第25話 人型魔法兵器は魔力を抑え込もうとする

 魔力核を入手した日から三日。セロ達は朝からクエストには行かず、館でぐだぐだとしていた。


 全員が共有スペースにいて、しかし誰が何をするわけでもない。フェリスでさえもサリアへいつものように絡んだりしていなかった。


 そんな時、玄関から爆発音が轟く。以前にもあったそれは、一発で誰の来訪か理解出来た。


(煉獄の爺さんか)

「私出てくるから、サリアはここで待っておいてね」

「俺は?」

「いてもいなくても同じよクソ男」


 ブレないフェリスは刺々しく答える。そろそろ慣れたセロも特に気にすることはなく、そうかと言って注意を他へ逸らす。


 煉獄の爺さん、ウォルフォードが来たということはつまり。


(完成したのか。サリアの闇属性の魔力を抑える道具)


 さして苦労はしていないがわざわざ自分が取ってきた魔力核だ。一体どんな仕上がりになっているのか、セロは心の中で想像をふくらませる。


 数分後、いつもの調子でウォルフォードは共有スペースへ姿を現した。隣には迎えに行ったフェリスが緊張した様子で立っている。


 そりゃそうだ。なんせ自身の崇拝対象の殺される危険が無くなるアイテムを持ってきているはず。もしも自分がフェリスだったら同じようになるかもしれないと、セロは一人合点した。


「ほっほ、久しぶりじゃの。言うても四日じゃが」

「出来たんでしょ? なら早く寄越しなさい」

「まあ待て。折角の待望の魔道具じゃ。太陽の下でお披露目といこう」

「……さっさとしなさい」

「若いのはせっかちじゃのう」

「言っとくけどアタシはアンタより二百年は生きてるから」


 三百年も投獄されていたのだ。それもそうだとウォルフォードは楽しそうに笑い、すぐに踵を返す。


 セロ達も無理を押すことはせず、ウォルフォードの後ろをついて行った。




 館から出て十五分。辺り一面に広がる草原は弱い魔獣がちらほらと生息するところ。セロ達も以前フェルムベアを討伐する際にここへ来ている。


「ここらで良いかの」

「やっとか……」

「クソ男。次首席矯正処遇官様にそんな口を利いたら殺すわよ」

「アタシをこれだけ歩かせたのよ。次やったらいくらフェリスの上司でも死刑よ」

「そうですよ!!! サリアの手を煩わせるなんていくら上司でも次はありませんからね!!!」

「手の平くるっくるだなお前……」


 いつも通りのフェリスにセロは失笑する。目上の立場の人間でさえもサリアが絡むとこうなるのかと、いらない情報を得た。


「良いかの?」

「早くしなさい」

「常人なら素手では触れんのじゃが、これが闇属性の魔力を抑える魔道具じゃ」


 そう言って差し出したのは黒と紫が混ざった細いチョーカー。素手で触らないようハンカチの上に置かれている。


「へえ。思ったより小さいのね」

「まあこれだけで億単位の金がかかっておるがな」


 それを聞いてセロとフェリスは思わず後ずさる。もし何かの手違いで壊してしまったらと考えると、どうしても気後れしてしまう。


「付ければ良いの?」

「そうじゃの。初めは魔力の干渉が起こって肌と触れているところがピリピリすると思うが、気にせず付けておれ」


 サリアは返事をせずに雑にチョーカーを手に取り、後ろでそれを留める。


 少しの間静寂が流れるが、特に何も起きた様子はない。


「成功……したのか?」

「ほっほ」

「確かにちょっとピリピリするわね。これいつ頃になれば無くなるの」

「もうじきじゃ」

「もうすぐって……っ!?」


 ドクン。セロの心臓が跳ねる。錯覚だろうか。


「ぐっ、何……これ……!」

「サリア!? どうしたのサリア!」


 サリアは首元を抑えて膝から崩れ落ちる。セロがパーティーメンバーになってから一度として見たことがなかった、サリアの苦しむ様子。


 ドクン。また心臓が跳ねる。だがそれとは独立して鼓動は一定のリズムを刻んでいる。


 これは恐らく、魔力の拍動。近くで巨大な魔力が動いた時に共鳴して、セロの魔力も揺れたのだ。


「あ、アンタ……これ……!」

「ほっほ」

「首席矯正処遇官!! サリアが、サリアの様子がおかしいです!」

「……のう、セロ。これをどう見る」

「どう見るって……」


 問いかけてからウォルフォードは一人後ろへ下がっていく。セロは一瞬苦しむサリアと錯乱したフェリスを見て留まろうとする。


 しかし。


「セロ。お主はどっちの人間じゃ」

「……そういうことか、煉獄の爺さん」

「煉獄……? クソ男、アンタ首席矯正処遇官様に向かって何を……」

「この状況、人型魔法兵器側から見れば明らかに失敗じゃろう。暴走しないための道具がその逆を示しておるのじゃから」


 当たり前のことを、ウォルフォードは当たり前に、訥々と語り出す。


「フェリスからしても失敗じゃな。救いたい相手を救う条件は、そばで監視をしつつ無害なことを証明することのみ」

「だ、だから私は……あなたに頼って……!」

「そしてセロ。は、人型魔法兵器が暴走することによって初めて殺害を許可される」

「っ!?」


 フェリスは大きく目を見開く。錯乱状態の上、明らかに嵌められたことを教えられたのだ。そうなって然るべきである。


「“凪”のセロよ。人型魔法兵器の暗殺を依頼されたのは、お主だけじゃない」

「……“煉獄”のウォルド。初めからここまでがお前のシナリオだったわけだな」

「ちょ、ちょっと待ちなさいクソ男! 煉獄って、その方は首席矯正処遇官の……!」

「セロは何も間違っておらんよ。ワシは序列三位の“煉獄”じゃ」

「……っ、じゃあ、じゃあサリアは」

「見ておれ。じきに暴走する」

「サリアっ!!」


 バッと振り返ってサリアの肩を抱く。しかしサリアは呻くのみで、一向に良くなる様子はない。


 そんな様子を見て、セロはあのチョーカーがどういうものか、当たりをつけていた。


(考えてみれば、闇属性の魔力を抑えるのに同じ闇属性の魔力を生み出す魔族の魔力核なんて、真逆も良いところだ。フェリスも疑問に思っていたのかもしれないが、最上級の、それも信頼する上司が言ったこと。疑うことすら不敬にあたると思っていたのだろう)


 そして次の瞬間、爆音が響く。それはウォルフォードが館へ来て扉を破壊する時のそれとは比較にならない程の大きさで、近くにいたフェリスは吹き飛ばされる。


「ああああああああぁぁぁああああ!!!!!!!!」


 叫ぶサリアの声は地面を揺らす。


 頭の右側に生えた歪な角。離れた場所からでも感じる魔力の禍々しさ。虚ろな目。




 それはまるで、暴走した魔族のようで。




「ほっほ、成功じゃな。セロ」


 ウォルフォードは卑しい笑みを浮かべ、そう呟いた。

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