第6話 変態パーティーは盗賊捕縛クエストを受ける

 フェルムベアの討伐から一週間が経った。一つ一つのクエストの報酬額が大きいためセロ達は数日休んだとしても何ら変わらない生活を送っており、今日はどんなクエストを受けようかとギルドで張り紙を物色していた。


 今はまだ午前中のためギルド内は冒険者達で混雑している。そんな中、セロは後ろからあの、と呼びかけられる。振り向くとそこにはおどおどしたギルドの職員の女性が緊張した面持ちで立っていた。


「あ、あの。サリア様のパーティーメンバーの方でいらっしゃいますよね……?」


 声まで震わせていた彼女はサリアくらい小柄であり、自然と上目遣いになっている。セロも彼女のことは何度か見たことがある。

 それにしても、ドSのサリアに対して“サリア様”。セロは嫌な予感がした。


「そうだけど。……その、サリア様ってのは、私も奴隷ですみたいな……?」

「ちっ違います! ただの敬称です!」

「おお……! まともな人間は存在したのか……!」


 セロは感激してパシっと彼女の手を取る。冒険者を初めてからドS女やドM女に囲まれていたのだ。ただ普通な人物がどれ程セロの救いになったことか。


「わ、わ。大丈夫ですか……?」

「おう、君の存在で元気が出たよ。ありがとう」

「どういたしまして……? ……ああ、それより本題があるんです! 今日はまだクエストを受けられていませんか?」

「まだだな。そこの掲示板の前でサリアがフェリスの頭を鷲掴みにしてるだろ? いつも通りフェリスが余計なことを言いまくってるんだと思う」

「……へ、変態パーティーなんですか……?」

「俺は違うからな!? 頼むから誤解しないでくれよ!?」


 同じパーティーにいるだけで変態扱いなんてとばっちりも良いところだ。そしてそれとは別に、せっかくの普通の子に変態だと思われたくない。セロは焦りながら否定する。


「で、本題というのは?」

「そ、そうでした! 実はギルドの方から皆さんにお願いしたいクエストがありまして……」


 そう言って彼女はポケットから綺麗に折りたたまれた一枚の紙を取り出す。


「こちら、緊急に発行しました盗賊の捕縛のクエストです」

「これを俺達に?」

「はい。サリア様御一行は新米冒険者にも関わらず目覚しい成果を挙げておられます。ギルドはその実績を見込んでぜひ、とのことです」

「ちょっと見せてもらうぞ。……おお、盗賊の本拠地はここから結構離れているんだな」

「そうですね。ここワンドの街からは馬車でも片道十時間ほどで、その日のうちにここへ戻ることは難しいかと」


 今まではサクッと討伐してサクッと帰ってきていたため少し新鮮だ。セロはいよいよ冒険者らしくなってきたな、とどこか自嘲気味に笑う。


「……って、報酬額百万キリス!? 一人頭三十万以上もあるのか!?」

「被害額を考えればこれでもまだ安い方です。申し訳ございません……」

「いやいや、気にしないでくれ。冒険者にとってはむしろ多すぎるくらいだ」

「受けていただけますでしょうか……?」

「サリアとフェリスが何て言うか次第ではあるんだが、俺個人は賛成だ。あ、それと一つ訊きたいんだが」


 相手は人間。いつもの魔獣の討伐クエストとは違うので、これだけは訊いておかなければならない。


「盗賊は殺しても良いのか?」

「っ!?」


 その言葉を聞いた途端、彼女は怯えた目でセロから一歩後ずさる。その様子を見てセロは、今のは軽率だったと心の中で呟いた。

 表の世界で生きている人間は殺人になどまず関わらない。ここで頷かせたら、彼女が引き金を引いたと自責の念を抱いてもおかしくないのだ。


「すまん、全員生け捕りにする。だから答えなくて良い」

「……優しいんですね」

「俺が悪かったんだ。それにそんなことを言ってもらえるほど出来た人間じゃない」

「……あの、お名前を聞いても良いですか?」

「ああ。俺は……「クソ男よ」「アタシの下僕」……お前ら邪魔すんなよ!? 名前ぐらい言わせろ変態女共!!」


 せっかくの良い雰囲気を一言で壊滅させるドSとドM。流石のセロもこれには鬼の形相でブチギレた。


「クソ男が鼻の下を伸ばしてるのが見えたから邪魔してあげようと思って」

「アタシの下僕のくせに他の女に尻尾を振るなんて許さない」

「……はっ! クソ男! アンタ達お似合いね! そのまま結婚しちゃってサリアの目の前から消えなさい!」

「け、結婚ですか……?」

「サリアの下僕ではねえしフェリスも魂胆見え見えだバカ! セロだセロ、俺の名前!」


 一向に名前を呼ばれないためセロは強引に名乗る。よく考えたら下僕やクソ男や泥棒猫と、散々な呼ばれ方ばかりだ。フェリスにいたってはセロと呼んだことすらない気がする。


「クソ男、その手に持ってる紙は一体何? 遺書?」

「んなわけねえだろクエストの依頼書だ。ギルドから直接の斡旋でな。ほら」


 セロはサリアとフェリスにそれを見せる。そして報酬額を見るなり二人は目を丸くして。


「「やる」」

「……だそうだ。じゃあ俺達は今から馬車を雇えば良いか?」

「い、いえ! こちらで既に用意してありますので、準備が出来次第馬車の待機場所に行っていただければ大丈夫です!」

「フェリス。今すぐ館に戻ってクエストの用意」

「わかったわサリア!」

「セロのもするのよ」

「え? 嫌よ絶対用意なんてしない」

「き、嫌われてるんですか……?」


 心配そうに彼女はセロを見上げる。一々説明するのもおかしな話なので、深い溜め息を返事の代わりにした。


「二度手間はアタシの時間を奪うのと同義よ。奴隷の分際でそんなこと許されると思ってるの?」

「……で、でもクソ男の荷物よ!? ナニが付いてるかわからないじゃない!!」

「出来たら御褒美をあげるわ。アタシの一番の奴隷のフェリス」

「やったあああああサリア愛してるわサリアサリアサリアぁぁぁぁあああ!!!!! すぐに支度してくるわね!!!」


 フェリスはサリアのその言葉に狂喜乱舞と言っても差し支えない程の明るい奇声を上げ、全速力でギルドを出ていく。その様子にすれ違う人全てが振り返って二度見をするほどだ。


「……何か、哀れだなアイツ……」

「た、大変なんですね……?」

「否定出来ないのがなぁ……」


 彼女の精一杯の慰めに、セロはこの子がパーティーメンバーだったらなぁと思わずにはいられないのだった。

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