第15話 暗殺者は少女と蜂蜜を探す
風が葉を揺らす静かな森の中。サリアフェリスペアと別れたセロは、手にした瓶を見て呟く。
「あと残り一回で溜まるな」
「……セロお兄ちゃん……えっちだよぉ……」
ネイは真っ赤にしたほっぺを両手で押さえ、弱々しく声を出す。
あれからサリアはここからは二手に別れた方が効率が良いと言って半ば強引にフェリスを連れて行ったので、セロはネイと共にハネムーン・ビーを捕まえては蜜を出させまくっていた。
(……連れて行かれた時のフェリスの顔、めちゃくちゃイラつく顔だったな……)
ふと蘇るフェリスのご満悦顔。それに去り際セロを見て勝ち誇った顔をしていた。毎度面倒なドMだ、とセロは改めて認識する。
「どっかに無事な女王蜂はいないものか……」
「せ、セロお兄ちゃんは恥ずかしくないの?」
「何がだ?」
「そ、その……女の子に迫ったり、とか……」
「クエストだからな。割り切れるもんなんだよ」
「……大人って凄い……」
まだ十八なので大人と言われるとセロ自身どこか疑問を持つが、まあネイよりは確実に大人だ。下手に否定せず、セロはハネムーン・ビー探しを続ける。
そして探索を続けること十五分。ハネムーン・ビーの巣であるハート型の蜂の巣を発見する。これで五個目。それ程動いたわけでもないのに見つかる辺り、もしかしたらここには天敵が居ないのかもしれない。
「よし、じゃあネイ。見つけたからやるぞ」
「う、うん……」
セロから目を逸らして赤い顔のまま頷くネイ。セロは蜜を零さないよう丁寧に瓶の中へ一際大きい女王蜂を捕まえる。
ネイを抱き寄せ、吐息がかかりそうな程顔を近付け。
「……子どもだからって、手を出されないとは思うなよ」
「お、お兄ちゃん……」
「十年後なんてまどろっこしい。今すぐ俺の女にしてやる」
「きゅう……」
ふらっとバランスを崩してネイは倒れ込む。女王蜂を見ると、満タンになった瓶の中で自分の出した蜜に溺れそうになっていた。
(……ロリコン貴族、こんなところで役に立つとはな)
以前に暗殺した平民の子どもに手を出しまくる貴族。半ば呆れながらセロは音も無く殺害したが、その時に見た手口がまさか生きるとは思っていなかった。人生どこにヒントがあるかわからないと、セロは難しい顔をしながら瓶を空け女王蜂を逃がす。
「これでクエスト自体は達成だな。後はサリア達がネイの分を確保出来ているかだが……」
「セロお兄ちゃん、切り替えが早過ぎない……?」
「一瞬の気の緩みは命取りだからな。ネイも気をつけておいた方が良いぞ」
「そ、そうかもしれないけどぉ……!」
「……さて。とりあえず合流するか」
セロは事務的に呟く。ただし合流すると言っても裏の仕事の任務達成時にブローカーとやり取りする魔導無線機は無い。あれは非常に高価なためまだ裏の世界にしか広まっていないのだ。
セロは歩き出すと、ふと手を繋がれた。ての中にある小さくて温かいそれはネイの手。
(……何か狙いがあるのか?)
警戒してすっと離そうとするが、気付いたネイにまたぎゅっと握られる。
「……何で今セロお兄ちゃん、手離そうとしたの」
「意味が無いからな」
「あるよ! だってセロお兄ちゃん歩くの早いんだもん! でもこうやって手を繋いでたらましになるでしょ!」
「ああ、そういう……」
ネイの目に嘘は無い。セロはふと息をつき、今度は自分から握り返す。そのことにネイは嬉しそうにはにかんだ。
森の中を適当に歩きながら、ネイはふと言葉を投げかけてくる。
「セロお兄ちゃんってさ、家族のことは好き? ちなみにわたしは大好き!」
「俺に家族は居ない。生まれた時から独りだ」
「あ……ご、ごめん。……でも、でもさ! 今は一人じゃないでしょ?」
「ん?」
「ほら、さっきのお姉ちゃん二人! 仲間でしょ!」
正しくは護衛だが、セロは一度考え込む。
確かにパーティーメンバーである以上仲間でないとは言えない。本人に言ったらどんな反応が返ってくるかわからないが。
「あの二人のこと、好きでしょ?」
「……」
「何でそんな嫌そうな顔してるの!?」
「いや……だってアイツら好きって言ってしまったら変態のことを好きって言ってるわけだしな……」
「い、良いじゃん! 好きな人のために頑張るって良いことだよ?」
「現にネイは今父親のために頑張ってるんだもんな」
「うん!」
元気良く返事したネイの顔は明るい。それで満足したのかネイは鼻歌を歌いながら先を進む。当然セロと手は繋いだままだ。
……それにしても、ネイは一体何が言いたかったのだろうか。ただの会話に警戒するセロは暫し頭を悩ませながら、サリア達を探す。
「……俺がサリアとフェリスのことを、ねぇ」
「あ、好きなんでしょ! わかるよーネイももうそろそろ子どもを卒業するからね」
「まだ十歳くらいだろお前」
「もう十歳なの!」
「ああそう……。まあでも、確かにサリア達のことは嫌ってはないな」
初めはただ殺すことだけを考えていたはずなのに、気付けば一端の冒険者としてあの二人とクエストに励んでいる。
「……今度アイツらにも聞いてみるか」
「あ、じゃあわたしが聞いておいてあげるね! 自分から聞くのは恥ずかしいでしょ?」
「今更アイツらに恥ずかしいなんか──」
──その言葉の続きは、雷鳴のような轟音によって掻き消された。地面すら揺れた衝撃は、丁度向かっていた方角から。
「な、何!?」
「ネイ。俺の後ろに下がれ」
何かが居る。それも何か嫌な、得体の知れない者。
長い間暗殺をしてきたからこそ感じ取れる、警戒すべき空気。
セロは正面に気を配りながら後ろ手でネイを誘導し、木の裏に二人で隠れる。
そのままじっと待つこと数分。ガサガサと葉を踏みしめて歩く音が徐々に近付いてきた頃、二つの人影が見えた。
(デカいな。どちらも俺より頭一つ分は大きそうだ)
ローブを被っているため顔まではわからないが、体格が良いのは遠目でもわかった。
嫌な気配が強くなる。セロは腰に着けてあるナイフケースから刃先に毒を塗ったナイフを二本取り出し、警戒心を高める。
そろそろ会話が聞こえてくる距離だ。セロは耳をすませる。
「もう二ヶ月はここに居るけどよ、本当に居るのか?」
「でも見つけなきゃ帰れないだろ。あと一ヶ月の辛抱だ」
「見つかったら攻撃されんの本当に面倒なんだよ……」
「お互い様だ、バカ」
どうやらこちらには気付いていないようで、二人はぐだぐだと雑談をしていた。
見つかったら攻撃される。口ぶりから察するに不特定多数に狙われるということ。それはつまり指名手配犯なのか、それとも。
「あぁもうあっちい! これ熱籠るんだよ!」
「おい、周りに人間が居るかもしれないのに勝手に取るな」
「お前も取りゃ良いじゃん! ほら!」
「ったく、お前はいつもいつも……」
じゃれながら二人は被っていたフードを脱ぐ。
そこに居たのは、立派な角を二本携えた、異形の存在。
(魔族か……!)
「わ、角だ」
「「誰だ!?」」
予想だにしない素顔に驚いたネイは、思わず声を漏らす。まだ姿はバレていないだろうが、ネイの存在は知られてしまった。
いつかに聞いた、『魔族はこちらから手を出さない限り攻撃はしてこない』という話。
セロはナイフをケースへ戻し両手を小さく挙げながら、二人の魔族の前へと姿を見せた。
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