第14話 変態パーティーと少女は蜂蜜を取りに行く

 セロ達がやって来たのはツーレンの街から少し離れた雑木林。そこには多種多様な動物や低級の魔獣が生息しており、くだんのハネムーン・ビーも巣を作っているとのことだ。


「……なぁサリア、本当に連れてきて良かったのか?」

「この子が来たいって言ったんじゃない。それで結果死んだとしても、アタシ達には関係の無いことよ」

「お前優しいか厳しいのかよくわからんな……」


 そう漏らすセロの視界には長い髪をふわふわと揺らす少女、ネイが拾った木の棒で地面をピシピシと叩きながら歩いていた。

 食堂で一緒に行きたいと言われた後、サリアはそうしたいなら勝手についてきなさいと言って承諾したのだ。


「蜂蜜、あるかなぁ!」

「幼女だからサリアの守備範囲には入らない……私の立場は揺るがない……」


 隣に居るフェリスはぶつぶつと怨霊のように呟く。別に幼女ってほど小さくは、と思ったが関わると面倒そうなのでセロは言葉を飲み込んだ。


「そう言えばネイ、お前何でハネムーン・ビーの蜜が欲しいんだ? 食堂で出すとか?」

「ううん。ハネムーン・ビーの蜜って、病気に効くらしいの。だから最近寝たきりになったお父さんにあげようと思って。ただ、一人で行くのは、その……」

「そうか」


 病床に伏せる父のため、怖がりな少女はそれでも役に立とうとする。何とも泣かせる話だとセロは感心した。


 ただ、セロに両親は居ない。記号としてそれが感動する話だというのは知っているが、そこに実感はただの一つもない。


(……唯一父親代わりつったらブローカーの野郎だが、アイツのために何てのは考えたことすらねえな)

「セロ。ハネムーン・ビーの巣、発見したわよ」

「早いな。……おお」


 思わず声を漏らす。そこにあったのは何故かハート型をした蜂の巣で、ハネムーン・ビーと思われる蜂達は忙しなく出たり入ったりを繰り返していた。


「……何してるんだ? アイツらは」

「あれがハネムーン・ビーの求愛行動なのよクソ男。……さ! 早くやりましょサリア!」

「なるほど、あれが……ってうおっ」


 フェリスがバッと服を脱ぎその残骸をセロへとぶつけてくる。邪魔そうにそれをどけると、いつの間にかフェリスは男装用のタキシードを身に纏っていた。中に着ていたのだろうか。


「……あっ!? クソ男が何で私の服持ってるのよ!? もう触れないじゃない!!!」

「なら俺の方に投げんなよ!?」

「サリアは私の神様で幼女は犯罪だししょうがないでしょ!!! 必ず洗って返しなさいよ!」

「横暴なことこの上ないなお前……」

「じゃあ役割分担ね! 私とサリアは蜂共に見せつける役でクソ男は飛び散った蜜を出来るだけ集める役、幼女のネイちゃんは応援してて!」

「……瓶の中に女王蜂を閉じ込めてからでも良いか? そっちの方が効率的だろ」

「「ああ」」


 なるほどと素で感心したサリアとフェリス。確かにそれだと無駄なく集められそうだと、目を丸くしていた。


 セロは手早く女王蜂を見つけ、瓶を持った手を目で追えない程の速さで振る。そして蓋を閉めると、中には一匹の大きな蜂が羽音を立てて右往左往していた。


「これで良いな」

「じゃあ早速イチャつきましょサリア!」

「早く済ませなさい」

「……サリアぁぁぁ!!!」


 ドシン!!! と葉が落ちてくる程の勢いで木を叩きつけるフェリス。サリアは冷めた目でフェリスを見ていた。


「私のご主人様に……なりなさい」


 そして顎をくいっと持ち上げる。


 ハネムーン・ビーは、忙しなく動くだけ。


「……愛してるわ」

「ありがと」


 素っ気なく返事をするが、ハネムーン・ビーは蜜を噴かない。


 これは……失敗なのだろうか。セロは暫し様子を見守るが、変化はない。


「……こんの畜生如きがぁぁぁ!!!!!」

「うひゃあ!?」

「やめろフェリス、ネイが驚いてる」

「だ、大丈夫です!」

「やっぱりフェリスじゃダメね」

「そそそそんなこと言わないで!? 私はやれる! 私の愛は性別なんかに負けないわ!」

「次ダメなら下僕と交代よ」

「上等じゃない! じゃあ私が成功したらクソ男は死ぬってことで!」

「承諾するわけねえだろ!?」


 セロのツッコミなんて全く気にせず今度はサリアの肩を抱くフェリス。吐息がかかりそうな程近付き、フェリスは一言。


「あの日のベッドのこと、忘れたとは言わせないよ」

「アンタ目隠ししながら床で寝てただけじゃない」

「だってサリアの放置プレイよ!? 一晩中ドキドキしてたんだから!」


 あの日のベッドのことというのは盗賊団を壊滅させた時に言ってたやつだろうが、結局いつも通りで終わっていたのか。セロは失笑する。


 そしてやはり、ハネムーン・ビーは蜜を噴かなかった。


「セロ。次はアンタの番よ」

「待って待ってサリア待って! それなら私がクソ男の相手になるから! 本当は全身から血が噴き出しそうな程嫌だけど、サリアが汚されるのだけは本当に嫌なの!!!」

「もう反応する気も失せるな……」

「でもフェリス、男の格好してるじゃない」

「そ……それはそうだけど……!」

「アタシが良いって言ってるんだから良いの。ほら、セロ」


 そう言ってサリアは腕組みしながら催促してくる。セロはハネムーン・ビーの入った瓶をネイに手渡し、ゆっくりとサリアの方へ歩を進めた。


 少しでも手を伸ばせば届く距離。だがセロはそこから動かない。


(ここからどうすれば良いんだ……?)


 生憎セロに恋愛経験は一切、それどころか恋愛感情すら抱いたことがない。ずっと暗殺の日々を過ごしてきたセロにとって、それは仕方の無いことだった。


(……いつかに殺した貴族の真似で良いか)

「セロ? 何してるの、早くしなんむっ!?」


 言いかけたサリアの口を手で塞ぐセロ。突然のことにサリアは驚き一歩後ずさりをした。


 しかし逃がさないと言わんばかりに、セロはサリアの腰を抱く。


「そう急がなくても、夜はまだ先だぞ? 慌てなくても俺は逃げない」

「~~~~~っ!?!?!?」

「うっわクソ男くっさ……ってサリア!? 何でそんな顔してるの!?」


 サリアはみるみるうちに真っ赤になり、目をぐるぐるさせていた。正直自分でもどうかとは思ったが、良さげなら何よりだ。セロは続ける。


「今夜俺の部屋に来い。立てなくしてやるよ」

「う、うわぁ……えっちだ……!」

「ほら幼女も引いてるでしょクソ男!!! 早く離れなさいバカ!!!」

「せ、セロ! アンタこんなのどこで……!」


 確か最後は小さい声で言っていたな。セロは記憶を思い返し、聞こえるように耳元で囁く。


「待ってるからな」

「お、終わりよ!!! 離れなさい下僕!!!」

「ん、そうか。ハネムーン・ビーはどうだ?」


 ネイが持っている瓶へと視線を向ける。そこにはビクンビクンと跳ねるハネムーン・ビーが、これでもかというくらい蜜を分泌していた。


「大体五分の一か。これならすぐ溜まりそうだな」

「く、クソ男のお兄ちゃん……凄いね……」

「セロだからな!? 変な呼び方で覚えるなよ!?」

「殺す!!! クソ男だけは絶対殺す!!!」

「お前もネイが居る前で本気で殺しにくるなよ!?」


 明らかに急所を狙った軌道のナイフを避けながらセロは静止をかける。当然聞き入れる様子はない。


「おい、サリアからも何とか……」

「……アタシが下僕なんかに……セロのくせに……!」


 サリアはセロの言葉など聞こえてないようで、胸に手を当てながら俯いてぶつぶつと呟いていた。


 ……これ、どう収拾つければ良いんだ。セロは大きな溜め息をついたのだった。

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