第5話 人型魔法兵器は災害レベルの戦闘を魅せる

 翌日、セロ達は昼下がりに広大な草原へと来ていた。そこは街からそれ程遠い場所ではなく、よって生息している魔獣も大体が冒険者であれば誰でも討伐出来るものばかりだ。


 そしてセロは、昨日フェリスに言われた言葉をもう一度思い出していた。




『アンタがどんな目的で冒険者をしているのかは知らない。先に声を掛けたのはサリアだし、もしかしたら本当に偶然かもしれない。でもこれだけは言っておく。サリアをどうにかしようものなら私は刺し違えてでもクソ男を殺すわ』




(……冒険者のパーティーメンバーとしてはひとまず様子見するが、警戒は解かないってことだろうな)


 そしてセロの本当の身分がサリアに伝えられた様子はない。ただし実は伝えられている可能性もないこともなく、その上でいつも通りなのかもしれないが、そこは追求してもしょうがない。


 セロはパンと両頬を叩き、気分を切り替える。


「フェリス。確か今日のクエストはフェルムベア三頭の討伐だったよな? B級相当の魔獣が近辺に出てきたせいでE級からC級の冒険者が満足にクエストに行けなくなったとか」

「私に話しかけないでクソ男。妊娠したらどうするのよ」

「するわけねえだろ!? 俺が聞きたいのは配分だ! 一頭につき一人か?」

「今日はアタシが全部やる。セロにはまだアタシの力を見せてなかったし丁度良いわ」


 そう言ってサリアは一歩前へ進み、首をパキっと鳴らす。サリアのその仕草からは貫禄やそういうものを超えた凄みが伝わってきた。


「なあフェリス、サリアは大丈夫なのか?」

「クソ男のそれはサリアに対する愚弄よ。心配なんてするだけ無駄。一国を滅ぼした逸話を知らないわけではないでしょ」


 ブローカーからその話は聞いているが、単位が国と大きすぎるためイマイチ想像がつかない。本当に一人の力でそんなことが可能なのだろうか。


 そんなセロの疑念を裂くように、サリアは口を開く。


「パッと見フェルムベアは見えないわね。ならこっちに来させる方が楽か」


 そう呟くと同時、サリアの右腕に幾重もの魔法陣が展開される。

 サリアはゆっくりとしゃがみ、地面に手の平をつく。魔法陣が回り始め、それらは一際大きく輝き。


「“穿て”」


 その言葉が紡がれた直後、地面から巨大な雷や炎の柱、氷の塊など様々な魔法が天を衝く。


「うおお!?」


 バキリと大地は割れ、その衝撃で地震が起こる。不安定な足場にセロはたたらを踏んだ。


 ゴウと燃え盛る炎やピシャンと耳をつんざく雷。まるで天変地異のような光景に、セロは思わず笑みを零す。


「……はは、文字通り規模が違うな。まだ魔獣も相手にしてねえってのに、何だこれは」

「きゃーサリアー!!! カッコよすぎて私濡れちゃったかもー!!!」

「そういうこと言うなフェリス! ……そんなことよりも、やっとお出ましね。下等生物」


 奥には遠目からでもわかる激昴した巨大な熊。鉄のような毛を持ち強力な防御力を誇るのがフェルムベアであり、三頭は一様にサリアへ狙いを定めている。


「“斬れ”」


 サリアは横薙ぎに腕を振るう。そこにも魔法陣は展開されており、風の刃がフェルムベアのうちの一頭へ襲いかかる。


 当然、風は不可視である。魔力のせいでよく見ると視認出来るほどにはなっているが、不意打ちであれば対応が遅れるのも無理はない。


 そしてサリアの力ならば一瞬の隙だけで首を落とすことが出来る。瞬く間に一頭のフェルムベアの首がドサっと落ちた。


「ふふ、笑っちゃうほど呆気ないわね。死にたくないのならもっと本気で来なさい家畜未満」

「「グガァァァァァァ!!!!!」」


 野生の勘で挑発されたことだけは理解したのか、残された二頭は一気にサリアへと牙を剥く。一頭は鋭く硬い爪、一頭は大きく強靭な顎。射程距離に入ったサリアへそれらを無慈悲に振るう。しかし避ける様子は見られない。


 流石に危険だ。そう思いセロは静かに助太刀しようとする。


 だが。


「大丈夫よ」


 チャキ、と取り出した二本のナイフを持った手をフェリスに押さえられる。セロの手に触れるフェリスの手は全く震えていなかった。


「……!」


 そしてその判断は正しかったようで、フェルムベアの爪と牙。どちらもサリアへ直撃するなりボキリと嫌な音を立てて折れた。


「サリアの身体は魔力を流すと人智を超えるレベルで頑丈になるの。フェルムベアなんて目じゃないわ」

「昨日男に殴りかかられた時に避けようとしなかったのもそれか」


 サリアはすっと一頭の胸の辺りへ手の平をかざす。次の瞬間、放射状に突き抜けた炎はフェルムベアを包み地面へ倒れた。


 残るはあと一頭。過剰な程に格の違いを見せつけられたフェルムベアは、慌ててサリアから逃げ出す。




 ただし、サリアがそんなことを許すはずもない。




「“貫け”」


 背中から紫の魔力で出来た槍でフェルムベアを突き刺す。なすがままうつ伏せに倒れると、サリアは新たに四本の槍で両腕両足を貫いた。身動きの取れなくなったフェルムベアは抜け出そうと精一杯じたばたするが、逃げられるはずもない。


 やがてフェルムベアはガクリと肩を落とす。追撃はしていないのでまだ生きているはずだが。


「……抵抗する気力も失ったってことね。そんなの退屈しのぎにすらならないわ。望み通り死なせてあげる」


 舌打ちしながらサリアはフェルムベアの首元を踏みつける。ゴリュ、と鳴ってはいけない音が鳴り、フェルムベアは今度こそ絶命した。


 それを見届けたセロとフェリスは暫くの間無言だったが、やがてフェリスが思い出したかのようにハッとする。


「……あっ!? ねえクソ男!!! 私クソ男のナイフを止める時にアンタの手触った!?」

「急にどうした。確か触られた気がするけど」

「いやぁぁぁああサリアぁぁぁあああ!!! 私汚れちゃったぁぁぁあああ!!!」

「そこまで言う必要ないだろ!? ちゃんと洗ってるから!」

「アンタらは一体何をじゃれてるのよ」


 セロとフェリスの掛け合いにサリアは呆れた目を向ける。B級相当の魔獣三頭の討伐後であるが、サリアに疲れた様子は一切見られない。


「だってサリア! サリアだって素手でゲロを処理しないでしょ!? それと同じよ!」

「同じじゃねえよ!?」

「フェリス、命令よ。その辺に転がってるフェルムベアの魔力核を素手で抉り出してきなさい」

「喜んで!」


 満面の笑みでフェリスは一目散に走り出す。セロはその姿に何だか野生の本能のような、抗えない何かを見た気がした。ドMの本能だろうか。


 二人になったセロとサリア。緩やかな風が吹き、二人の肌を優しく撫でる。


「下僕。アンタにはアタシの目的を話しておくわ」

「下僕じゃなくてセロだ。目的?」

「ええ。アタシが冒険者をやってる理由と言い換えても良いわ」


 いきなり何を言うのかと思ったら任務を行う上でかなり重要になってきそうな話だ。セロは気を引き締めてサリアに向き直る。


「この世界で力を持ってる種族って何かわかる?」

「そんなもん、人間じゃないのか」

「他」

「そうだな……。さっきの魔獣なんかも自然界では幅を利かせてるし、後は」


 そこで次に挙げようとした種族を口に来る前に、一度間を置く。サリアは黙ってセロを見上げていた。


「魔族、だよな」


 この世界のどこかに巣食う人間の天敵。魔獣とは異なり意思疎通も可能で、魔力も身体も寿命もどれもが人間を上回る。幸い魔族はこちらから危害を加えない限り攻撃されることはないが、魔族と戦って生きて帰った人間は殆ど存在しない。


「正解。じゃあそのおさは?」

「魔王。本当に存在するのかは知らないが、巷ではそう言われている」

「実在するわ。アタシはその魔王を殺したいのよ」


 そう断言するサリアに嘘は見えない。全てが実感を伴った発言のように感じ、セロは思わず押し黙ってしまった。


「でもやつらの根城の魔界が今どこにあるのかはわからない。だから簡単に金も稼げて情報も入ってきやすい冒険者になったってわけ。魔族に喧嘩を売るのは冒険者しかいないってフェリスも言ってたし」

「……それは、三百年前からの因縁ってやつか?」

「過去に何度もやり合った相手でね。アタシは決着を付けたいのよ。独房の中にいた頃は半分以上そのことを考えていたわ」

「恐ろしいなお前」

「“ひれ伏せ”」

「いやだからしねえっ……うおっ何だ!?」


 突然ズシィっと身体が重くなり片膝をつくセロ。見ると自身の足元の辺りに魔法陣が浮かんでいた。


「なんっだこの魔法……! 重っ……!」

「アタシに相応しい魔法でしょ」


 サリアはその様を見て得意げに笑う。強制的に跪かされるこの魔法は、確かにサリアドSに合っているのかもしれない。


 そしてセロの受難は止まらない。タイミングが良いのか悪いのか、全身を血で染めたフェリスドMが帰ってきた。


「戻ったわサリアー! ちょっと失敗して返り血まみれでびちゃびちゃだけど抱きついて良いわよねサリア! サリアサリアサリア!」

「黙れ。今このアタシにお前なんて言った下僕におしおき中なの。わかったら後ろで見てなさい」

「な……何で私よりこんなクソ男がおしおきを貰ってるの……? い、意訳したら、殺されたいってことよね……?」

「んなわけねえだろ早く助けろフェリス!」

「サリアのおしおきがいらないなんて万死に値するわよ歩く下半身!!!」

「厄介すぎんだろお前!?」


 結局街に戻れたのは日が落ちた頃で、その間セロはドSとドMに挟まれながらキリキリ痛む胃をさすっていたのだった。

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