第10話 暗殺者は盗賊の頭と交戦する

「頭ぁ! どうされましたか!」

「何か爆発音が聞こえて……って何すかこれ! 天井から壁まで無くなってるじゃないですか!」

(クソ、やっぱり援軍も来るか)


 異常な轟音を聞きつけた盗賊の団員が、火炎フレアにより吹き抜けになったかしらの部屋へ駆けつける。ざっと確認しただけでも五、六人。一気に数的不利になった。


「クソ男。雑魚狩りは私がやるからアンタはそいつを止めなさい」

「大丈夫か?」

「これが終わったらサリアとの夜が待ってるのよ!!! 死んでも死なないわ!」

「情緒不安定過ぎるだろ……。……じゃ、そっちは任せる」

「クソ男は死んでくれても良いけど」

「死なねえよ」


 初めは冒険者を適当にこなしつつ人型魔法兵器を殺すだけの、よく考えたら簡単な任務だと思っていた。それが今の状況を見ると、相手を殺せない分普段の任務よりも面倒この上ない。知らない世界もあるものだ、とセロは当たり前の事実を実感していた。


「作戦会議は終わりかい、細身」

「律儀に待ってくれてどうも」

「本当は結傀けっかいを使ってる時に待つのはご法度なんだけどな。てめぇが俺を殺せる時に見逃した分くらいは、と思ってよ」


 殺せる時に見逃した。本当は殺しが許可されていないだけだが、一々情報を与えてやる義理はない。


 そして相手のかしらはかなり甘いようだ。今の発言で結傀とは時間制限のある魔力増幅装置だと把握出来た。


「よし、そろそろ行くぜぇ! 火炎フレアぁ!」


 大声と共に天井を吹き飛ばした高火力の魔法を放つ。セロは素早く右側に避け、迂回して相手の元へ近付こうとする。直線上にはフェリスが居るので流れ弾を食らわせないためだ。


「はっはー!!!」


 楽しげに吠えるかしらはセロを追うように照準を定める。ガガガ、と壁を削りながら逃げ道を塞いでいく。


 直線距離およそ五歩。セロは崩れた壁の破片を拾い投げつける。今度は頭部ではなく魔法を撃つ手の平。寸分違わず突き進んだそれは目論見通り親指を穿ち、かしらは顔を歪める。


「チッ、折れたか……!」

「死にたくないなら死ぬ気で戦えよ、盗賊」

「言われなくとも死ぬつもりはねえよ!!!」


 それまでほぼ相手の言葉に応じなかったセロだが、ここに来て自分から口を開く。応じたかしらは炎を納め、部屋に飾られていた大剣を両手で手にした。


「オラァ!!!」


 ブォン、と空気を切り裂く音が耳に届く。風圧で部屋の物が軒並み吹き飛ばされる。セロは距離を取って回避する。


 しかし。


「っ!?」


 放射状に繰り出される斬撃から業火が飛び出す。バックステップだけでは避けられない攻撃に、セロは右足を強く蹴り出し横に宙返りして間一髪躱した。


「武器に基本属性の魔力を纏わせたらよぉ、こんなことも出来るんだわ! 結傀が無けりゃ纏うだけでこうはならねえけどな!」

「さっきからペラペラ教えてくれるじゃねえか、盗賊」

「それでも勝てるからなぁ!」


 声を張り上げ右袈裟左袈裟と二撃を放つ。初めからセロに剣が当たる距離ではなく、その後の炎でセロを焼き尽くす算段だ。


「ふっ!!!」


 セロはそれを後ろへ避けることなく前へ飛び出す。斜め十字の中心下部分。体勢を低くして加速し、それを回避しながら一気に間合いの内側へ入る。


「っ!? てめ」

疾風ブラスト

「あぁ!? 消えた!?」


 そこでセロは初めて魔法を使用する。今まで全てが物理によるものだったので頭から抜けていた魔法の存在。セロの突然の消失に、かしらは背中に嫌な汗を垂らした。


 セロの使った魔法は魔法陣を展開した場所から突風を生み出すもの。本来は相手に向けて放ち攻撃と共に距離を作るものだが、セロはそれを足元と首元に展開する。急加速に相手はついていけず、静止の際に今度は逆方向に展開するのだ。


 無論、普通の人間なら不可能な芸当である。


「ウラァ!!!」


 居場所がわからないためかしらは自身を中心に大剣で回転斬りを繰り出す。遅れて炎も辺りを焼き尽くすが、そのどこにもセロはいない。


 次の瞬間、大剣がかしらの手を離れ宙を舞う。セロの疾風ブラストが構えた手の下を襲ったのだ。


「親指が折れてちゃ得物は満足に握れないだろ」

「チッ、さっき投げたやつか。周到だな、細身」


 歯噛みしながらそれでも笑うかしらに、セロは同じく笑みを浮かべる。


 そして、セロはゆっくりと深呼吸をする。笑っていた顔は表情が無くなっていき、空気が張り詰めていく。


 じり、と徐々に二人の間の音が無くなる。


 次の瞬間。




 ──かしらは音も無く地に




「はぁ!? つっ!?」


 ズキンと痛みが走る。いつの間にかかしらを上から取り押さえるセロにより極められた腕、肩。少しでも動かせば折れてしまいそうな、完璧な拘束。


 魔法を使おうとするが、それすらも発動出来ない。空いた片腕からはジャラ、と手錠の鳴る音がした。


「動くな」


 セロは小さな声で呟きナイフを首元へ突きつける。少しだけ首へ食い込んだそれは、圧倒的な実力差を見せつけていた。


「……魔法は使えない。片腕を抑えられ、ナイフを突きつけられる、か。完膚なきまでの敗北だな、細身」

「魔力消費が大きいからこれは使いたくなかったんだがな」

「……そうかよ。だがにしては余裕そうに見えるぞ?」

「一度しか使えないわけではない」

「……クソ、強ぇな。降参だ」


 セロの行ったことはいたって簡単である。超加速して取り押さえた。これだけだ。


 ただし、超加速は先程の疾風ブラストの比ではない。


(いつぶりだ、光纏閃フォトン・オーバーを使うのは)


 使える者は限られる高度な魔法だが、理屈はかしらがしていた剣へ魔力を纏わせることと同じ。セロはその対象を自身にしていただけだ。


 ただし、常人では即座に魔力が枯渇してしまうという難点を持つ魔法。それゆえ必然的に使用者が少ないのだ。


 セロはかしらの片腕にしか嵌めていなかった手錠をもう片方の手にカチャリと嵌める。それは二階への移動中にフェリスから一つ盗んだ物であり、これで魔法も使えなければ動くことも叶わなくなった。


 首にあてていたナイフを外し、セロはかしらの正面へ回る。


「そこで大人しくしていろ」

「なあ細身。ちょっと独り言に付き合ってくれねえか?」

「断る」

「でも見ろよ、嬢ちゃんの方は既に全員拘束されてるぜ」


 言われてそちらを見ると、下っ端であろう六人は手錠をかけられ眠っていた。昏倒アビューズのせいだろう。


(フェリスは残りを捕らえに行ったのか)


 短時間で六人を拘束出来る実力があるのだ。それならばこの話したがりのかしらから情報を引き出すくらいはしても良さそうだ。


 はぁ、と溜め息をついてセロはかしらへ向き直る。それを了承と捉えた頭は、かかと笑って話し出した。


「俺達盗賊ってのはよ、何も適当な物だけを盗んでんじゃねえんだわ」


 盗賊のイメージというと、冒険者や荷台を引いた馬車を襲い金目の物を盗むのが主だ。適当な物だけではないとなると、何か狙いをつけて盗みを働くのだろうか。


「簡単に言うと、裏の人間から依頼されて盗むこともある。そういう繋がりもある俺達の壊滅は、少なからずてめぇら表の人間達にも響いてくると思うぜ」

「……裏、か」

「もしかしたら雇いの人間を使ってお前らを殺しにくるかもな」


 そこまで聞いて、セロは自身の今までの仕事を想起する。自分が言われるがままに殺していた相手の中には、もしかするとそういった人間も含まれていたのかもしれない。


 そして一つ、点と点が繋がった。


 裏との繋がりがある相手に手を出せば実働部隊は殺されてしまう危険性があるというのに、なぜギルドは手練の衛兵や魔法師団にこのクエストを任せなかったのか。


「ギルドが俺らに斡旋したのは最悪のための保険ってことか。冒険者ならいつ死んでも不思議じゃねえからな」

「そういうこった。……なあ細身」


 かしらは神妙な面持ちで見上げる。敵であったはずなのに、どこか心配が伺えた。


「裏の世界について、お前はどこまで知ってる」

「……知らないと言えば嘘になるくらいには、だな」

「そうかい。じゃあ土産話に教えてやるよ」

「何を?」

「雇いの人間、暗殺者についてだ」


 そう切り出し、盗賊の頭は語り出す。


「俺が知ってる範囲じゃ暗殺者ってのは百人はいる。もしかしたらてめえの通ってるパン屋の主人は暗殺者かもな」

「さあな」

「何ならてめえの目の前にいる男も、俺もそうだ」


 その言葉にセロは目を丸くする。勝手に盗賊だけで食っているものだとばかり思っていたが、まさか同業者だったとは。


「その百人の中でも、上位十人は序列を付けられる。例えば俺ぁ十位だ。ギリギリな」

「強いんだな」

「はは、負かされた相手に言われてちゃ面目も立たねえよ!」

「それで、何が言いたい」

「狙われるとしたらそれより上、つまり俺以上に強ぇやつってことだ」


 セロは黙って言葉を待つ。


「中でも三位より上は別格らしい。三位の“煉獄”、二位の“天泣てんきゅう”。そんで一番やべぇのが、一位の“凪”」

「……俺がそいつに殺されるってか?」

「この俺を圧倒したのは認める。だがそれでも、恐らくそいつぁ次元が違う」


 “凪”。その名前はセロも聞いたことがある。何なら他の人間よりも聞く機会は多そうだ。


 なぜなら、それは。




「生憎だが、自分で自分を殺す趣味はないな」




「……ははっ! なるほど、お前がな! そうかそうか。そんなやつに負けるなんて、光栄だなぁ」


 これから投獄されるというのに、盗賊のかしらは心の底から嬉しそうに笑い出す。


 “凪”のセロ。光纏閃フォトン・オーバーにより音も無く対象を殺す暗殺者は、畏怖を持ってそう呼ばれていた。

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