第18話 魔王の娘は伝言を受ける

 サリアはセロへいつものように褒める。しかしそれがフェリスの気に障ったようで、フェリスはこれもいつものようにかなりの剣幕で捲し立てた。


「サリアの足は舐めさせないわよ!? 絶対!!!!!」

「フェリスうるさい。……ああそうだ、一つ聞いておかなきゃ。ネイは?」

「この魔族達が逃がさせてくれたんだよ。……てかいい加減俺への魔法は解いてくれないか?」

「仕方ないわね」


 そう言ってサリアは面倒そうに魔法を解く。魔族の二人はそのままに、セロだけは動くことを許された。


 セロは自由になった身体で魔族を見ると、その目には驚愕と、それでいてどこか怯えがあった。


 こいつらが探していたのはサリアのはずなのに、何故そんな反応をするのだろうか。セロは口には出さずに訝しんだ。


 そんな疑問は、サリアの言葉によって消え去る。


「アンタ達、魔族ね。無駄にデカい角なんかぶら下げて」

「……お、お前。白髪赤目のお前、もしかして、お前は……」

「アタシの父親は元気かしら? あと母親は死んだ?」

「……や、やっぱりか。お前のその魔力の感じ、どこからどう見ても魔王様のそれだ……!」

「お、おいベルド。ここは一時撤退だ。俺達が敵う相手ではない!」

「逃がすと思った?」

「「ぐふっ!?」」


 不可視の力によって押さえつけられる魔族二人。


 サリアが魔王の娘……? 現魔王は人間と言っていたということは、サリアは魔族と人間のハーフ……? そんな話、裏の世界でもセロは聞いたことがない。


 ちらっとフェリスを見ると、少しだけ驚いた様子ではあった。だがセロほど驚愕しているわけではない。


「フェリス、お前は知っていたのか?」

「魔族とのハーフは知ってたけど、まさか魔王の娘だったとは思っても……。……だからサリアは、魔王を……」


 そう言えばサリアの目標は魔王との決着をつけるためと言っていた。ということは、要は親子喧嘩ということだろうか。


「……白髪よ、一つ言っておいてやる。お前の父親の魔王様は既に逝去なされた。今は母親が魔王様だ」

「人間を魔王に据えるなんて、随分思い切ったわね」

「過激派は今でも反対しているが、魔族の九割以上は現魔王様を認めている」

「そ。じゃあアタシは一割以下の人間ね。……あんな最低なやつを魔王になんて、本当に腐ってる」


 何か確執があるのだろう、サリアは目を伏せながら呟く。


「まあ、お父さんが死ぬのはわかってたから今の魔王があの女ってのも予想はついてたけど。ねえ魔族、あの女は今どこに居る?」

「い、言えるわけがないだろ!」

「殺されても良いのね?」

「……なあネクタ、こういう場合俺達はどうするべきだと思う?」

「どうするも何も、大人しく殺されるのが魔族の矜持というものだ!!!」

「口を割らないなら良いわ。アタシも半分は魔族だし見逃してあげる。……その代わり、これだけは伝えなさい」


 言葉を切り、サリアはじろっと魔族の二人を睨めつける。その眼光には憎しみが宿っているように見えた。


「アタシは絶対にあの女を許さない。次にあの女の前にアタシが現れた時は、殺しに来たと思え」

「……わかった」

「そ。じゃあさっさと行きなさい」


 サリアが魔法を解く。すると魔族二人はゆっくりと身体を起こし、一通り身体が大丈夫か確かめて踵を返す。


 一度だけ、頭の切れる方の魔族、ネクタが立ち止まる。


「……こちらからも、魔王様からの伝言がある」

「三秒以内に言いなさい」

「“暴走してしまうのはお父さんの強すぎる魔力のせい。アナタはハーフなんだから、力をそのままに制御するには魔族の方の魔力、闇属性の魔力を半分に抑えることを心掛けるのよ”……とのことだ」

「……あっそ。言われなくても知ってるって付け加えときなさい」


 サリアは悪い機嫌を隠そうともせずに言い捨てる。今度こそ魔族は、振り返ることなくその場を去っていった。


 ……それから数分、誰も口を開くことなく静寂が続く。そこで初めに口を開いたのは、一つ思い出したセロだった。


「あ、フェリスお前生きてるじゃねえか」

「は? 死ねって言うなら私は殺される前にクソ男を殺すわよ?」

「そうじゃない、さっき魔族の野郎から女を一人半殺しにしたと聞いたんだ。てっきりフェリスのことかと思っていたんだが……」

「それならさっきサリアが治してたわよ? 超高難度な治癒魔法も物ともしないサリア、流石過ぎて私狂っちゃいそう!」

「さ、帰るわよ二人とも。セロがハネムーン・ビーの瓶を持ってないってことはネイに渡してるんでしょ?」

「ああ。もうあの店に戻る必要は無い」


 それに最後、セロはネイに向かって殺すと言い放ったのだ。そんな相手の顔なんて見たくもないだろう。


 そうしてセロ達三人は、ツーレンの街を後にしたのだった。







 ワンドの街へ戻ってから数日。当分はクエストに出なくとも食べて行けると館で穏やかな日を過ごしていると、一通の手紙がセロのもとへ届いた。


 送り主はギルド。何かやらかしてしまったのだろうかと、セロは訝しみながら封を開ける。


「……封筒の中からまた封筒。何だこれ」


 自室にいるため遠慮なく独り言を呟く。今度も封筒は宛名がセロであり、しかし送り主は違った。


 ネイ。可愛らしい丸文字で書かれたそれは、共に蜂蜜を取りに行った少女の名前。


 セロは特に表情を変えず、手持ちのナイフで封筒の上部分を切断する。中からは一枚の便箋が出てきた。


「……セロお兄ちゃんへ」


 あの時は逃げちゃってごめんなさい。それと殺すって言われた時、セロお兄ちゃんのことを怖い人だと思っちゃってごめんなさい。


 本当は助けてくれたこと、ちゃんとわかっています。だからお店に来てくれた時に謝ろうと思ったんだけど、ギルドの人に聞いたらその人は隣町にいるって聞いてね。それで手紙を出したんだ。


「……律儀な子だな」


 そうそう、ハネムーン・ビーの蜜なんだけどね。お父さんにあげたらすぐに元気になったの! これでもっとお店の料理も美味しくなるから、今度こっちに来た時はまた来てね! その時はうちのお店の本気を食べさせてあげる!


(……サリア達にも、言ってみるか)


 それと最後に。セロお兄ちゃん、ありがとう! あの時は言えなくてごめんなさいだけど、本当にありがとうと思ってます!


 また一緒に、蜂蜜取りに行こうね!


「ネイより、か」


 手紙はここで終わっている。


 人に感謝される、か。セロは慣れない経験に苦笑を零す。


 これまで何人も人を殺してきた。そんなやつがありがとうを言われるなんて、笑い話も良いところだ。小さく自嘲的な笑みを浮かべる。


 ただ、今度ツーレンに行った時は、顔を出しみよう。それくらいは許される気がすると、誰にともなくセロは心の中で言い訳をした。

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