第17話 魔族は目的を語る

 不気味に揺れる森。近くに居た生物は皆一様にその場から離れる。


 理由は単純、セロの目の前に居る魔族が禍々しい魔力を解放したからだ。


 セロは後ろで震えるネイに、正面に気を配りながら指示する。


「俺から離れるなよ」

「う、うん」


 答えた声は弱々しく震えている。考えてみれば当然の話だ。普通の人間など命のやり取りをするような機会なんてそうそう訪れない。


 ベルドは固く拳を握り、土を強く蹴ってセロへ殴り掛かる。


「オラァ!!!」


 間一髪、セロはネイを抱えながらそれを回避する。射線を回避するように避けたのが幸いした。


 セロが先程まで居た場所は、放射状に地面が抉れている。


(……流石魔族だな。人間とは比べ物にならない威力だ)

「オラ、次行くぞォ!!!」


 右フック、左フックと繰り出してくる。大振りなので回避自体はそれ程苦ではないが、如何せんネイを抱えながらなので思うように反撃が出来ない。


「ちょこまか鬱陶しいなぁオイ!」

「……まあ、そうも言ってられないか。ネイ、一瞬離れるが心配するなよ。すぐに戻る」

「え……? っ、きゃっ!?」


 光纏閃フォトン・オーバー。出し惜しみをしていられる相手ではないので、初めから全開で仕掛ける。


 閃光のような速度でベルドへ迫り、袖に仕込んである極細のワイヤーで敵の首を狙う。


「うおっ!」


 しかし神がかった速度で回避される。首がダメなら腕だ。仰け反った状態ならば、首は無理でも腕まで回避することは出来ない。


 ブシュ、と水っぽい音がセロの耳朶に響く。ベルドの左腕は切断まで後半分というところで、おびただしい量の血を流していた。


「つっ、いってぇなぁ……!」


 ベルドは左腕の負傷した部分を押さえながら、忌々しげにセロを睨む。


 そして、ふと笑った。


(……笑み……?)

「まあ、こんなもん負傷のうちに入らねえけどな!!!」


 次の瞬間、ぐちゃりと嫌な音が聞こえてくる。ネイは小さくひっと声を上げた。


「ほら、これで元通りだ」

「……化け物が」

「てめえら人間は魔族を舐めすぎなんだよ。身体は資本って言うが、それで言うならてめえら下等種族共はガキの駄賃程度で俺らは億万長者だ」

「おいベルド、敵を舐めるのは良いが主語が大きいぞ。人間全員がそういうわけではない」

「それは知ってるがよ……」


 人間全員がそういうわけではない。今の言葉に、セロは一つの疑問を覚える。


 この戦闘を傍観しているネクタという魔族は頭が切れそうなので人間を侮らないのもわかる。だがベルド、こいつは血の気が多く頭の回転も早そうではないにも関わらず、何故一線では人間を対等と思えるのか。


 むしろ、どこか上にさえ見ているのは、一体誰の影響なのか。


「今度は疑問か、冒険者。そりゃわかんねえよな、散々馬鹿にした人間をどこかでは認めてるなんて」

「……何だ、話してくれるのか?」

「構わねぇよ。どうせてめえらは死ぬんだからな」

「ひっ」

「……ああ、そうだよな、ガキを殺すのは可哀想だ。なあネクタ、そこのガキは逃がしやらねぇか?」

「!」


 目を丸くしたのはセロ。まさか魔族側からそんな提案が飛んでくるとは思ってもおらず、ゴクリと唾を飲んで続きを待った。


「構わん。魔王様がこの場に居たらそう仰るはずだからな。……ただ冒険者、お前はそうはいかないぞ」

「俺としてもありがたい。さ、ネイ。今のうちに家に戻れ。道はわかるな?」

「わかるけど……」

「安心しろガキ。魔獣やらは俺とネクタの魔力にビビって巣に閉じこもってるはずだ」

「でも……セロお兄ちゃんが……」

「今すぐ行かないならネイ、俺がお前を殺すぞ」

「っ!」


 セロが脅すと、ネイははっとしてすぐに駆けて行く。やがて姿が見えなくなるまで、セロと魔族達は無言のままその場を動かなかった。


 初めに口火を切ったのはベルドだった。


「かっけえなぁ冒険者。今の見て俺ぁ惚れちまいそうだったよ」

「足枷を無くすためだ」

「ははっ! てめえが魔族だったら仲良く出来ただろうよ!」


 ベルドは豪快に笑う。そんなもしもの話、この場には関係ない。セロは流しながら、本題に入る。


「人間を認めている話、してくれるんだろうな」

「魔族には嘘を吐いたら針を千本も飲まされる風習があるんだ。誓って言わないなんてことはねぇ」

「恐ろしい話だな」


 そんな話、人間の間では聞いたことがない。強靭な肉体を持つ魔族ならではということだろうか。


「俺ら魔族が人間を頭ごなしに見下せねぇのは、一人知ってるやつがいるんだ」

「知ってるやつ?」

「ああ。魔族を歯牙にもかけない、……いや、そもそも敵う魔族なんていやしない」

「にわかには信じ難い話だな」

「だろ? だが実際存在して、何なら他の魔族に聞いてくれても良いぜ。その方の存在を知らねぇ魔族はいない」


 “その方”。この粗暴な魔族が敬う程の存在。


 そして先程、ベルドの後ろにいるネクタという魔族も誰かに尊敬を見せていた。


 ということは、もしかすると──


「俺ら魔族の王妃……。今は魔王か。魔王様は、てめぇらと同じ人間なんだよ」

「っ!」


 思わず息を飲む。魔族を統べる者が人間なんて、そんなことが本当に有り得るのだろうか。


「さ、話し終わったから殺すぞ。冥土の土産は充分か?」

「忘れるなよ、俺にはもう足枷がない」

「はっはっは!!! 良いなぁお前、やっぱお前が魔族だったら絶対仲良く出来てたぜ!」


 恐らくこれが戦闘前の最後の会話。セロは何となくその空気を察し、緊張感を高めていく。


 ひゅっと風が吹く。視界の隅の葉が揺れ、音が消えていく。




 しかし、刹那が重くのしかかり、抗えない力によりセロは地に伏せさせられる。




(……何度も味わったこの感じ、まさか)

「な、何だ!? 冒険者、てめえの魔法か!?」

「ぐっ、おいベルド。これは流石に……! しかもこの魔力は……!」

「だ、だよな!? この魔力、やっぱり魔王さ──」




「“ひれ伏せ”」




 耳に届いたのはその言葉のみ。それだけで、誰によるものかすぐに理解出来る。


「サリア……!」


 透き通るような白く長い髪をなびかせ、瞳だけが赤く輝く。


 間違いなく、人型魔法兵器であるサリアだ。


「蜜は集まったわよセロ。何かはしゃいでたようだけど、ネイはどこに行ったの?」

「クソ男、アンタまさか手を出したんじゃないわよね!? このクソロリコン!」

「ちげえよ!? そんなことよりお前ら、目の前の敵が見えてねえのか……!」

「下僕のくせに生意気なことを言うわね」


 いつも通りのサリアは渋々セロに言われた方を見て──口元を嬉しそうに歪める。


 それは、あたかも先程の魔族のようで。


「でかしたわセロ。足を舐めることくらいは許してあげる」

「ぐぅっ!?」


 押さえつける力をより一層強めながら、サリアはにやりと笑った。

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