこれを」

「ワシが上に着いた時からじゃな。ブローカーに話したら恩を売れると一発で良しをくれよった」


 首席矯正処遇官の座に着いた時から。それはつまりセロが殺しを始める前から。正体を知り一度調べた情報には、長い在歴が記されてあった。


「考えてもみぃ。人型魔法兵器なんぞ、生かすことと引き換えに市民の安全を脅かすだけの害悪じゃ」

「……それが三百年の刑なんじゃねえの?」

「死刑にしなかったのは当時のやつらの失態じゃな。もっともそれだけ生きるとは誰も思っておらんかったと思うが」


 当然と言わんばかりにウォルフォードは語る。確かに罪人を預かる立場から言えば、その理屈もわからなくはない。


 明らかに人権を無視した行動。だが幾度となく人を殺したセロに、反論出来る材料は残っていなかった。


「サリア! 目を覚まして!」


 フェリスの声は虚しく、サリアには届かない。無差別に魔法を放つ機械と化したサリアは一度フェリスへ攻撃する。


 着弾した地面から、紫の雷が天を衝く。魔族が雷属性の魔法をつかうとああなるのだろう。


「ほれ、今が任務の山場じゃぞ。行ってこい」

「……様子を伺ってるんだよ」

「変な気は起こすでないぞ」


 言われなくともわかっている。非情になりきれない暗殺者は別の暗殺者によって殺される。いくら序列一位と言っても、それで何とかなると思っている程セロは甘くない。


「首席矯正処遇官様! このことは上に報告しますからね!!!」

「その一番上にワシがおることも忘れないようにな」

「このっ……! ……いいや、今はサリアを抑えることが先よ」


 フェリスは唇を噛み締めてサリアのもとへ走り出す。


「フェリスでどうにかなるのか」

「あやつは闇属性の魔力に対する耐性が凄まじくてな。お主は知らんじゃろうが、何度か軽く暴走した人型魔法兵器を正気に戻しておるらしい」


 自分の知らないところでそんなことが。セロがサリアの護衛に就いたのは監獄を出てからすぐのことなので、恐らくは冒険者をやりながら抑えていたのだろう。自分の知らないことがあると知り、セロは少しだけ眉をひそめた。


(……いや、別に変に思うことはない。特にフェリスにとって俺は警戒対象の一人。不思議なことじゃない)


 だと言うのに、なぜ眉をひそめたのだろうか。自身の理解出来ない感情に、セロは舌打ちをした。


「……煉獄の爺さん」

「何じゃ?」

「フェリスが抑えられたら、俺は手を出さない」

「そうか。まあ結局殺すことになる。何でも良い」


 言い訳じみた確認だけをして、セロはフェリスの行く末を見守る。


 高威力の魔法をかいくぐりながら、フェリスはサリアまで後十数歩というところで両手をサリアへ向け、そして。


鎮静化アンチスペル・ダークネス!!!」


 複雑でいて鮮やかな、見たことのない魔法陣を展開させる。次の攻撃が飛んでくる前に、フェリスはそれを暴走したサリアへ撃ち込む。


 サリアは避けることもせず真正面から受け止める。


 しかし、それで何か変わった様子は見受けられない。


「っ、何で! 前はこれで! っぐ!」


 紫の業火がフェリスを襲う。間一髪致命傷を避けることは出来たが、恐らく左の二の腕辺りに火傷を負った。


鎮静化アンチスペル・ダークネス! 鎮静化アンチスペル・ダークネス!!」


 やけを起こしたようにフェリスは何度もそれを撃ち込む。


 だがやはり、それがサリアに届くことはなかった。


「セロ」

「言われなくてもわかってる」


 サリアが暴走を止める様子はない。覚悟を決めたセロは、ポツリと呟く。


光纏閃フォトン・オーバー


 セロの身体が光を帯びる。


 初めから本気。セロはその状態でサリアへ手をかざす。


火炎フレア!!!」


 炎は火の玉になり、光の速度でサリア目掛けて飛んでいく。火炎フレアに光属性の魔力を纏わせたのだ。


 しかし有効打にはならず、サリアは片手で跳ね返す。あらぬ方向へ飛んで行ったそれは地面にぶつかった瞬間大きな爆発を起こした。


(魔力に対して魔力で干渉しているから爆発しなかったのか。厄介だな)


 今の一撃で戦略を何手も考えるセロ。そんな風に考えを纏めていると、遠くで魔法陣を展開していたフェリスがこちらへ大声を発した。


「クソ男、アンタ!」

「暴走は止められそうか」

「はぁ!? だから今こうして……!」

「俺も待った後だ。フェリスには悪いが、これが俺の任務なんだよ」

「ダメ、ダメよ! だってクソ男は“凪”で、フェリスだって殺せるかもって噂されてて……!」

「お前まで殺すつもりはない。どいてろ」


 セロは冷酷に告げ、次の手を打つ。


 地面を蹴りだし、人を縦に二人ぐらいを軽々飛び越えられる程飛び上がる。サリアの頭上を舞ったセロは忍ばせているナイフを三本投擲する。無論どれも光属性の魔力を纏わせているため速度は段違いだ。


 二本はまた先程と同じように防がれる。しかし残りの一本はサリアの肩へと突き刺さった。


(サリアの肌は魔力を纏わせていると硬化する。それがないということは、恐らく暴走は溢れ出る魔力を魔法として撒き散らしているだけだろう)


 刃先には毒も塗っているが、以前魔族に毒は効かないと魔族本人から聞いた。事実サリアにも効いている様子はなく、セロは安全圏へと下がる。


 この調子ならば殺せる。同時に何発も攻撃を加えればどれかは入る。面倒を感じないこともないが、それでこの高難度の任務がこなせるのなら安いものだ。


 だがそれを遮るように、フェリスはセロの目の前に立つ。身体が震えている。目視でも分かるほど、フェリスは恐怖していた。


 それでも立ちはだかるのは、紛れもなくサリアのため。


「こ、これ以上はさせないわよ。クソ男」

「どけ」

「嫌よ。絶対サリアを殺させたりなんかしない」

「……その手段があるのなら、そうしてくれ」

「それは……!」


 充分待った。謀反ともとれる発言にも関わらず、セロはウォルフォードへ殺さない選択肢を伝えた。


 それでダメなのだから、殺すしかない。


「それでも、それでもアンタ一応パーティーメンバーじゃない! サリアと一緒に居たじゃない!」

「任務の一環だ」

「サリアだってクソ男のこと認めてたんだから! 死んでも言いたくなかったけど、サリアもサリアでアンタを認めてたのよ!」

「警戒心が解けていたのなら良かった。そういう風に振舞っていた」

「っ……!」


 何を言われても意志を変えるつもりはない。全てが任務で片付く発言であり、フェリスの問い掛けをもってセロは自身のするべきことを再確認していた。


 どこまで行ってもセロは暗殺者だ。暗殺対象を殺さないなど、あるはずがない。




 ──あるはずが、なかったのに。




「助けてよ……セロ、サリアを助けてあげてよ……!」


 フェリスの頬に一滴の雫が流れる。光に煌めくそれは、紛れもない涙。


 フェリスは不格好に泣きながら、再度セロに懇願する。


「私は殺されても良い、だからサリアだけは、サリアだけは助けてあげてほしいの……! ……私じゃ、私じゃ出来ない、から」


 無力さを呪い、何度も正面から嫌いと伝えている相手に頼る。これ以上の屈辱はないだろう。セロは泣いているフェリスを見て、静かにそう思う。


「……どいてろ」

「セロ!」

「アイツのチョーカー、あれが暴走の原因だ。あれを切り落とす」

「でも、それだけで暴走が止まるはずが」

「そこからはお前の領分だろ。立て直されたら終わり。俺がチョーカーを切り落とした瞬間に暴走を抑える魔法を撃て」

「……!」

「どいてろ、フェリス」


 言うなりセロはフェリスの肩をぐいっと押し退ける。


 対峙するのは暴走した人型魔法兵器。セロは少し長めのナイフを握り、光の速さでサリアのもとへ飛び出した。

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