第4話 暗殺者達は自己紹介をする
シャンデリアに照らされた館の一室。かなりの広さのそこには大体十人用の長いテーブルが置かれており、しかし三人のセロ達は持て余し気味に端の方でテーブルを囲んでいた。
「それじゃあとりあえず、自己紹介からしましょう」
「そうねサリア! まずは私がして、その後サリアがやってお終い! 一緒にお風呂入りましょ!」
「下僕が抜けてるだろ変態女」
「こんなの『オス』ってだけわかればそれで良いでしょ? さ、始めるわよ」
「まあ別に俺はしなくても良いが……」
「命令よ。しなさい」
「はいよ」
セロはそう言うと、コホンと一つ咳払いをする。
「セロだ。前職は……えー、清掃業者か。サリアの護衛ってのは昔世話になったやつから斡旋された仕事だ」
清掃業者というのは今とっさに考えたデタラメだ。セロの前職は裏稼業の暗殺が主だったが、怪しまれないために適当に身分を偽ったのだ。
「この館はどういう経緯で手に入れたの。清掃業って儲かるんだっけ」
「まあサリア! 何も知らないなんてまるで赤ちゃんみたい! 後で私のおっぱい飲ませてあげるね♡」
「お仕置き狙いが目に見えてるからスルーね」
常識に疎いのは恐らく三百年もの間収監されていたからだろう。セロは勝手にそう判断するが、口には出さなかった。
現時点でセロがその事実を知っていることは知られていないのだ。わざわざ変に薮をつつくようなことはしない。
「この館は貰い物だ。知り合いのジジイが寄越してきたんだよ」
嘘は言っていない。セロは組織に潜入してから暗殺という経験も豊富なので、嘘は本当のことに混ぜるのが効果的だと身をもって知っているのだ。
「クソ男。私からも質問」
「おう」
「雷のオーガを討伐した時の戦闘スキルは一体どこで? 見たところ魔法も使ってなかったわよね」
ジロリとセロを睨むフェリス。その目は警戒心で満ちていた。
「生まれた場所が物騒なところでな。自然と身についた」
「あの動きはまるで人を殺す技だったけど、それもそういうことで良いの?」
「……ああ。ただ大規模な魔法は大型魔獣の討伐に欠かせないと聞く。そういうのはこれから覚えていくつもりだ」
「そ」
初対面の時はただ単にドMの変態としか思っていなかったが、どうやら気を配らなければならないのはサリアよりもフェリスかもしれない。人型魔法兵器サリアの殺害が目的だったので自然とサリアへ注意を向けていたが、その辺りの修正も必要なようだ。
「じゃあ次は私の自己紹介。少し前までは人型魔法兵器専属の看守をやっていたわ。ね、サリア♡」
「そうね。フェリスのことはもう何年も前から知ってるわ」
「……聞いてはいたが、本当なんだな。人型魔法兵器」
こうして目の前にするだけで不思議な圧はひしひしと伝わってくる。全身が警戒しろと喚いているようだ。
「何。アタシのこと嘘だと思ってたの?」
「そうは思っていないが、ただ見た目はどう見ても俺と同じくらいだからな。逆に姿を見て疑いを持つようになったくらいだ」
「神が不変なんだからこのアタシも老いるわけないでしょ。もっと考えてから発言しなさい下僕」
「流石サリアね! 老いすらも超越するなんてどれだけ高尚な存在なのかしら……!」
目を輝かせたフェリスはサリアを見てうっとりとする。
人型魔法兵器は元人間と聞く。そういうこともあるのかもしれないが、やはり改めて考えてみるとにわかには信じ難い。
「まあ後言えるとしたら私はサリアのことを愛してる。死ねと言われたら死ねるわ」
「ある種の宗教みたいだな」
「サリア教ね!!! たまには言うこと言うわねクソ男!!! 今すぐ開きましょう!!!」
「曲解甚だしいなお前……」
放っておくと本当に開きかねない勢いで迫るフェリス。セロはその姿を見てやはりドン引きしながら、今度はサリアを盗み見る。慣れているのか、サリアは特に表情を変えた様子はない。
「じゃあサリア、次自己紹介お願い。私はこれ以上クソ男に弱みを見せたくないの」
「自己紹介を弱みってお前どんだけ警戒してるんだよ」
「その前にフェリス。奴隷の分際でアタシに命令するの?」
「あぁん流石は私の神様! 反省として今日はサリアの身体を素手で洗うね!」
「セロと一緒に風呂に入れたら考えてあげる」
「そ、そういう言葉責めは素直に喜べないのよサリア……! オエッ!」
「吐くほどじゃないだろ!? 流石に傷付くぞ!?」
割と真剣に気持ち悪そうに
「な、なぁサリア? 俺ってそんなに嫌われるのか? 何か直した方が良いところとかあるか?」
「フェリスはドMのくせに独占したがる死ぬ程厄介なやつだから気にしなくて良いわ。ま、アタシの下僕を名乗るのなら何とかしてあげなくもないけど」
「名乗るわけないだろ……」
「あっそ。まあそんなことはどうでも良い。アタシはさっきも言ったけど人型魔法兵器ってやつよ。禁固三百年とかいうふざけた刑を受けてたわ」
サリアはセロの目を真っ直ぐ捉える。話しているのはサリアなのにどこか試されているようだ。
「……こっちから話すのは面倒ね。何か聞きたいことはある?」
「本当に傍若無人だな……。んじゃサリア。三百年前、お前はどうやって捕らえられたんだ? 噂で聞く限りは太刀打ち出来るやつなんていなかっただろ」
「忘れたわ」
あっけらかんと答える。もしかするとそれが暗殺のヒントになるかと思ったが、そこは易々と開示するわけではなさそうだ。
(本当に忘れてる可能性もあるが)
ブローカーによると暴走して投獄されたらしい。その間は意識を失っていたのだろうか。
「他にはなさそうね。じゃあ風呂にでも入ってくるわ」
「おい、サリア」
「着替えなら持ってるわ。というより宿暮らしだったから荷物は全部あるの」
そう言ってサリアは広間からすたすたと出ていく。
「……そういうことじゃないんだが……」
他にも聞きたかったことはあるのだが、こうなっては取り付く島もなさそうだ。
取り残されたセロとフェリスの間には何とも言えない無言が流れていた。あまりの音の無さにキィンという痛さが耳に伝わる。
「ねえクソ男」
そんな中、口火を切ったのは意外にもフェリスだった。セロは視線を向けて言葉を待つ。
「私がクソ男を信用しないのには二つ理由がある」
「んなこと一々言わなくても良いっつの……」
「黙って聞きなさい。一つはアンタの存在のせいで神であるサリアがその愛を私だけに向けてくれないこと」
「だろうな……」
明言されずともわかりきったことだ。力の抜けたセロはテーブルに頬杖をついた。
「そしてもう一つ。……看守ってね、案外裏の情報が流れてくるの」
裏。その単語にセロはわずかに眉をひそめた。
「天才暗殺者セロ。本名を名乗ったのは愚策だったわね、クソ男」
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