第20話 暗殺者は同業者と語る

 ピンと張り詰めた緊張感。呼応するように、辺りの音が徐々に消えていく。


「ティアが俺の任務を知ってたからもしやと思ったが、流石にこれは予想外だった」

「二位の天泣の嬢か。ワシら上位に問わずとも、裏では割と有名じゃぞ?」

「情報統制どうなってんだよ……」


 セロはこの場にいないブローカーへ不満を漏らす。後々面倒なことに繋がったらどうするつもりなのだろうか。


「……てかそうだ。煉獄の爺さん、アンタ何訳の分からねえ職に就いてるんだよ。首席なんたらっての」

「首席矯正処遇官じゃ。本職はこっちでな」

「表での顔があるんだろ。それもご立派な」

「なのに何故暗殺をって?」


 セロの思考を先読みして続きを口にする。表で生きる術があるのならば、わざわざ裏の世界に籍を置く理由がない。少なくともセロはそう考えている。


「この世にはな、普通に裁けば殺せないやつも存在するんじゃ。そんなやつは裏で殺せば問題にはならん」

「てめえのその発言が表だと既に問題になりそうなもんだがな……」

「ほっほ、偽名を使ってるのはそういうことじゃよ。恐らくフェリスも“煉獄”のウォルドの名前自体は知っとるはずじゃ」


 そう言えばフェリスは“凪”のことも知っていた。“煉獄”を知っていても不思議ではない。


 そして、そんな中素性を隠すことが出来ているこの爺さんは一体何者なのだと、セロは思わずにはいられなかった。


「のうセロよ。魔族の魔力核じゃが、あれはお主一人か天泣の嬢を連れていくかにしろ。間違ってもフェリスや人型魔法兵器は連れて行くなよ」

「何故?」

「フェリスには刺激が強い。人型魔法兵器は単純に研究所を壊しそうじゃからな」

「……前者はともかく、後者は否定出来そうにないな」


 サリアにはただでさえ盗賊団のアジトを物理的に潰した前科がある。ウォルフォードの懸念は、恐らく正しいだろう。


「……フェリスには刺激が強い、か。人体実験でもしてんのかね」

「何じゃ、お主そういうのは見たことなかったのか?」

「誰に口聞いてんだ、煉獄の爺さん」


 セロは馬鹿にするような調子で鼻で笑う。


 今まで裏の世界で生きてきたのだ。立ち止まり、同じく止まったウォルフォードへ向き直り。


「自分で捌いた経験だってあるに決まってんだろうが」

「ほっほ、では頼んだぞ」


 そう言ってウォルフォードは歩き出す。


 セロは、その背中を少しの間見送っていた。




 館へ戻る道すがら、セロはウォルフォードから課された任務について考えていた。


(第一魔法研究所……。確かこの国で最も名高い研究機関だったな)


 場所は運良くワンドの街からが一番近い、街の外れにあるところ。人目につかない場所にあるというのは、よく考えてみると怪しい話だ。


(煉獄の爺さんは明言しなかったが、人体実験か。大方人間の魔力核を弄ったりしてるんだろうな)


 何せ魔族の魔力核を保管しているくらいだ。サンプル数が大量にある人間を使わない理由はない。


「……っと、何だあれ。人影?」


 館の前に到着すると、何やら屋根の上に誰かが座っているのが見えた。深夜のためはっきりとは見えないが、月明かりに照らされた白銀の髪はまるで雪のように輝いている。


「サリアか」


 あんなところまでどうやって登ったのだろう。セロは一瞬疑問を覚えながら、だがサリアならばどうとでも出来るかと思い直す。


 サリアは夜空をじっと見つめており、動く気配はない。


 そのまま放置して館に戻ろうとセロは考えたが、しかし。


(……何の気まぐれなんだろうな、これは)


 セロは疾風ブラストを使い瞬く間に館の屋根へと辿り着く。サリアは無表情でセロを見つめた。


「どうしたのよ」

「いや、何となくな」

「そ」


 交わした言葉はそれだけ。サリアはセロから目を離し、また夜空を見上げた。セロもつられてサリアの向く方を確認する。


 一面中に敷き詰められた光の海。眩しいとは感じず、ただ目に優しい星達が瞬いていた。


「……綺麗だな」

「この星空はね、昔から変わらないのよ」

「三百年前からか?」

「ええ。街も人も全部変わったのに、この夜空だけは変わらない。まるでアタシみたい」

「じゃあ、綺麗なのも納得か」

「なっ! ……アンタ、ハネムーン・ビーの時から思ってたけど、何で変に度胸があるのよ」

「何でだろうな」


 適当に誤魔化すセロ。誤魔化した理由は面倒だったからでもその答えを持っていたからでもない。


(お前達には、どう思われても良い)


 だからこそ思い切ったセリフや恥ずかしい言葉も臆せず言える。


「はぁ、まあ何でも良いけど」

「そうか。……ふぁ」

「何、眠いの? なら早く降りなさい」

「いや、もう少しだけここに居る」

「……勝手にしなさいよ、下僕」


 どうやらサリアも動く気はないようで、暫し二人の時間が流れる。


 燦然と煌めく星空は、よく見ると一つ一つが揺れていることにセロは気付く。まるで周りに星がなければ自分の位置を見失ってしまいそうなほど、セロの目には弱々しく映った。


「アタシさ」

「何だ?」

「夜空を見上げるの、好きなのよね」

「それは今さっき言った“変わらない”のが理由か?」

「そうね。……あと一つ、初めて父親に見せてもらったの。小さい頃はアタシ、暴走ばかり起こして外に出してもらえなかったから。空なんて知らなくて」


 伝えられている話では都市一つを壊滅させたという。子どもの頃のため規模はそれよりも小さいかもしれないが、何にしても隔離しなければならない程の威力だったのだろう。


「……変なこと話したわね」

「いいや。代わりに俺の話でもするか?」

「いらないわよ」


 そしてまた流れる無言の時間。不思議と苦じゃないのは何故なのか。


「……こんな時間がずっと──」


 サリアが何かを言いかけた時、後ろから気配がした。それはセロもよく知る人物のもので。


「サリアったらまたこんなところに居たの? 夜這いしに行ったのに部屋に居なくてビックリしたんだから」

「またアンタはそんなことをして……」

「ってクソ男!? アンタサリアに何もしてないでしょうね!!! 良いや絶対してる、ここで殺してやるわ!」

「ちょっとは落ち着けよお前……」


 フェリスの乱入によって穏やかな時間は途端にいつものそれに変わる。


 だがそれも穏やかな時間だと気付きそうなところで、セロは考えるのを意図的にやめた。

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