第3話 暗殺者はギルドへ行く

 雷のオーガのいた森を後にし、セロ達はギルドへと足を運んでいた。冒険者がクエストを受けたり報酬を貰ったりするところである。


 ギルド内は人で溢れていた。夕暮れのこの時間は昼頃に達成したクエストの報酬を貰う冒険者やそのまま夕食を食べる人達でいっぱいになるのだ。


 セロは右手で持つ黄色のゴツゴツした丸に近い玉を弄ぶ。不思議そうにそれを眺めながら訊ねた。


「なあサリア。本当にこんな塊が討伐の証明になるのか?」

「らしいわよ。そういうのはアタシよりフェリスの方が詳しいけど。フェリス」

「チッ、何で私がクソ男なんかに……」

「頼む」

「……魔力っていうのは大体胸の中心辺りの魔力核から作られるのよ。それは種族によって形状が異なる」

「人間のは人間の、魔獣のは魔獣のってか?」

「ええ」


 人間が丸なら魔獣は四角。そういった風に分かれているのだろうかと、セロはイメージを膨らませる。


「魔獣も魔獣で、例えばオーガとクロウラビットなら区別することが可能。詳しくはギルドの鑑定士が鑑定してくれるけど、要はそれがあれば私達が何を討伐したのかわかるってこと」

「なるほどな。ありがとう」

「わかったら早くサリアの前から消えなさいクソ男」


 フェリスは心底嫌そうにセロを睨む。その目はまるで路上に吐き捨てられた吐瀉物を見るようなものだった。


「……逆にここまで嫌われるのはむしろ好感度の裏返しってことか? 出会って一日だけどそんなに俺のこと好きになったのか?」

「は? ついに頭まで下半身に侵食された? アタシはたとえ世界が滅んでもクソ男だけには心を許さないから」

「それもまた好きの裏返しってか……」

「ねぇサリア!!! こんなバカさっさと捨ててまた二人でイチャイチャくちゅくちゅしましょうよ!!! こいつ本当に嫌い!!!」

「へ、変なこと言うなバカ! ほら、前空いたわよ!」


 フェリスの剣幕に顔を真っ赤にして前を示すサリア。気付けば目の前の列は軒並み消化されており、後ろからは早く進めよとの無言の圧がひしひしと伝わってきた。


(……サリアは案外純情なのか? ドSかと思っていたが、似合わねえな)

「何よその目。奴隷の分際で頭が高いわよ」

「はいはい……」


 セロ達は正面の受付へと進み、依頼書と雷のオーガの魔力核を受付口へと置く。


「えっと、突然変異種のオーガの魔力核だ。この依頼のやつの」

「クエスト達成ですね! おめでとうございます! それではあちらの報酬窓口の方で少々お待ちください!」


 明朗な受付の女性はにこやかに対応してくれる。セロ達は言われた方へ移動し、冒険者達が待つところに混ざった。


「そういや報酬ってどういう配分になるんだ? 俺は護衛だからゼロでも良いが」

「下僕の分際でアタシに恩を売るつもり? 討伐したのはセロよ、全部持って行きなさい」

「でも冒険者の収入ってピンキリなんだろ? ましてお前ら最近冒険者を始めたらしいじゃねえか」

「サリアが良いって言ってるんだから受け取っておきなさいクソ男。恥をかかせるんじゃないわ」

「……そうか。ならありがたく貰っておく」

「突然変異種のオーガを討伐した方々ー! 報酬窓口へどうぞー!」


 丁度タイミング良く呼び出される。サリアとフェリスはそこから動く気はなさそうだったので、セロだけが報酬窓口へと足を運んだ。


「それではこちら、本日の報酬二十万キリスです!」

「ん? 二十万!?」

「はい! こちらはA級クエストの中でもかなり難しいクエストでしたので!」

(……アイツら、そんなのを試験にしてたのかよ)

「どうされました?」

「ああいえ、ありがとうございます」


 セロはぺこりと頭を下げ大量の硬貨が入った麻袋を手に取る。ずっしりとした重さに思わず落としそうになった。


 報酬窓口からサリア達のもとへ戻る。二人は退屈そうにセロを待っていた。


「戻った。二十万キリスも貰えたぞ」

「そ。良かったわね」

「クソ男もサリアに感謝することね。末代までの家宝にするのよ」

「これ金だぞ」

「サリアの愛を消費するくらいなら私は死ぬわ!」

「黙りなさいフェリス」

「お仕置き!? 私にだけくれるお仕置きの時間なのね!?」

「セロ。アンタ家は?」


 ドMを華麗にスルーしながらサリアは腕組みをする。その様子からは既に慣れが見えていた。


「一応ある。ただ丁度今日引越ししたばかりでな」


 本当は強制的に引越しさせられていたのだが。ただそこまではセロは言わなかった。


「ふぅん。下僕の分際で良い身分ね。神のアタシは宿暮らしだっていうのに」

「良いじゃないサリア! アタシと同じベッドで寝るのがそんなに嫌なの?」

「アンタがシングルの部屋しか取らないからベッドが狭いのよ。後寝てる時に匂い嗅ぐな変態」

「そういうことならサリア、うちに来るか? 多分部屋はかなり余ってるからな」

「はぁ!?!? 誰がクソ男なんかの家に泊まるのよ!!! サリアダメよ、コイツの家は絶対イカ臭いわ! 発情期の匂いがここからでもわかるもの!」

「今日引越しだって言っただろうが……」


 とは言うものの、フェリスに何かを言っても仕方がない。まだ半日だけの付き合いではあるが、セロは早々にフェリスがどんな人間かをっていた。


「じゃあ案内しなさいセロ。フェリスも来ないと」

「お仕置き!? お仕置きよね!」

「今後アンタへのお仕置き分をセロに向けるわ」

「いらねえからな!?」

「それはつまりサリアの愛が私だけに向けられないってこと……? お前のせいか泥棒猫ォォォォォ!!!!!」

「いらねえつってんだろ!?」


 勝手にはしゃいで勝手にブチ切れる厄介ドM女フェリス。どうせ任務で行動を共にしなければならないのなら、もっと普通の相手が良かった。そう思わずにはいられないのだった。







 セロ達は館までの道中適当に夕食を済ませると、ブローカーに貰った地図に示されたところへ移動していた。


 そこはギルドのある大通りのように栄えているわけではなく、ほとんど人の通らない閑静なところだった。


 そして目の前にそびえるのは三階建ての巨大な館。古びてはいるが荘厳な屋敷で、どこぞの領主の住む家だと言われても納得出来てしまう程のものだ。


「クソ男……。アンタ何してたらこんなバカデカい家買えるのよ……」

「……いや、俺もここまでだとは……」


 ブローカーからはかなり大きな館だとは聞いていたが、まさかこれ程大きいとは思っていなかった。セロの想像の二倍は超える規模に瞠目する。


「……とりあえず、入るか?」


 一応そうは言ってみるものの、彼らが館へ入ったのはそれから少し後のことだった。

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