第9話 暗殺者とヤンデレ系ドM女は盗賊の頭と対峙する

「ここだな」


 セロは二階のエンブレムが刻まれた扉の前で呟く。中には三人。盗賊のかしらとあと二人、人数ではフェリスと二人のこちらの方が不利だ。


「……一応言っておくが、殺すなよ?」

「私じゃなくて自分の心配をしなさいクソ男。生憎人を殺したことはないわ」

「そうか。なら三秒後に行くぞ」


 その言葉にフェリスは応答も頷きもしなかったが、セロは構わずカウントを始める。


 バン! と扉を勢い良く開け、セロは視界に入った正面に立つ大柄で目元に傷の入った男へ麻痺針を撃つ。ツーブロックで残りはオールバック。いかにもという風貌だ。


 しかし男は近くにいた恐らく団員であろう人間の首筋を掴み、そいつを盾にして攻撃を受け流す。手を離すと下っ端はドサリと倒れた。


「容赦ないな、盗賊」

「何だぁ? 明らかに新入りってわけじゃあなさそうだなぁ」


 突然の不意打ちにも対応出来る実力に、それを見てもなお貫ける余裕。確実にこの男が盗賊の頭だろう。


「しかも女連れか。ここは逢い引きにゃあ向かねえぞ細身。……やれ」

「はっ。始末します」


 頭は残ったもう一人へ顎で指示する。セロは腰に隠したナイフへ手を添えるが、それよりも早くフェリスが前に出た。


「おい、フェリス」

「おぉ? 嬢ちゃんがやるのかい。……おい、女だからって手ぇ抜くんじゃねえぞ、お前」

「勿論です、頭」


 フェリスは何も答えない。得物すら持たず、ただただ無防備に敵の前へと躍り出た。

 相手の男は忠告を受け、丸腰の女相手でも充分な警戒をしている。そしてフェリスが間合いに入った瞬間。


「ふっ!!!」


 床を蹴り下から上へとナイフで袈裟斬りにする。常人では避けきれる速度ではないが、フェリスは躱そうともせず、小さく魔法を口にする。


増幅アンプリフィケーション

「うおっ!?」


 男はナイフを持った手から崩れ落ち、膝をつく。


 まるでナイフがかのように。


「っ……何だ……!?」

昏倒アビューズ

「!」


 フェリスは男を見下しながら顔の正面へ手をかざす。先程も別の団員に使用していた魔法。男は白目を剥いて意識を手放した。


 一部始終を見た頭は、目を丸くしながら思わずほう、と声を漏らした。


「やるじゃねえか嬢ちゃん! こいつを一瞬で片付けるなんてな! しかもどっちも見たことねえ魔法だ!」

「……クソ男。後はアンタに任せるわ」

「はっはっは! 俺は無視かい嬢ちゃん! てめえ明らかに冒険者じゃねえだろ!」


 楽しませてもらったとでも言いたげな男。それでも余裕は崩さず、口の端を歪に釣り上げる。


「んで、俺とり合ってくれるのはそこの細身か?」

「ああ」

「そうかいそうかい! じゃあ行くぜ!」


 バッと右手をセロへ向ける。


火炎フレア!!!」


 それは冒険者のように魔獣を相手にする者ならば誰しも使える魔法。裏稼業を専門にしていたセロでもそれくらいの知識はあるが、しかし。




 刹那、一室まるごとを包み込むような爆炎がセロのいた場所を扉ごと吹き飛ばした。




 ドォン!!! と爆発音が響き渡る。フェリスを抱えて回避したセロだったが、小さく舌打ちをした。


(これで異変は団員全員に知れ渡ったか)


 であれば早々にこの頭の男を撃破し、残党を捕らえる必要がある。外にはサリアが構えているため全員をということではなさそうだが、援軍に来られた場合を考えると形勢は不利になったと考えるべきだ。


「さあどうする細身ぃ! 来ねぇならもう一発行くぞぉ!」

「させねえよ」


 セロは答えるなり腰のナイフを相手の顔面へ投擲する。雷のオーガの時にも見せた、対人戦闘の常套手段だ。


 かしらはそれを素早く避けるが、その隙にセロは距離を詰める。お互いの拳が届く距離。


「殴り合いでも負けねえぞ俺ぁ!」


 頭は左フックを繰り出す。風を切る音が耳朶に響くが、それだけ威力を出せば隙が出来る。セロは屈みこんで同じく左でかしらの顎を撃ち抜いた。


 脳を揺らされたかしらは千鳥足で二、三歩後退する。


「良いの食らわせてくれるじゃねえか……!」

「……」


 その言葉にセロは反応することなく、空いた距離分踏み込んで肘鉄を鳩尾へ突き刺す。


「ガハッ……!?」

「フェリス。昏倒アビューズを頼む」

「自分で気絶させたら良いじゃない」

「その魔法便利なんだよ。出来ることなら俺も覚えたいくらいだ」

「クッ……、余裕ってかてめぇら……!」


 ついに浮かべていた笑みを消したかしらは、自身のポケットから鈍い輝きを放つ宝石のようなものを取り出す。


「こいつぁ使うつもりはなかったが、そうも言ってらんねぇな……!」

「……?」

火炎フレア!!!」


 先程と同じ魔法。一度見たためセロもフェリスも間合いを覚え、発動前に当たらない場所へ移動する。


 しかし撃たれた魔法の威力は先程の比ではない。今度は射線上の天井ごと吹き飛ばして吹き抜けになり、セロとフェリスは危うくダメージを負うところだった。


「……何だ、本気じゃなかったのか?」

「いいや本気だった。ただ百パーでやっても勝てなさそうだったからな」


 かしらは口の端から血を流す。顎を撃ち抜いた時のものかと考えるが、にしては時間が経ちすぎている。


 それに腕や額へ異常な程に浮き出た血管が、その推測を否定しているような気がした。


「なぁ細身。百パーで勝てねえなら二百、三百はどうだ?」

「二百……?」


 予期しないかしらの言葉にセロは眉をひそめる。

 ニヤリと口角を上げた頭は手に持っていたガタガタの宝石のようなものを見せびらかし。


結傀けっかい。魔族の野郎からかっさらった、魔力増幅装置だ」


 ……ここで魔族の名前が出てくるか。

 セロは改めて気を引き締め、静かに息を吐いた。

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