第8話 暗殺者とヤンデレ系ドM女は盗賊団アジトへ侵入する
彼は盗賊団の一員である。いつもは外を出歩いては行きずりの冒険者を仲間と襲撃して金目の物を奪うのだが、その日に限って彼はアジトで待機していた。
「今日は暇だなぁ……」
独り言が自室に響く。彼の盗賊団での立ち位置は幹部と高く、個人の部屋を与えられているのだ。一人デスクに座っては天井を仰いでいた。
ふ、と窓から入る風が彼の髪を揺らす。
「窓なんて開けたっけな……」
のそりと立ち上がり開けた覚えのない窓の方へ歩き出す。そして窓へ手をかけた瞬間。
音も無く、彼の首筋へ刃物が添えられる。
「っ……!?」
「騒ぐな。許可無く口を開けば頸動脈を裂く」
男の声。しかし侵入者なのか、彼にこの声が誰か思い当たる人物はいない。
彼は声を出さないようにゆっくりと頷く。それでひとまずは殺されないはず。
「良いぞ。入って来い」
男は窓の方に向かってそう呼びかける。少しすると、金髪をハーフアップにしたスタイルの良い女が窓から部屋へ入ってきた。
「ったく、クソ男のくせに私に命令なんて舐めた真似してくれるわね。私にとってサリア以外は等しく敵よ」
「こんな時までドM精神発揮してんじゃねえよ……」
「な、なぁ……」
女が入ってきて少しだけ空気が弛緩する。その隙を逃さず彼は恐る恐る呼びかける。
つ、と首筋を垂れる温かい液体。それが自身の血と気付くまで、時間はかからなかった。
「許可無く話すなと言ったはずだ」
「……!」
「本当のことを言えば命は助けてやる。
「……お前は、」
「訊かれたことだけに答えろ。どこだ」
「……二階、中央階段を上がったすぐそばの部屋。頭の部屋の扉には俺達のエンブレムがあるからわかるはずだ」
「……フェリス」
「
フェリスと呼ばれた女は彼の目の前に手をかざす。手の平には小さな魔法陣が展開されていた。
だが何も変化が起きない。失敗でもしたのだろうか。そう思った矢先。
「うっ!?」
突然彼を襲った不快な浮遊感により、そのまま意識を手放した。
◇
「……よし。フェリス、眠らせたこいつはここで寝かせていても大丈夫なんだよな?」
「そのままでも三時間は起きないけど、念には念を入れるわ」
そう言ってフェリスは腰に下げていた大きなケースから手錠を一つ取り出す。盗賊の男の腕を背中に回し、ガチャリと嵌めた。
「手錠か」
「ただの手錠じゃなくてこれは凶悪犯罪者用のものよ。魔力核が大量に使われれてるらしいわ」
「魔獣の討伐証明になるあれか」
「詳しくは知らないけど、この手錠が肌に触れているとその間は魔法が使えなくなる。人型魔法兵器のサリアが三百年も牢屋に閉じ込められてたのもこれのせいよ」
「てことはかなり昔からの技術なんだな」
「ただ今より必要な魔力核の量が格段に多かったと聞くわ。新しい発明よりもひたすら効率化を目指した……ってこんなことどうでも良いのよ! 一刻も早くサリアと合流するために向かうわよクソ男!」
どちらから言うと自分から話してくれていたはずだが、そんなことはお構い無しにフェリスは息巻き、肩で風を切ってドアの方へ歩く。
そしてドアノブへ手をかける前に、セロはフェリスの肩に手を置いて制止した。
「ちょっ……! クソ男! 私に触らないで!」
「なら無防備にドアを開けようとするな。勝手をするならまずお前を無力化してから進むぞ」
「……ふん。さっきのオス相手もだけど、流石に対人だと天才暗殺者は違うわね? 普段の暗殺任務もそんな感じでやってたのかしら」
「……そういやフェリスには前職がバレてたんだったな。ま、その時に使ってた便利な道具があるんだよ。下手に見つかって手間はかけたくない」
セロは仕込んであった一枚の焦げ茶の紙を取り出し、しゃがみこんでドアと床の間にある隙間に密着させる。そして魔力を送り込むと、それは一瞬でボロボロの灰と化した。
「……クソ男、アンタ一体何してるの?」
「このアジトにいる盗賊は全員で十九人。そのうち一階廊下、つまりドアを開けた先を歩いている人間は二人。その程度の人数なら俺がどちらも片付ける」
「!」
「この紙は魔力を送り込むことで火が点くんだ。煙は不可視の薄い魔力で、その流れから居場所と合計人数を割り出せる。……ま、屋外では魔力が広がりすぎて使えないんだけどな」
それにこの紙を売ってくれるあの忌々しい裏の商人はこちらの足元を見るため、セロ相手だと中々な額をふっかけてくる。あまりほいほいとは使えないのだ。
セロは音を殺しながらドアを開ける。廊下に出た左側。そこに盗賊の二人がこちらへ背を向けて歩いていた。
ヒュッ、と二本の麻痺針を投擲する。続けざまに二人は崩れ落ちるが。
「っと」
高速で移動し彼らの背中を支え、ゆっくりと床へ寝かせる。勿論セロの優しさなどではなく、ただ単に音を立てないためだ。
遅れてフェリスもこちらへやって来て、
再度廊下へ出た時、セロは怪訝そうな顔でフェリスに質問する。
「……一応聞いておきたいんだが、その手錠はそんなポンポンと使っても良いものなのか? 貴重な物なんだろ」
「左右のケースで三十個あるから大丈夫よ。それに私なら前の職場に言えばいくらでも貰えるし」
こともなげにフェリスは答えるが、それはつまりフェリスが特別な立場、もしくは上の立場だったということなのだろうか。
年齢は恐らく十八のセロよりも少し下程度。そんな人間がそう言い切れる理由とははたして何なのだろうか。セロは漠然とした疑問を抱えながら、フェリスと共に二階の頭の部屋へと移動した。
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