第13話 変態パーティーは隣町へ行く

 盗賊壊滅後、翌日セロ達は休むことなくギルドへ足を運んでいた。それもほぼ早朝と言っても過言ではない時間で、ギルドが開いた直後だったため冒険者はほとんど居ない。

 そんなことをした理由は、勿論昨日盗賊のかしらから聞いたツーレンの街付近での魔族との遭遇情報のためだ。


 セロ達はクエストの張り紙がある掲示板の前で一枚ずつ内容を確認していく。


「ツーレンの街近くが対象のクエストはこれくらいか?」


 その中で、セロは一枚を手に取る。難易度はA級。いつもセロ達が受けているクエストの難易度だ。


「採取クエスト、ハネムーン・ビーの蜜をコップ一杯分。……何だ? ハネムーン・ビーって」


 聞きなれない言葉にセロは首を傾げる。少なくとも街では見ない食べ物だ。

 それに採取クエストは基本E級かD級、高くてもC級なのでその点も不可解である。


「うわ、クソ男……。アンタ面倒な物見つけてくれるわね」

「フェリスはハネムーン・ビーを知ってるのか?」


 何かを知っていそうなフェリスに向かってセロは訊ねた。魔力核の説明の時もそうだったが、フェリスは案外いろんなことを知っている。


「蜂蜜は普通巣に貯まるでしょ。でもこいつらはそうじゃなくて、発情したメスが蜜を噴くの」

「……?」

「根本的に蜜を集める蜂じゃないのよ。ただ体内で勝手に分泌されて、その蜜をメスが外に撒き散らす。ね、サリア!」

「アタシは知らないわよ。アンタらが三百年も閉じ込めてたんでしょうが」

「まあ三百年も外に出なかったら何もかもわからなくなってるだろうな。それはそうとフェリス、それの何が面倒なんだ? 一度に出す量が少ないとか?」


 セロはクエストの張り紙をまじまじと見る。報酬金は十五万キリスと採取クエストにしては破格なので、それなりの理由はあるだろう。


「……こいつらの発情する条件。勿論オスの求愛行動でもするんだけど、それだけじゃないの」


 フェリスは少し難しそうな顔をしながら続ける。


「ハネムーン・ビーは知能が高くて、とりわけ共感性が高いのよ。だから人間がときめくようなシチュエーションであいつらも発情するってこと」


 ときめくシチュエーション、と言われセロは再び首を傾げる。

 メスが蜜をということは女がときめく状況を見せなければならない。自身と同性のそれすら考えたことのないセロにとっては、ピンと来るものがないのも当たり前だった。


「アタシ達人間が感じるようなものでも良いなんて、変な蜂もいるのね」

「そうねサリア! さて私は男装用の服を買ってこなきゃ! サリアとふんわりねっとり絡むため……じゃなくてクエストのためにね!」

「全部言ってんじゃねえか」

「それよりフェリス、男装用の服って何よ」

「アイツらノンケらしいの。だから素の私とサリアじゃ蜜を噴かないのよ……ごめんね私の神様ぁ……」


 よよよと泣き出すフェリスを面倒そうに押し退けるサリア。

 にしても、ハネムーン・ビーなんて変なやつがいたんだなとセロは一人驚く。特に人間を見て発情するとは、またおかしな話だ。


「てことで私とサリアは服を買ってくるからクソ男はツーレン行きの馬車を用意しておきなさい! さ、行きましょサリア!」

「勝手に手繋ごうとするな変態。……てか何でべちょっとしてるのよ」

「ごめんなさいサリア……抑えきれなくて……」

「最悪。もう知らないから」

「拗ねちゃうサリアも可愛い♡」


 じゃれあいながら二人はギルドを出ていく。


 ……じゃあまずはこのクエストを受ける手続きをして、それから馬車を借りるか。放置されたセロは、一応護衛として面倒な役回りを引き受けるのだった。




◇◇◇




 馬車に揺られること二時間。定期便が出ていたためそれを予約し、セロ達は無事ツーレンの街へと到着していた。


 街並みはワンドよりも明るい色を基調としているためか陽気な印象を覚え、心做しか飲食店の数が多いように感じる。


「そう言えばツーレンは美食の街とか呼ばれてたか」

「ふぅん。ならまずは腹ごしらえね」

「あらサリア! お腹が空いたのなら奴隷の私に言ってくれたら良いのに! 私の全部をあげる!」

「ついてこないと置いていくわよ」

「あぁん待って私の神様ぁ!」


 すたすたと歩き出すサリアにフェリスは遅れてついて行く。セロも後を追い、街並みを見て回る。




 セロ達が入った店はこじんまりとした小さな食堂で、中は年季の入った内装になっていた。

 十歳くらいか、頭巾を身につけた小さな女の子がウエイトレスをしているのは家族で経営しているからだろう。


 三人は案内された席に座り、メニュー表に目を通す。手書きのそれは日に焼けて焦げ茶色に変色していた。


「随分昔からあるのね」

「サリアが生まれて二百五十年後くらいに出来たのかしら!」

「そういやサリアは三百歳超えか。普通に考えたらババ……「それ以上言ったら殺すわよ下僕」……すまん」


 どうやら年齢のことは禁句らしい。セロは話を変えるためメニューを確認する。


「店主の気まぐれ野菜尽くしか。別にガッツリ食う気分でもないし、俺はこれにするか」

「ちょっとクソ男、真似しないで」

「アタシと同じ物を頼むなんて頭が高いわね」

「仲良しかお前ら」

「クソ男と仲良し!? それか片腕を落とすなら間違いなく後者を選ぶわよクソ男!!!!!」

「マジでどんだけ俺のこと嫌いなんだよお前!?」


 わかりきったことではあるがツッコまずにはいられない。俺が何をしたっていうんだ、と思ってしまうセロだが、一々気にしていては何も始まらない。


「はぁ、ハネムーン・ビーと言い、冒険者は面倒なことばかりだな……」

「ならやめたら良いのよクソ男。それで私とサリアのドキドキ同棲生活が幕を開けるの! ね、サリア!」

「あっそ」

「あ、あのぅ……」


 声を掛けられ、目をやると若干怯えながらこちらを伺う少女がテーブルの前に立っていた。先程も見た小さなウエイトレスだ。


「ご注文はお決まりでしょうか……?」

「あ、ああすまん。店主の気まぐれ野菜尽くしを三つ頼む」

「は、はい!」


 元気に返事をして少女は奥へと引っ込む。悪目立ちしていたかもしれないと考えると、少しだけ罪悪感を覚えた。


「フェリス、アンタ一々声大きいのよ」

「そんな私のことも好きでしょサリア♡」

「別に」

「お前のせいかクソ男ぉぉぉぉぉ!!!!!」

「だからそれがうるせえんだよドM女!!! 冤罪も良いところだぞ!?」


 何度同じやり取りを繰り返すのか。セロにも自覚はあるがやはり反応してしまう。というかフェリスも自重してくれれば良いのにと溜め息をついた。


 それから十分程経つと、先程の少女が薄く広い皿を三つ運んできた。セロ達の前に丁寧に置くと、ペコリと頭を下げて離れていく。


 皿には瑞々しいサニーレタスや水菜等が盛り付けられており、色味のアクセントときて真ん中に糸唐辛子が置かれていた。ドレッシングは恐らくオリーブオイルベースのものだろう。


「美味そうだな」

「そうね。いただきます」


 すっと手を合わせてを述べるサリア。初めて見るものだ。


「サリアっていつもそれするわよね。三百年前宗教か何か?」

「母親にこれだけはしろって言われてただけだけど、まあそんなところよ。気にしないで良いわ」

「ふぅん。いただきます」

「……別にフェリスはしなくても良いのよ」

「サリアがするんだもの。私もするわよ」


 フェリスもサリアに倣って手を合わせ口上を述べる。意味はわからないが、とセロも真似していただきますを口にする。


「セロまで……」

「まあ一応パーティーメンバーだしな」

「……そ。まあどうでも良いけど」


 サリアは興味無さげにそっぽを向き、サラダを口に運んでいく。そろそろ俺も食べるかとセロもフォークを手に取り食べ始めた。


 咀嚼するサニーレタスはシャキシャキと子気味の良い音を立て、薄くレモンの香りが吹き抜ける。これはドレッシングの味だろうかと、セロは当たりを付けながらどんどん食べていく。


 しかしセロはそこで手を止め、カチャリとフォークを皿の上に置いた。


「何か用か?」

「あっ、その……」

「クソ男。怖がらせちゃ話せるものも話せないでしょうが。犯罪になるから幼女には優しくしなさい」


 刺すようなセロの問い掛けにフェリスが待ったをかける。フェリスに言われたのは癪だが一理あると、セロはコホンと一つ咳払いをして言い直した。


「すまん、遠慮せずに言ってくれ。それともサラダの感想か? サラダなら文句無しに美味かったが」

「あ、ありがとうございます! ただそうじゃなくて、えっと……」


 もじもじと言いづらそうに胸の前で手を揉む少女。一体何を言いたいのだろうか。


「ぼ、冒険者の人ですよね! お願いします、わたしと一緒にハネムーン・ビーの蜜を取りに行ってください!」

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