第19話 暗殺者は驚愕の出会いをする

 それはある日の深夜。玄関の方からデカい音がしたのを聞いて、セロは瞬時に目を覚ました。


 今の音は恐らくドアが壊された音。セロは警戒しながら、しかし自室が三階のため少し遅れて現場へ向かう。


 サリアとフェリスも目を覚ましていたようで、玄関には既に二人とも到着していた。ちなみにサリアの部屋は二階で、その隣にフェリスの部屋がある。


 ドアを壊したのは恐らく男。フードを深く被っているため顔までは確認出来ないが、隠しきれない長い白の顎髭により恐らく老人と思われる。


 ……こんな時間に襲撃か? それにしては不可解な点が多い。


 一つは何故存在を知らせるかのようにドアを破壊したのか。暗殺を目論むのであれば明らかに悪手だ。


 そしてもう一つ、何故その場からこの老人は動いていないのか。その事実が逆に不気味さを醸し出していた。


「誰だ」

「ほっほ。のうフェリス、説明してやってくれんか」

「……じゃあわざわざドアを壊して入ってこないでくださいよ、首席矯正処遇官」

「は? 何だ?」


 突然よくわからない単語で不審者を呼ぶフェリス。声からしてこの男は老爺だと理解出来たが、それにしても聞きなれない役職名でセロは首を傾げる。


「……私達看守のトップよ。この国で一番偉い看守」

「あんまり堅苦しい名前で呼ぶでない。気軽にウォルフォードと呼んでくれればそれで良い」

「……ウォルフォード様、だとしてもこの扉はどうするのですか……」

「まあ見ておれ」


 不敵に笑うウォルフォードと呼ばれた老爺は壊れた扉に向かって手をかざす。魔力を帯びていくのがわかる。


 そして、次の瞬間。


再生炎リザレクション


 ボウっと音を立てて壊れた扉を青い炎が包む。しかし燃え広がるようなことはなく、その場でじっくりと留まり。


「……、直った……?」


 そこにあった扉だったそれは綺麗に元通りになっており、見慣れた綺麗な物へと姿を変えていた。辺りに散らばっていた残骸すら見事に消えている。


「改めて、首席矯正処遇官のウォルフォードじゃ。気軽にウォルフォードと呼んでくれ」


 こともなげにそう口にして、パサりとフードをとる。


「──っ」


 そこに居たのは、






 ウォルフォードを中へ通して、四人は大広間へと場所を移していた。いつもの長いテーブルを持て余して端の方に椅子を並べて固まっている。


「ウォルフォード様、本日はどういったご要件で?」

「こんな夜分にすまんの。何せ人型魔法兵器と密会しているなどとバレたら面倒なことになるのでな」


 当然サリアの素性を知っている。そのことに一々驚きはせず、セロは会話を見守った。


「して、要件じゃったな。フェリスが言っておった物、あれがもうすぐ完成するんじゃ」

「っ!? 本当ですか!?」


 バンと机を叩いて身を乗り出すフェリス。サリアも小さく目を見開いたことから、恐らくセロは知らない何かを二人は知っている。


「……そこの男は、聞いてても良いんじゃな?」

「はい。本当に一応ギリギリ強いて言うならパーティーメンバーですので」

「こんな時までブレねえな」

「そうかいそうかい。では話すぞ」


 何が“そこの男”だ。セロは心の中で悪態を吐きながら、続きを待った。


「闇属性の魔力を制御する装置。それがあれば人型魔法兵器は暴走しなくなるじゃろう」

「!」


 そんなものを造っていたのか。確かにそれがあればサリアが狙われる危険性は無くなり、フェリスにとっても安心出来る材料になるだろう。


 ただ、それまで無言を貫いていたセロだったが、ここに来て初めて口を挟む。


「魔族と出会った時にも思ってたんだが、闇属性ってのは何だ? 基本属性は火、水、雷、風、光の五つじゃないのか?」

「確かにお主は、普通の人間なら知らんじゃろうな。魔力の基本属性はその五つで合っておる。だが魔族は、そこに加えて大元に闇属性と呼ばれる魔力があるんじゃ」

「クソ男も見たことあるでしょ。サリアが使った魔法が紫色の魔力を帯びていたところ」


 言われてみればそんなこともあった気がする。確かサリアがフェルムベアを討伐した時だ。


「その代わり、魔族は光属性の魔法が苦手だと聞くんじゃがな」


 今はさほど関係無いが、セロの得意魔法である光纏閃フォトン・オーバーは光属性である。であれば闇属性の魔力を纏ったそれはどうなるのか気になったが、セロは特に口にはしなかった。


「そこでじゃ、フェリス。あと一つ、足りない物があってな」

「ウォルフォード様をもってしても手に入らないのであれば、私には無理では……?」

「正当な手段ならのう」

「……そういうことですか」


 フェリスはそれだけで納得する。


 要は盗んでこいということだろう。裏の世界で生きてきたセロにとってはうってつけな話だ。


「必要な物は“魔族の魔力核”。第一魔法研究所に保管されておる」

「……そんな情報、どこから手に入れてくるのですか」

「ほっほ、首席矯正処遇官を舐めるでない」


 不敵に笑うウォルフォードは機嫌良さそうに長く伸びた顎髭を撫でる。魔族の魔力核なんてどこから調達してきたのか、それさえ驚くべき話だと言うのに。


「それではそろそろおいとましようかの。そこの男……セロと言ったか? 見送りに来てくれんか?」

「それなら私が」

「良い良い。男同士で話がしたかったところじゃ」


 ……本当に白々しい老人だ。セロは冷めた目でウォルフォードを一瞬だけ睨みながら、フェリス達に告げる。


「行ってくる」

「そ。では首席矯正処遇官、また」

「近いうちに会えることを楽しみにしておる。それから人型魔法兵器、お主もな」

「……ふん」


 サリアは素っ気なく返事をするが、ウォルフォードにそれを気にした様子はない。年の功というやつだろうか。


 正直見送りなんて面倒この上ない。だがこちらとしても話したいことがあったので、そう考えると好都合だ。セロは文句一つ言わずに大広間を出た。






 扉を出ると、満点の星や月が薄暗い辺りを照らしていた。耳に届くのは虫の声ばかりで、深夜のため当たり前ではあるが人気なんてあったものではない。


 館から少し歩く。こうしてと歩くのは何時ぶりだ。セロは軽くため息をついた。


「……なあ」

「何じゃ? ……おお、そう言えば言うのを忘れておったな。いつもフェリスが世話になっとるの」

「いつまでそんな白々しい演技を続けるんだ」


 刺すような確認。そんなセロに、ウォルフォードはまた愉快そうに笑う。




「序列三位、“煉獄”のウォルド。……その長ったらしい名前は何だ、煉獄の爺さん」

「何じゃ、序列自慢か? “凪”のセロも随分みみっちい男になったのう」




 首席矯正処遇官と呼ばれた老爺。しかしセロが知る彼の姿は、対象を骨も残らず焼き殺す頭のネジが外れた同業者だった。

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