第16話 暗殺者は魔族と話す
風が凪いだ穏やかな森。しかし正面だけが歪に風景を掻き乱しており、二人の魔族はセロの非戦のポーズにかえって警戒心を示していた。
「魔族だよな、お前ら」
「それがどうした。お前
セロは心の中で舌打ちをする。お前も、というのは恐らくあの盗賊の頭が襲ったからだろう。面倒な置き土産をしてくれたものだ。
「襲うつもりはない。元より勝てる相手だとは思っていない」
「……本当だろうな」
「おい信じんなよ。アイツぜってぇチクるぜ。大勢で来られたらこっちも面倒臭ぇ」
(やられる、とは言わないんだな)
戦闘能力において人間はおよそ魔族に勝っている点は無い。それを理解しているからこそ、勝てるのを前提に考えているのだろう。
「魔族の恨みを買ってまで、とは思うが信じてもらえそうにはないな」
「当然だ。なんせてめえら人間には前科がある」
「俺は何もしてないんだが」
「まあ落ち着けベルド。まずは話だ。人間そのものが悪いやつじゃないってのはお前も知ってるだろ」
「……まあ、それはそうだけどよ」
どうやら人間に対して無条件で敵対することはないようだ。前に聞いた噂の信憑性をセロの中で高め、慎重に言葉を選ぶ。
「なぜ魔族がこんなところに、ってのは訊かない方が良いか?」
「そうしてくれると俺達も助かる」
「……なあネクタよ。別に俺ぁ人間に恨みがあるわけじゃねえんだけどさ、効率は求めたいんだよ。二ヶ月なんて待てねえ」
「何が言いたい」
「俺らが探してる女、人間から見ても特殊だろ? こいつに訊けば良いじゃねえか。なんせ白髪に赤目の女なんて明らかに浮いてるじゃねえか」
白髪に赤目の女。そして魔族が探すような存在。
……嫌な既視感に目を逸らしつつ、セロはゆっくりとネイの口を塞ぐ。
(ネイはまだ子どもだ。見覚えのある白髪赤目、サリアのことを口走ってしまう危険がある)
「なあ、お前知ってるか? 白い髪で赤い目の女。魔族の俺らでさえ気をつけろって言われてるんだけどよ」
「話しすぎだ、ベルド」
「知らん」
「……じゃあそこのちびっ子はどうだ? さっきから口を押えられて話せてないお前」
ここでセロが無理にネイも知らないと言えばかえって怪しまれる。面倒になることは言わないでくれよと、セロは祈りながらネイの口に置いた手を降ろした。
「……知らない。知りません」
ネイが発した言葉はそれだけ。必要以上に何かを口にはしなかった。
セロに口を塞がれた意味を何となく察したのだろうか。安堵するセロとは対照的に、魔族の二人はあてが外れたと舌打ちをする。
「だから言っただろ。やめとけって」
「んだよ、無駄足か。てか本当にそんなやついるのか?」
「魔王様を疑えるんなら勝手に疑え」
「そうは言わねえけどよ……。……お?」
魔族の片方、確かベルドと呼ばれていた口調の荒い方は何かに気付いて眉をピクリと動かす。
「何だ、知ってんじゃねえか! 教えてくれよちびっ子!」
「っ!」
「……お前のそれは、本当に趣味が悪いな」
「さ、何を知ってるのか教えてみな。ちびっ子」
やけに確信を持って訊ねてくる魔族。
心が読めるのか……? そう訝しむが、だとしたら質問してくる理由がわからない。セロは更に警戒心を高める。
「流石にそっちの男も動揺を隠せねえみたいだな? 俺ぁ魔力の揺れで何となく考えてることがわかるんだよ」
「詳細なところまではわからないがな」
「んなこたぁ言わなくても良いんだよ! ほらちびっ子、早く言えよ」
「……知らないもん」
「あぁ? それが嘘ってのもわかってっからさ、早く言えって」
「知らない!」
「……ああそう。なら交渉は決裂だ。手ぇ出させてもらうぞ」
そう言って魔族のベルドは右腕に魔力を纏う。そして一突き、隣に立っていた木へ拳を打ち込んだ。
バキバキバキ! と嫌な音をたてる。それだけで木は殴った箇所から折れた。
「ひっ」
「……わかった。話すからネイに手を出すのはやめろ」
「ほう? お前も知ってんのか。なら話は早ぇな」
「ただその前に一つ聞かせてくれ、魔族。木を折る前さっきデカい音を立てた理由は何だ?」
「あ? んなもん一人女が居やがったからよ、そいつがチクるっつったもんで、ちょっとな」
「ちょっと?」
「簡単に言やぁ痛めつけておいた。仲間を呼ぼうとしてたからよ」
女。仲間を呼ぶ。そしてこの森に居る。
……もしかすると、フェリスの可能性がある。サリアのもとを自分から離れるとは思えないが、しかし。
魔族の気配を察知したのであれば、遠ざけようとする可能性だってある。
──その瞬間、セロは無意識にナイフを強く握った。
「あ? どうした冒険者、魔力が乱れてるぜ? しかもそれは怒ってる時のやつだ」
「……殺したのか?」
「一ヶ月動けねぇくらいにはしてやったさ。はははっ! ざまぁねえよ、俺達魔族に手を出そうとしたんだからな!!!」
フェリスと決まったわけでは無い。セロは十二分にそのことを理解しているが、何故か身体が勝手に動く。
気付けば、セロは毒を塗ったナイフでベルドという魔族に斬りかかっていた。
「っと、危ねぇな! 掠ったじゃねえか!」
「それだけで良いんだよ、クソが」
「あ……? ……、何も起きねえぞ」
人間であればそろそろ力が抜けてくる頃。だがベルドはピンピンしており、怪訝な顔で身体を眺めていた。
「……ああそうか、毒か! すまねぇな、俺ら魔族はてめぇら人間みたいに毒で死んだりはしねえんだよ!」
「……チッ」
「ただ一つ分かったことがある。なあネクタ」
「そうだな」
ベルドは歪に口元を歪めながら、吐き捨てるように嗤う。
「てめぇらは敵だ!!! 下等種族共!!!」
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